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INTERVIEW

Japanese

Vaundy

2023年11月号掲載

Vaundy

Interviewer:小川 智宏

1stアルバム『strobo』(2020年リリース)以来、実に3年半ぶりとなるニュー・アルバム『replica』を完成させたVaundy。その3年半の間に彼は怒濤の勢いで曲を作り続け、デカいタイアップをいくつもやり、様々な場所でライヴを繰り広げてきた。そんなVaundyの足跡と、その先で今まさに彼の頭の中にあるポップスともの作りへの哲学が凝縮された2枚組は、とても濃厚で、そして重い。趣向が凝らされたプロダクト・デザインも含めて、このアルバムにまつわるすべてがVaundyの思想であり、彼からのメッセージだ。以下のインタビューからもその熱量が伝わることと思う。

-『replica』、ご自身ではどんな作品になったと思いますか?

とりあえず今年の僕の曲はいっぱい入っています(笑)。シングル曲を入れたDisc 2はおまけのような感覚で、Disc 1が『replica』というコンセプト・アルバムになってます。まぁ、コンセプトと言っても今の僕が入っているだけなんですけど。Disc 2には今までの僕が入っていて、それを経て"レプリカ"を作っている、という。ポップスとはレプリカであり、デザインである、そういうことを示すためのアルバムになっているんじゃないかなと思います。

-Vaundyは"replica"というテーマを今年の頭のツアー([Vaundy one man live tour "replica"])から掲げてやってきました。もっと辿れば大学の卒業制作のテーマでもあったわけですよね。

そうです。もともと、ポップス=レプリカでありポップス=デザインであるという考えがあるんですけど、どうしてその三すくみがあるかというと、ポップスを作るうえではデザインが必要で、デザインとはつまり"デッサン"なんです。デッサンとは何かといったら、投射する、模写する、写実するということで、その工程で何が必要かというと、観察する、舐めたり触ったり食べてみたり、じっと見るとか空気を感じるとか、そういうことを経てデッサンができるわけですよ。それって要するにレプリカを頭の中に作る作業なんですよね。で、その中から問題点を探して従来とは違うものを作っていくのがデザイン。だからデザインをしていく工程の中で"レプリカ"という概念を捨てることは絶対にできないんですよね。

-うん。

なんでかというと、例えば僕らは"ペットボトル"っていうものを知っていて、想像もできるし見ればわかるじゃないですか。それはそれが"ポップ"だからなんですよ。みんなが知っている共通概念になっている。プラスチックでできていて、薄くて、その中に飲み物が入る。それがみんなの中のペットボトルという概念というか、ポップスなんですよ。その共通事項を作るためには確実にレプリカである必要があるんです。みんなが過ごしてくる中でいいなと思ったものの来歴の積み重ね、レプリカの地層が今の僕らの生活の中にある。そういう意味もあって、僕の作っているものはあくまでレプリカなんだけど、でも一級品のレプリカである必要があるよね、というのを卒業制作のテーマにしたんです。その作品の中にも書いたんですけど、"オリジナルはレプリカの来歴から生まれる"という。レプリカって言ってしまうと安く聞こえてしまうんだけど、それに価値を持たせたくて、このタイトルにしています。

-たしかに"レプリカ"という言葉からは"偽物"とか"物真似"とか、そういうイメージもどうしても浮かびますよね。

真似、コピー、パクりとか言われるけど、僕はその先が重要だと考えているので。真似した先に自分の好きなものがあって、その好きなものと僕の生活の中のものが混ざるから作品になると思っているんですよ。最初からポーンって出てくるみたいなことはありえないので。頭で理解せずにレプリカの作業をやっているだけなんです。僕はその工程はすごく大事なことだと思うし、理解してやるからこそより面白いものが作れると思っているので、僕らが作っているのはレプリカだと言うことで"オリジナル"の意味を改めて考えようという。

-オリジナルであることに価値があると思われがちだけど、実はそれすらも過去の積み重ねのうえに生まれてきた"レプリカ"なんだよ、ということですよね。それを理解したうえでいいもの、面白いものを作るからポップスになるんだ、と。

だからこのアルバム、意識している大もとが感じられる曲たちになっていると思うんです。以前の僕は"アイデンティティがない"ってすごく悩んでいた、というか今も悩んでいるんですけど。あと、音楽に対してのバックグラウンドもそんなにない。"Kurt Cobain(NIRVANA/Vo/Gt)を聴いて"とか"こういうバンドになりたくて"みたいなのは僕にはないんですよ。だから全部の曲に違う人たちがいるんです。

-それがVaundyの来歴だということですね。

そう。その人たちをより今回は感じられるんじゃないかな。そこは結構意識して作った。David BowieとかRADIOHEAD、BLUR、OASIS、そういうのが僕は好きなので。小田和正さんもそうだし、山下達郎さん、竹内まりやさんもそうですけど、いろいろな人が今回はいる。細野晴臣さんも結構強い。今回は"細野晴臣み"がある(笑)。

-でもそういう来歴は、これまでのVaundyの音楽の中でも自然と出ていたものではありますよね。そこにより躊躇しなくなったという感じなんですか?

