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INTERVIEW

Japanese

INORAN

2020年10月号掲載

INORAN

Interviewer:杉江 由紀

-では、それだけ音楽的ボキャブラリーを普段から蓄積されているINORANさんにとって、今作『Libertine Dreams』のトラックメイクをされていく際に、最もこだわられたのはどんなところでしたか?

それをこだわりと呼んでいいのかはわからないけど、自分自身が作っていて楽しいものであることというのは何よりの大前提でした。ほぼ自分だけで作っていて、いつもだったらそこからさらにバンドで展開していくところを、そのままアルバムとして仕上げていったので、これは実質的に個人で作ったデモが作品化したものとも言える気がしてます。

-しかし、できあがったこの音はデモどころか、実に贅沢な質感になっておりますよね。なんでも、今回はマスタリングLADY GAGAやJustin Bieber、Taylor Swift、Ariana Grande、MUSE、ADELEなどを手掛け、2016年にはADELEの『25』でグラミー賞"最優秀アルバム賞"を受賞したRandy Merrill氏に依頼されたそうで。これも今作を語るうえでの大きなトピックスかと思います。

そもそも今回はレコーディング・エンジニアが初めて一緒にやる方で、せっかくだからマスタリングも今まで組んだことのない方とやってみたかったんです。そして、このアルバムのサウンドの傾向を考えたときに出てきた名前が、今最もホットなRandyだったということですね。それに、思い出したんですよ。1997年に最初のソロ・アルバム『想』を作ったときには、George MarinoとNYの"Sterling Sound"でマスタリングしたので、今ここでまた"Sterling(Sterling Sound)"にいるRandyとやるのも何かの縁だなと。

-結果として、『Libertine Dreams』は風通しのいいサウンドが特徴的なアルバムに仕上がりましたね。

僕も本当にそう思ってるんです。さすがのオンリー・ワンだし、数々のビッグ・タイトルを作ってるだけあるなってつくづく感じました。

-ただ、一方でひたすら内にこもってアルバム制作に没頭する日々というのは、なかなかストイックなものでもあったはずです。INORANさんとしては、時に滅入りがちになってしまうことなどございませんでした?

そこはこう考えたんです。行動制限があって今はどこにも出かけられない、何もできない......ではなくて。そういったネガティヴな気持ちを払拭して考えたら、どこよりも広くて自由な場所は自分の頭の中の世界なんですよね。なんなら、妄想なんてすればするほど広がっていくから、宇宙よりも限りなく広いんじゃないか? っていうくらいで(笑)。だから、僕は自分の頭の中を旅することにしました。そこには当然のように音楽もあるので、それを形にしていったのがこのアルバムなんですよ。滅入らない考え方をするようにしてから作り出したものだったので、精神的に行き詰まることはなかったです。

-何事に対しても気の持ちようが大事だとはよく言うものの、メンタル面でのスタンスを明確にされてから制作に入られたというのはさすがです。

あの時期は......というか今もその延長線上ですけど、ポジティヴでいないと何も始まらないですからね。現実的にやりきれないことはいっぱいあるにせよ、ポジティヴじゃないとミュージシャンとして音楽だって生み出せないですもん。アーティストとして新しいことに挑戦し続けるという姿勢、自分自身をアップデートしていくという気持ちがないと、そういうのってネガティヴな要素として音に入っちゃう可能性がありますからね。

-と同時に、英詞の内容についても、ポジティヴな視点を入れていくことをあらかじめ考慮されていましたか?

今回はJon UnderdownとNelson Babin-Coyのふたりに作詞をお願いしてるんですけど、方向性としては、コロナ禍の中のことをテーマにしてほしいということを事前に話しましたね。例えば、何かが制限されたり禁止されたりする。だけど、それによってわかった別の大事なものもあるよね? っていう話とか。あの緊急事態宣言の期間というのは、僕も含めた多くの人にとって家族の絆だったり、自分の本当の意味でのホームとはなんなのかということだったりを、見つめ直す時間でもあったわけでしょ。大切なものをなくしたこともあったけど、別の大切なものを得たところもあるよね? って僕は思うので、"このサウンドを聴いたうえで、ふたりはどんなことを感じる?"って問い掛けながら詞を作ってもらっていったんです。

