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INTERVIEW

Japanese

Crispy Camera Club

2018年10月号掲載

Crispy Camera Club

Crispy Camera Club

Official Site

メンバー:ミサト(Vo/Gt) 中根 トモヒロ(Ba) りんすけ(Dr)

インタビュアー:秦 理絵

90年代UKロックの影響を受けた女性ヴォーカル、ミサトが率いる京都発の3人組バンド Crispy Camera Clubが初の全国流通盤『SWAG』をリリースする。タイトルの"SWAG"とは、ヒップホップ発のスラングで"ヤバい!"や"かっこいい"を表す言葉だが、今作で鳴らすのは純正なギター・ロック。MIX MARKETやSpecialThanksなどの実力のある女性ヴォーカル・バンドを数多く輩出しているKOGA RECORDSに所属する彼女たちは、2016年の結成以来、サーキット・イベント"見放題"にブッキングされるなど注目を集めている。とにかく好きなことを詰め込んだという今作について、メンバー全員に話を訊いた。

-ほとんどが日本語詞だけど、Crispy Camera Clubって海外のインディー・ロックに通じる雰囲気がありますよね。ルーツはどのあたりなんですか?

ミサト:私はお母さんの影響で小さいころからスピッツを聴いてたんですよ。

-だからバンド名に"Crispy"が入ってるんですか(※スピッツが1993年にリリースした4thアルバムが『Crispy!』)?

ミサト:そうなんです。で、高校生ぐらいのときに洋楽を聴き始めたんです。90年代のUKとかマンチェスターの音楽が好きで聴くようになって。THE STONE ROSESとかOASIS、BLUR。あとは、THE SUNDAYSとか。きっかけはARCTIC MONKEYSを見つけて、そこからTHE STROKESとかガレージ・ロック・リバイバルにハマって。THE LA'Sの「There She Goes」を聴いて、一気に90年代のそのへんが好きになったんです。

-どういうところがいいなと思ったんですか?

ミサト:やっぱりスピッツにも洋楽の影が見えるじゃないですか。私の原点にあるのはスピッツだから、そこと共通点が見えたのが面白かったんですよね。

-トモヒロさん、りんすけさんも90年代のUKロックが好きなんですか?

中根:僕は高校生ぐらいまで全然ロックとか興味なかったんですけど、高校生のときに仲良くなった子が貸してくれたCDの中に毛皮のマリーズがあって。それを聴いてから、ロックにハマりました。OKAMOTO'S、黒猫チェルシーとか、2010年代前後のロックンロール感の強いバンドがめっちゃ好きやって。それが50年代から70年代のものをルーツにしてるっていうのを調べて、そこらへんを聴くようになったんですね。だから、ベースで影響を受けたのは、CREAMのJack Bruceとか、THE WHOのJohn Entwistleとか。そういう60年代のUKロックが好きですね。

-りんすけさんは?

りんすけ:私はお兄ちゃんがバンドをしていて、その影響で邦楽ロックを聴いてました。ELLEGARDENとかゴイステ(GOING STEADY)とか。で、高1のときに変わった女の子ヴォーカルに誘われて、NIRVANAのコピー・バンドで「About A Girl」をやって。それと並行して、サカナクションとかPerfumeを聴くようになったんです。彼女(ミサト)と出会ってからTHE SUNDAYSとかTHE CARDIGANSを聴くようになりました。

-意外と通ってきた音楽はバラバラだったんですね。

ミサト:そうなんです。

-結成は2016年だそうですけど、メンバーは大学のサークル繋がりですか?

ミサト:いや、全然関係ないんですよ。ここ(ミサトとりんすけ)は、前に3ピースのガールズ・バンドをやってたんですけど、それがなくなって、"ふたりでスタジオに入ろうか"みたいな感じでバンドを始めて。そこから親しいライヴハウスのブッキングの人にトモ君(中根)を紹介してもらって、サポートからメンバーに入ってもらったんです。

-もともとガールズ・バンドだったら、ベースも女の子がいいとは思わなかったんですか?

りんすけ:いや、男の子が良かったんですよね。ガールズ・バンドはやり尽くした感があって。違う温度感を出したかったんですよ。そのときは男の子のギタリストもいたので。

中根:でも、最初に誘われたときは全然入る気がなかった。

りんすけ:音楽がちゃうもんなぁ。

中根:僕は50年代のロックをガレージ・アレンジするようなことしかできなかったんです。

-それでも一緒にやってもいいと思えたのはどうしてですか?

中根:ベースで僕の好きな60年代の感じを出しつつ、バンドの世界観を崩さずにできるなと思うようになったからですね。ここでもやっていけるかなって。

-バンドを組んだときから今みたいな音楽性だったんですか? 海外のインディー・ロックの匂いがする感じというか。

中根:もっとネオアコっぽい感じでしたね。

りんすけ:当時は見本となる曲のイメージに寄せることが多かったんですけど、最近は自分の個性を出しながら、そのときに聴いてた音楽の感じを出せるようになってきた感じはしますね。ちゃんとコミュニケーションを取りながら作れるようになってきたし。

中根:最初にいたギターが抜けて変わってきたような気がする。

ミサト:それまでそのギターの子に頼りすぎてる部分もあったんですよね。

-メンバーの脱退がバンドのターニング・ポイントだったと?

りんすけ:もともと私たちは"楽しくできるバンドを組んで緩くやろう!"みたいな感じだったんです。でも、ギターが抜けるタイミングで、"このバンドどうしていく?"っていうのを、初めてちゃんと話したんですよね。で、ギターは就職を選んだんですけど、彼(中根)は"このバンドでやっていく"って言ってくれたんです。それで、私もこのバンドでまだ見たい景色があるなっていうのを考えるようになって。