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LIVE REPORT

Japanese

植田真梨恵

Skream! マガジン 2019年08月号掲載

2019.06.30 @恵比寿ザ・ガーデンホール

Writer 石角 友香

メジャー・デビュー5周年の今年はこれまで以上にアートな年、つまり彼女にとっては思うがままに様々な曲を歌うという意味合いが大きいと捉えている。それを有言実行した植田真梨恵の2枚のミニ・アルバム『F.A.R.』『W.A.H.』を選曲の軸に据えたツアーの、9ヶ所目にしてファイナル公演が梅雨のさなかの東京で開催された。

『F.A.R.』のアウトロ的な立ち位置のフィールド・レコーディング曲「EXIT」が流れるなか、バンド・メンバーが登場。植田が大阪でのひとり暮らしを長い間共にしてきた愛猫、ララの鳴き声に少し切ない気持ちを抱えるなか、跳ねる雨音のような廣瀬武雄(Key)のピアノ・リフで「Bloomin'」が始まった。桜の季節の歌だが、自然界の命がメキメキ育つ季節にもしっくりくる。ミニ・アルバム2枚でグッと音数を厳選し、新しいサウンド・プロダクションに挑んだ部分はライヴでも表現されており、植田の歌も力むことなくまっすぐ届く。新曲に対して真剣に聴き入るモードのフロアは、2曲目の「夢のパレード」のイントロで解放され、自然とクラップが起こり、ステージとフロアの距離が縮まった印象だ。「FRIDAY」ではテレキャスを持ち、アメリカン・ロックの乾いたビートを鳴らす。色合いは異なる3曲だが、バンド・アレンジが新作における余白を大事にしたグルーヴに更新されているせいか、自然と楽しめる。そういえば、これまでバンド・セットでの植田真梨恵は、序盤からトップ・スピードとテンションで、ロック・ミュージシャン以上にロッカーっぷりを発揮していたけれど、今回は一曲一曲をじっくり歌っている。これは大きな変化ではないだろうか。

曲ごとの歌やアクションの表情の変化は明快で、少し懐かしい「ザクロの実」では演じるような身振りをし、「hanamoge」ではステージを左右に歩きながら歌い、軽快なピアノ・ポップでオーディエンスを参加させ、「ロマンティカ」ではグロッケンシュピーゲルを演奏する場面もあり、バチを指揮棒よろしく振ると大きなハンドウェーヴが起こり、ちょっとドリーム・ポップ・テイストもあるこの曲に揚力を与えているような、不思議な一体感が作り出された。

とても集中力の高いステージが進行していくなかで、"次の曲は何かな?"と思った瞬間、ツアー・ファイナルに訪れたファンへ感謝を述べ、"日本に生まれてきて良かったなと思う瞬間がこの年になって増えてきて、受け継がれていくもの、大切にすること、丁寧に人に伝えていくことは、とても素敵だなと思うようになりました。『W.A.H.』を作るきっかけになった1曲を"と、「勿忘にくちづけ」へ。裏拍のコード・ストローク、そこに重なってくるピアノのアルペジオが私たちのDNAに訴え掛けるようだ。丁寧に丸く包み込むような歌唱は次の「花鬘」にも繋がっていく。音源で聴くのとまた印象が違い、ギターやベースといった楽器が控えめなアンサンブルを紡ぎ、音響的には生音に近いアレンジでありながら、どこかSIGUR RÓSなど寒い国のバンドが持つ荘厳さすら表現。個人的には今回のツアーの最もチャレンジングな側面を感じ、白眉と言える演奏だった。さらにすっと入った次の「プライベートタイム」の曲の入りに感じるさりげなさ。ジャズとシャンソンを薄味に仕立てたような趣きは、インタビュー時にも挙がっていたNorah Jonesにも似た、柔らかな大人の洒脱とでも言おうか。

声のアーティストと言えそうな、歌の表現でくるくる変わるキャラクターも、今回は『F.A.R.』のコンセプトである"大人の成長"にリンクした印象で、甘さの中に意志も毒も含んだ強い声で"支配者はこの世界に現れない/この世界で私を動かすのは私だけ"、そして未来に待ち受けている正解は"君だけ"と歌う「支配者」へ。改めてメジャー・デビュー5周年の節目の今、説得力を持って響く歌だ。その流れで、"わぁっ"と声を上げてしまいそうな、「ふれたら消えてしまう」の触れるものとして存在しないという感覚のリアルさ。今ここでしか感じられない胸騒ぎをフロアも声に出す。そして植田はテレキャスターをかきむしるように弾く。曲のポップさを凌駕するような溢れる熱量を生み出した流れだった。

終盤に入る前のMCで"ちっちゃい頃より大人になってからのほうが大事なものが増えたんで臆病になりました。生まれたてのあの完全無欠の状態は、大人になるほど遠くになっています。このツアー、大人の成長をするはずだったんですが、イマイチです"と、大人の成長というコンセプトを掲げてはいるものの、逆に大人になるほど無敵ではいられないという事実を素直に話した。しかし、それは善悪や成長や退行で括れない。10代のまっすぐすぎる強さや弱さはゼロにはならないが、戻れない感覚もある――ひとつひとつの歌詞がリアルで切ないぶん、タイトル通り"FAR"というワードがメロディに乗り、放たれるとき、思い出に優しく手を振るような感覚に包まれた。改めてとても誠実な歌だと思う。息を吸い込む音をマイクが拾って、曲の世界観へ引き込まれた「softly」、そして、ある種『F.A.R.』と『W.A.H.』というコンセプチュアルな2作の中でも、ひとつ植田真梨恵にとって不変の"歌い続けること"について、"なんだっていいのさ"という言葉をあてた「ひねもす」が、淡々と、しかし力強く演奏される。ピアノだけでなく、すべての音が瑞々しく、またここから歩み始める植田真梨恵というシンガー・ソングライターの道を照らすようだった。どんどん発光を強めていく白いバックライトにメンバーのシルエットが映え、物語を終えるように本編のエンディングを迎える。大げさなエンディングはまったくなし。そこも今回のライヴ・アレンジのキモだったのではないだろうか。

アンコールでは、唐突にバンド・メンバーに、『W.A.H.』が和をコンセプトにしたミニ・アルバムであることにちなんで、"日本人に生まれて良かった"と思う瞬間をメンバー紹介も兼ねて聞いていく。ドラムスの車谷啓介がキャラを裏切らないご飯ネタで納得させると、廣瀬は"浴衣とかいいですねぇ"とこれまたキャラを裏切らない発言。植田の"「火花」とか書かれてません?"という返しに爆笑が起こる。リラックスしたムードで「苺の実」と、グッとフロアのテンションが上がるメジャー・デビュー曲「彼に守ってほしい10のこと」で周年を彩った。

さらに加速するように弾き語り、ピアノ、そしてバンド形式での3デイズ・ライヴ、そして5周年のグランド・フィナーレとしてZepp DiverCity(TOKYO)でのライヴの開催も発表。植田真梨恵という多様なシンガー・ソングライターの全貌を知るにはもっともな計画で、さらなる本領発揮を期待したい。


[Setlist]
1. Bloomin'
2. 夢のパレード
3. FRIDAY
4. さなぎから蝶へ
5. ザクロの実
6. hanamoge
7. ロマンティカ
8. 勿忘にくちづけ
9. 花鬘
10. プライベートタイム
11. 灯
12. 悪い夢
13. 支配者
14. ふれたら消えてしまう
15. カルカテレパシー
16. FAR
17. softly
18. ひねもす
En1. 苺の実
En2. 彼に守ってほしい10のこと

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