-曲によっての違いはあるにせよ、今作は根底の部分でどの歌詞も生きていくことそのものや運命に対しての向き合い方、選択をしなくてはならない場面についてのことなど、多くの人にとって自分のことを重ねられるような内容が描かれているように感じます。

それぞれの歌詞の中にドラマや、映画みたいな主人公がいるんだとしたら、曲ごとにいろいろな表情を見せてますしね。すごくスタイリッシュなときもあれば、ダメな部分が出ていることもあるし(笑)、不意にセクシーな顔を見せることもあって、そこが面白いなと僕は思います。なんだかとても人間的なんですよ。

-これは各曲を通してひとりの人物を描いていると解釈してよろしいのでしょうか。だとしたら、この方は「Don't Bring Me Down」の内容や「Soundscapes」に出てくる単語を見るに、お酒もだいぶお好きなようですね。

そうですね、かなり(笑)。まぁ、大人なんでそういう面もあるんでしょう。

-主人公の大胆な放蕩ぶりは、今作におけるアルバム・タイトル・チューン「Libertine Dreams」の中でも、グラマラスな音像と共に綴られています。"Libertine Dreams=ふしだらな夢"との和訳も実に乙ですね。

"Libertine Dreams"って、僕の中では、直訳したときの"自由な夢"という健康的なニュアンスとはちょっと違うんですよ(笑)。僕の中でのイメージ的には、"Desperado"に近い言葉なのかもしれない。

-"Desperado"とは、ならず者を意味する言葉でしたね。かの名曲のタイトルにも使われていますし、映画のタイトルにも使われていますし、どこか男のロマンのようなものを感じる言葉であるようにも思います。

それです、それです! 「Libertine Dreams」とは、まさに男のロマンなんですよ。日本で言えば"寅さん"ね(笑)。

-映画"男はつらいよ"シリーズに出てくる"フーテンの寅さん(車 寅次郎)"ですか(笑)。

ある人から見れば自由人。別の人から見れば、どうしようもない放浪者。それって最高にロマンあるじゃないですか。だから、「Libertine Dreams」についても、解釈は受け手それぞれに任せます。

-あえて深追いさせていただきますが、INORANさんは「Libertine Dreams」の世界に憧れるタイプですか? それとも、この世界がリアルに身近な方ですか?

そうですねぇ......地でいっている部分もあると思いますよ。そして、この2020年前半こそが僕にとっては"Libertine Dreams"だったなぁと。強がりを言いながら葛藤もして、自分なりにここまで前に進んできましたからね。

-だとするならば、このアルバムの最後に収録されている「Dirty World」は、INORANさんにとって、ここまでのカオスなコロナ禍を経てきたなかで見えてきた、新しい世界を描いたものということになりそうですね。

そういうことでしょうね。もう、あのフックのところのコーラスなんてアホじゃん(笑)。完全にイっちゃってるし、開き直っちゃってるんですよ。ここまでに僕の経験してきたことをすべて音にしたら、こうなったっていうことです。

-この『Libertine Dreams』というアルバムは、長いINORANさんのキャリアの中でもことさらに特別なものになったのではありませんか?

いい意味での集大成になりました。23年にわたってここまで13枚のソロ・アルバムを作ってきたなかで、1stの『想』はDJと組んでヒップホップの要素を取り入れたところから始まって、そのあとは内向きな作風になったこともあったし、メロディックなものを突き詰めたこともありました。また、ハイブリッドなミクスチャー、シンプルなロックンロールといろいろやってきて、その様々な要素にさらに新しい挑戦や、今だから感じていることも織り込みながら生み出すことができたものが今作です。そう考えると、これはコロナが僕にくれたプレゼントでもあるのかな。

-最後に、これまで通りの流れでいけば、アルバムの発売後にはツアーやライヴを行うのが、ある種の慣例でもあったのではないかと思いますが、『Libertine Dreams』のリリース後のヴィジョンについて、INORANさんの中で何かしら見えていらっしゃることはありますか?

本来ならフルスペックのライヴをやりたいですよ。それはもう当然のように。でも、仮にそれが2度と叶わないんだとしても......それはそれであらゆる可能性を模索しながら、音楽人として生きていくためのトライアルをその都度していきたいと思ってます。聴いてくれるみんなにとっての生き甲斐となるような音楽を作って、それを表現していくためにね。その想いはこれからも揺らぐことはないです。