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INTERVIEW

Japanese

間々田 優

2025年09月号掲載

間々田 優

Interviewer:杉江 由紀

私は私のずるさと戦い続けるっていう決心と覚悟を込めてます


-そんな『タイポグリセミア』には他にもウィットの利いた曲がいろいろと収録されており、個人的には「エロエロエッサイム」が興味深かったです。レトロで色気のあるキャバレー・サウンドをベースにして、魔術書"グリモワール"に記されていたとされる呪文"エロイム・エッサイム"をもじった曲タイトルと詞を組み合わせてあるところが秀逸ですね。

これはコロナの時期から今も続けている、ワンマン配信ライヴで生まれた曲なんですよ。毎回いろんな趣向を凝らしてやっていたなかで、あるとき"エロな曲に特化したライヴ"というのをやったことがあって(笑)、そのための新曲として作ったのが「エロエロエッサイム」でした。それまで、私はそこまで性的な表現を含む楽曲は作ったことがなかったというか、書けなかったんですけどねぇ......ついに踏み込みました。それまで散々"突き刺し系"として、怒りのパワーを持った曲はたくさん作ってきてたんですけど、それとは別方向の強いパワーを曲に込めるとしたらなんだろう? と思ったときに、女性の性欲というんですかね。そこを描くことに挑戦してみたんです。

-プリミティヴな感覚を追求されたわけですね。

どんどん掘り下げていったとき、怒りにも近い情念が湧いてきたんですよね。結果的に、怒りとは全く違うベクトルの強いパワーを込めた歌にすることができました。いやほんと、これはここだけの話なんですけど......さすがに40代ともなれば、恋愛とかも落ち着いてくるんだろうなと思ってたんです。ところが、実際は全然そんなことなくて(笑)。恋愛対象だけじゃなく、憧れの対象とかに対しても未だにこんな夢中になれちゃうんだ! って我ながらちょっと驚いてるくらいなんです。

-介護に携わっている知人によると、高齢者施設でもドロドロの三角関係が普通に発生したりするそうですので、人間の欲は元気の証にして命の源であるように思います。

だとしたら、今の自分が抱えているような情念とか、それに振り回されてしまうときの苦しみとか、それっていつまで続くんでしょうねぇ。あー、でもやっぱり自分の目がハートになってるときはすごく楽しいからなぁ(笑)。言葉を削ぎ落としたことで"エロ"っていうところに行き着いたのはあるんですけど、心がどうにも激しく揺さぶられちゃう感じを、「エロエロエッサイム」という曲にしてみたかったんです。

-それは要するに"業"というやつなのですかね。

あぁ、まさに業です。今後この曲を生ライヴでやっていくときは、ストリッパーのように皆さんの前で精神的に脱いでいくことになるんだろうなと思います。私はこれだけ淫らで激しい業火に灼かれている女なのよという喜びと苦しみといいますか。自分の内側から強く湧き上がってくる情念を、歌で伝えていくことになるでしょうね。

-かと思うと「あいの国」はシャンソンにも通ずる魂を感じて素敵です。また「セカンドダンス」からは往年のシティ・ポップの香りも感じます。

「あいの国」はいちシンガー、いち女性として歌い上げた曲ですね。時代も何も関係なく、正義も悪もなく、私はただただあなたと生きたいという1人の女の意志に特化した曲なんです。そういう意味では、ここにシャンソンに通ずる魂を感じていただけたのはめちゃめちゃ嬉しいです。「セカンドダンス」に関しては、自分がギターで1本で作った段階では、ちょっとノリのいいダンス・ミュージックみたいな方向だったんですけど、アレンジしていく段階で、かなりシティ・ポップ感の強い方向に進んでいったので、詞もそれに合わせて書き変えました。

-あくまで褒め言葉なのですが、"フライハイなフライデーナイト"というちょいダサな歌詞と、懐かしいシティ・ポップなサウンドのマッチングが最高です(笑)。

"フライデーナイト"とか最近使わないですからね(笑)。そして、この恋に迷うみたいな詞も昔はあんまり書けなかったところです。前だったら、自分は狙ってもらう女でいたいみたいな感じだったんですけど、情けなくて素直な自分をそのまま詞にできたという点で、今回の中だと私は「ごめんねピータン」に次ぐか並ぶくらいに気に入ってます。

-70年代の空気感を持った音と"志村にレノンに なれないソングスター"という歌詞が光る、その名も「住所不定年齢不詳」がこれまたクセツヨでいいですね。

これは憎み切れないダメ男の歌ですね。情けない男なんだけど、どっか憎めない昔の男のイメージです。70年代っぽいアレンジがハマりました。あとこれ、歌詞カードに"縦読み"してもらえる部分があるのでそこもぜひ楽しんでください。

-「白黒ラブソング」はジャジーな手触りが心地よいだけでなく、男性のゲスト・ヴォーカルが入られているとこもろも特筆すべき点ですね。

歌ってくれてるのは、一昨年一緒にツアーを回ったイイプルギスの夜さんです。そして、アコーディオンの音も入れてます。白黒っていうのは鍵盤のことなんですよ。

-かくして、小粋で小洒落た「白黒ラブソング」からの「帯状疱疹オン・マイ・マン」。このギャップも『タイポグリセミア』ならではの醍醐味と言えそうです。こちらも実体験的なTHEノンフィクションチューンということになりますか?

