Japanese
ピロカルピン
2014.05.27 @渋谷WWW
Writer 沖 さやこ
東名阪で開催される、ピロカルピンの結成10周年記念ワンマン・ライヴ"箱庭の世界"の初日の東京公演。その10日ほど前に、2010年8月に加入したベーシストのスズキヒサシの脱退が発表された。10周年おめでとう!の気持ちは勿論大きいし、10周年をお祝いしたい気持ちもものすごく強かったのだが、うきうき100%の気分で会場へ向かうことはどうしてもできなかった。会場に訪れた観客ひとりひとりにも、その人それぞれの様々な心境があったのではないだろうか。
このライヴは2部構成で開催されることが以前から発表されていた。第1部は"アルバム再現ライヴ"。発表した過去5枚のミニ・アルバムから、アンケートで最多得票数を集めた作品を完全再現するという内容だ。そのアンケートの結果、上位2作品である『落雷』と『宇宙のみなしご』がほぼ同率1位に。その後この2作品による決選投票が行われた。"5月27日の渋谷WWWでのライヴ当日の演奏をもって結果を発表する"ということで、その結果を待ちわびている人も多かっただろう。ステージに現れたメンバーのセットが完了すると、観客はステージに集中。するとカチ、カチ、カチ......と秒針のように等間隔で刻まれる音が鳴る。『宇宙のみなしご』の1曲目「時間計」のイントロだ。フロアからは歓声が沸いた。この作品はスズキが加入して初めての作品でもある。松木智恵子の透明感のある凛とした歌声が、たちまちWWWを"夜"の色へと変貌させていった。「存在証明」では岡田慎二郎の幻想的なギターの音色がひらひらと舞い、その瞬間にふと目に止まったのが松木の衣装だった。白地に青い鳥があしらわれているワンピース。その色合いなどがピロカルピンの楽曲の世界観とぴったりで、それを纏ってフロントを張る彼女に美しさと逞しさを感じた。スズキの指弾きの低音も映える「最終走者」も、松木の声が高く伸びる「見えざる手」も、夜空の下にひとりぼっちで落とされるような感覚を与える。だがピロカルピンの音楽は、そのときに頬に当たる優しいそよ風のような成分もある。夜でないと見えないような、感じられないような"微か"さ――ピロカルピンはそれを丁寧に勇敢に鳴らすバンドだ。"終わりは始まりです"と松木が言い演奏された「終焉間際のシンポジウム」は強さと切なさの両方を感じさせる、熱い音色だった。
第2部の"通常ライヴ"はメンバー全員衣装チェンジをして登場。7月6日の大阪公演までまだ時間があるのでセットリストの公開は控えめにしておくが、新旧織り交ぜた10周年に相応しい厳選された楽曲群だった。アッパーな曲もあれど、それでもセンチメンタルで繊細な楽曲が多かったため、どうしても胸が締め付けられる。だが2部は観客からはハイテンションな声援も多く、なんだかアットホーム......というか若干飲み会的なノリもあり(笑)。それは、どこか悲しげに響くアンサンブルに対してなんとか場を明るくしようとする優しさだったのかもしれない。
ピロカルピンのスタートは、まず松木がひとりでバンドをやろうと決心したところから始まった。"最初は(ひとりという)点だったものが、どんどんその点が集まってひとつの輪になっていった"と語り"10年やってきて良かった"と感謝の弁を述べた。そしてまっすぐ前を見て"選択を間違えたりすることもあるかもしれないけど、前を向いて音楽を届けていけたらいいなと思います"と語った。その後披露された新曲では、彼女の顔にこの日初めて大きな笑顔が生まれる。新曲の演奏中にそんな表情が見られたのはとても感慨深く、岡田のアグレッシヴなギター・ソロや荒内 塁の攻めるドラミングからも、未来に対する気合いを感じさせた。スズキが煽ったあとに松木が晴れやかな表情で"ついてこい!"と言い「虹の彼方」へなだれ込み、フロアからも祝祭のクラップが。本編ラストではこの日いちばんのグルーヴが生まれた。
アンコールではまずスズキだけが登場し、ようやくこの日初めて、彼の脱退に関する話がメンバーの口から伝えられた。真摯な気持ちを素直に語った彼に、会場からはやわらかくあたたかい拍手が起こった。その後、岡田の口から8月と10月に自主企画ライヴを行うことが発表された。どちらもこの"箱庭の世界"と同じように、それぞれ再現ライヴと通常ライヴの2部制とのこと。8月の"夏の大三革命"はアンケートで3位だった『蜃気楼』、10月の"ワンダーワールド"では『落雷』を再現するという。"これからもピロカルピン、止まることはないのでよろしくお願いします"と松木が力強く語り、2曲を演奏。終演後には開演前の複雑な気持ちもどこへやら、夜という繊細な空間とシンクロする音楽と、ステージの上の4人からパワーをもらう、非常にぬくもり溢れる時間だった。メンバーがステージを去ってからもダブル・アンコールを求める声と拍手が鳴り止まなかった。
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