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INTERVIEW

Overseas

SEVEN SATURDAYS

2010年10月号掲載

SEVEN SATURDAYS

Member:Jonathan Haskell

Interviewer:伊藤 洋輔

アンビエントな静謐、シネマティックな音像、瞬時に空間を染め上げてしまう音響に込められたものとは?Jonathan Haskellのソロ・ユニット、SEVEN SATURDAYSが日本デビューを果たす。このユニットを立ち上げるまでに起きた紆余曲折は彼をスコットランドへ旅立たせ、そこで得た幸福から圧倒的な夢想家へと飛躍したようだ。『The Shallow End』に詰まった冷艶な美しさはどこまでもイマジネイティヴであり、これからの季節にピッタリの作風だ。良質なインディ・ミュージックを発信し続けるレーベルMOORWORKSから、あなたの冬を彩るサウンドトラックが誕生した。

-まず、日本デビューおめでとうございます!MySpaceにアップされた「Au Revoir」のPVを見ましたが、映像は日本の都市や田園風景でしたね。オフィシャルのモノかわかりませんが、このPVを制作された経緯から教えてください。

ありがとう!監督のケイティ・ウェストさんの写真がずっと好きで、「The Shallow End」のビデオも彼女が作ってくれたんだよ。彼女の目・容貌が好きでビデオに出演して貰いたかったんだけど、カナダのトロントに住んでいるからロサンゼルスでの撮影は実現できなくて。だから時間と予算を頭に入れたケイティのアイデアで、彼女は友達と一緒に行った日本旅行の映像を編集して「Au Revoir」のビデオを作ったんだ。君達の美しい国を回ってあらゆる映像をたくさん撮ってきていたから、素晴らしいPVになったよね。

-あなたのプロフィールについて伺いますが、生まれはどこで、どのような環境で育ったのでしょうか?また、初めて触れた楽器は何ですか?幼少期のエピソードを聞かせてください。

ロサンゼルスで生まれて、今も住んでいるよ。ごく普通の幼少期だったな。両親はこの間、結婚40周年をお祝いしたんだ。二人ともぼくの音楽の一番の理解者だよ。母は油絵画家で、僕もその血を受け継いだんじゃないかな。10歳で歌い始めて、高校時代にギターで曲を書き始めた。最終的にはフェンダー・ローズ(ピアノ)に落ち着いたよ。今は全曲ローズで書いているんだ。

-これまでどのような音楽遍歴を辿ってきましたか?

音楽は素晴らしく不思議で、ぼくはこれがないと生きていけないけれど、人生を左右するものだから悪夢にもなりかねない。安全で平穏な生き方ではないけれど、浄化されるような気分になるし、SEVEN SATURDAYSが育っていくのを見るのはすごくやりがいのある体験なんだ。

-SEVEN SATURDAYSをはじめる前は、ANGELES DRAKEというバンドを組んでいたようですが、それはどのようなスタイルのバンドだったのでしょうか?また、込み入った質問ですが、なぜ解散してしまったのですか?

ANGELES DRAKEは、RADIOHEADになりたかった思春期バンドと認めるよ。『The Bends』から『Hail To The Thief』までRADIOHEADに夢中だったんだ。当時はぼく達だけじゃなくて、みんなRADIOHEADになりたがっていたよね。その後はColdplayみたいな感じに変化したかな?ANGELES DRAKE の一番良かったところ、そしてSEVEN SATURDAYSと最も違うところは、7年間も週5日友達と音楽を作っていたこと。だから強い絆で繋がっていた……と思っていたんだけど、悲しい解散がやってきた。USツアーの 前日にバンドメンバー2人が何も言わずに辞めたんだ。ボロボロに傷ついたぼくは、スコットランドのエディンバラに引っ越して2年間音楽から離れた。

-スコットランドのエディンバラを選んだ理由とは?

単純に頭をすっきりさせたかったんだ。ロスでは何もする気が起こらなかったし、白紙の状態に戻りたかったんだよ。結局はSEVEN SATURDAYSの構想と共にロサンゼルスに戻ってきたけど、エディンバラは恋しいよ。心の故郷なんだ。

-スコットランドでの体験がSEVEN SATURDAYSをはじめる原動力となったようですが、実際、どのような影響を受けたのですか?具体的なエピソードを教えてください。

SEVEN SATURDAYSを始めた原動力はひとつではないんだ。慣れた場所から抜け出した新しい街での生活、そしてスコットランドの圧倒的な平穏の両方から成り立っていると思う。天気、文化、スコッチ、人々と、なにもかもが不思議とぼくに合っていたんだ。今も連絡を取り続けている親友もできた。最後に訪れた時も、彼らと遊んだのは良い思い出だよ。