誰にも話したことのなかった事実を、ここで曝け出してカミング・アウトしました(笑)。まさか自分がなるとは思ってなかったですし、この年齢でなるとも思ってなかったんですけど、ツアー・ファイナルが終わった瞬間から痛みが出てほんとに驚きました。最初は何が起きているのかも分かんなかったですね。

-ツアー中に心身が張りつめていたのだとすると、ライヴが終わってゆるんだ途端に帯状疱疹として出てしまったのですね。

今は治まりましたけど、本当の意味での完治っていうのはないらしいんですよ。その恐怖に怯えながらでも私は強く生きるぞ! という気持ちを、この曲では思いっきりパンクに歌い切りました。

-一転しての「ミゼラブル」で堪能できるドラマチックな世界も大変乙です。

「ミゼラブル」で意識したのはフラメンコとか情熱の部分ですね。この楽曲は活動休止していた2010年あたりから活動再開した頃にかけて作った古い楽曲ではあるんですど、全国ツアーとかで何回も歌っていくうちにファンの方々からいい曲だと認めていただいて、今回ようやくアルバム収録されることになりました。詞では人のずるさ、自分自身のずるさとも向き合ってます。こうやって歌ったところで自分のずるさは消えないって歌なんですよ。だからこそ私はずっとひけらかし続けて晒し続けて、ずっと悩み続けて、ずっと歌い続けているんだろうなと。

-恐らく、それも1つの業ですね。

そういうことなんでしょうね。私は私のずるさと戦い続けるっていう決心と覚悟をここには込めてます。

-11曲目の「さよならファンタジア」はマーチ調のリズムが特徴的です。この曲はどのような背景を持って生まれたものだったのでしょうか。

ここまでマーチっぽく進化するとは私も思っていなかったんですけど、これは旅立ちの場面に似合うファンファーレとして鳴り響くような曲として作り出したものだったんです。楽曲の構成はコード4つくらいしか使っていなくてシンプルなんですが、歌詞も最初からこの形で付けてました。

-この歌詞はストーリー性が強いですね。

地元の茨城にいた高校時代、私は不登校みたいになってたんですね。自分の居場所がなくなったのか、自分でなくしたのか......きっと両方なんですけど、その後は逃げるように東京の大学に入ったので、私としては当時そのまま置き去りにしてきたものがあるような気がしてたんです。未だに故郷に帰っても、ずっと旅に出ているような気分で"戻ってきた"感じがしないんですよ。逃げてしまったところにお邪魔してますみたいな感覚なんです。しかも、その事実が自分の音楽活動にも影を落としてきたところがずっとあったので、それを悲しい過去として位置付けるだけではなく、その事実も今の自分と繋がっているんだということを思いながらこの詞を書きました。

-旅立ちリベンジここに遂行せりですね。

この曲を完成させたことで私自身にとって心の整理ができたのもあるんですが、誰にとってもさよならは悲しいだけじゃなくて未来になるんだよっていうことが、聴いてくれている人たちに伝わったら嬉しいです。

-間々田さんの過去を昇華するような「さよならファンタジア」を経ての、痛みも後悔も抱えながら、それでも進んでいくという空元気が窺える「ナルシスト」で締めくくられる本作からは、終始としても潔いスタンスを感じます。

このアルバムの中で「ナルシスト」は最後にできた楽曲なんです。派手な曲じゃなくていいし、注目されなくてもいいから、最新の自分の想いを曲としてここに残しておきたかったんですよ。それもなるべく裸の状態で。

-この空元気なところこそがリアルということでしょうか。

私の中にある"これからも音楽を続けていくんだ"という気持ちの中には、正直言えばまだかっこつけの気持ちもちょっと入ってますからね(笑)。でも、それが自分を支える力になってるのも事実で、ある朝ふと明け方に目が覚めたとき私はそのことを改めて確信したんです。

-ナルシストという言葉は日常だと良い意味で使われないことが多い傾向にあるものの、諸外国と比べて日本人に最も足りないとされている自己肯定感の理想系こそが、"ナルシスト"だという捉え方もできそうです。

だいたい"あいつナルシストだからさ"みたいな会話は悪口ですよね(笑)。でも、自分のことをちゃんと認めるというのはその人にとって必ず力になるじゃないですか。自分の中のナルシストに本当の意味で気付いて生きていくというところの素直さを、この曲では背伸びしないでそのまま書きたかったんです。だけど、私としてはまだこの「ナルシスト」は歌いこなせてない気がするんですよ。

-今後のライヴでそこはディグっていくことになるということですか?

来年春から始まる全国ツアーの中で、「ナルシスト」も含めて『タイポグリセミア』の曲たちを育てていきたいです。私はここまでの約17年、基本的にアコースティック・ギター1本で弾き語りのライヴをやってきていますし、そこに対する自信はもちろんあるんです。でも、今回はアレンジをお任せしたり、表題曲を丸投げしたり、いろんな曲をいろんな声色で歌うという経験をさせてもらった以上、シンガーとしてはもっと表現の幅を拡げていきたいっていう欲も出てきてるんですよね。アコースティック・ギターは相変わらず大切な相棒として抱えていきますが、曲によってはアコギを下ろして歌やパフォーマンスに集中する場面も作っていきたいです。そして、今度のツアーでは『タイポグリセミア』から出会ってくれるかもしれない、新しい方たちとの出会いもあるといいなと思ってます。