躊躇しなくなったのかもしれないですけど、変えてはいないんですよ。でも改めて言葉にすると違うじゃないですか。これはもうしょうがないんだなと思って作ったのもあるだろうし、最後の「replica」という曲にそのレプリカが"I を語っている"っていう歌詞があるんですけど、その"I"には"自己"と"リスペクトの愛"のふたつの意味がかかっているんです。それが言いたいことそのままで。ひとりのアーティストの中でも曲がどんどん多様化し始めてるんで、その中でもう一度考えるべきなのかなと思ったんですよね。僕の作るものの立ち位置とか、僕が作るってどういうことなのかとか。

-なるほど。来歴を見つめることで、自分自身のことも考えたと。

もの作りが全部レプリカであることは間違いないと僕は思ってるんですよ。"オリジナリティがすごい"って言っている人もいるし、それはそうなんだけど、"これがもとだよね"っていうのは基本あって。もとっていうか、そこにいろんな人が見えるのは当たり前なので。それの粘土というか、くちゃくちゃに混ぜてどういう色を完成させられるのかがアーティストの技量で、僕はそれをどうする? って縛りを課したのが今回。でも楽しんで作りました。

-そうやって自覚的に作っていった曲たちが今回Disc 1に入っているということだと思うんですが、その作業プロセスっていうのは、やはり1stアルバム『strobo』のときとはまったく違った?

うん、全然違いますよね。『strobo』のときは"全部シングル"だったんですよ、基本的に。だからどちらかというと今回のDisc 2に近いというか、その場の状況に応じたものが全部完成していて、それが結果的にアルバムになっただけで。だからあれはVaundyの名刺だったんですけど、今回はDisc 1の中に明らかに"今の僕"が存在するから、そのための説明書としてDisc 2があるという。

-でもたしかに、多様な曲が詰め込まれていて、よりはっきりとVaundyの来歴が見える部分もありますけど、同時により"Vaundy的"になってきている感じもしますね。

そう。そいつらが僕の手にちゃんと収まるようになってきた。持て余していた部分も結構多かったんですよ。それでも僕のものではあるんですけど、まだ介入の余地があるなと思って。だから、今回のDisc 1は半分くらいは自分で演奏もしてる。「美電球」も、サビだけはライヴのサポート・ギターもしてもらっているhannaさんに弾いてもらったんですけど、半分以上は僕が弾いてるんです。「1リッター分の愛をこめて」も「黒子」もそう。「replica」も半分くらい僕。結構自分でドラム叩いてるやつとかもあるんです。「常熱」と「宮」に関してはドラムとベースとギター、全部やってます。

-あぁ、そうなんですか。

だからちょっと気持ち悪いリズムになってる(笑)。それが僕から出てくる歌に一番近いドラムなんですよ。だからより"僕"になってるんだと思う。

-AORだったりグラム・ロックだったりヒップホップだったり、様々な音楽性が出ているけど、全体としてすごく生々しい感じ、肉体感がありますよね。

そうですね。より僕の身体に近づきました。まだ過程なので恥ずかしいところもあるんですけど、それを出していこうと。たぶん来年にはもっと上手くなるんで。僕は普段は相当きれいに作ってるんで、聴く人の耳も整えられていると思うんです。それを破壊していこうと。だからこの急な生感を受け入れるか受け入れないか、二極化するかもしれない。「宮」とか「常熱」とかはめちゃくちゃ僕なので。

-「宮」はまさにそうだし「黒子」とかも、歌詞も含めてちょっとグロテスクさすらありますからね。

そうなんですよ。俺の中身がグロいということがわかってくるんじゃないかな。今回は時間もなかったから、自分でできる限りのことはやってみようということで、この2~3年を経て、もう1回自分から出すっていう作業が多かった。

-そういう意味ではレプリカではあるけど、早くもレプリカの先に行き始めているのかもしれない。

そうかも、もしかしたら。でも僕の人生の中ではこれも1個でしかないから。これからもまた出るだろうし、これが『strobo』の次だったように、『replica』の次が何かあるだろうから。今回は"結局レプリカの積み重ねだよね"っていうのを1回言っただけで、テーマが"レプリカ"っていうのは今回に限ったことではないんです。でも1回は言っておいたほうがいいと思って最初に言おうと。だから第1章を締めくくったあとの1発目が『replica』だった。でも卒業制作は第1章の中に入っていたから、これは第2章のプロローグですね。来年以降はまた違う曲になってくると思う。"俺の家じゃん"みたいな音になってたりするかもしれない。それでも、やっぱりポップスっていうのはみんなの共通点としてあるから。

-どれだけ自分自身に近づけても、まさに共通言語みたいなものとしての"ここがポップだよね"っていう部分があるから――。

あるから大丈夫。まさにそれを言おうと思ったけど、忘れてた。そういうことです(笑)。