Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

LIVE REPORT

Japanese

堕落モーションFOLK2 / 成山 剛(sleepy.ab) / Predawn

Skream! マガジン 2016年07月号掲載

2016.06.15 @下北沢LIVEHOLIC

石角 友香

"LIVEHOLIC 1st Anniversary series"の中で、ひときわ異彩を放ったのがこの日の顔合わせだろう。アコースティック・スタイルのライヴを行うこの日は前方に椅子も出され、大人のお客さんも多い。最近、外国人観光客も多い下北沢で急にライヴを観たくなって訪れたように見える男性客もいた。もしほんとにそうなら嬉しいことだけれども。

静かに談笑しながら、最初の演者を待つフロアを縫ってステージに上がったのはPredawn。気がついたらギターを抱えた彼女が立っていたというぐらい自然な佇まいは、演奏と歌が始まると同時に、別の種類の――この人は生まれたときからギターを弾きながら、歌いながらこの世に現れたんじゃないか?というような(少し大げさだけれど)自然さに圧倒される。近年、バンド・スタイルでもオープニングに演奏することが多い「Skipping Ticks」を、ギターを爪弾きながら淡々と歌う。
ここまで近い距離で観たことはなかったので、彼女の小さく歌い、小さく弾くスキルの高さに少し驚く。身体ひとつとギターで情景や温度を自在に変えていく。それでいて、今日は今日でしかないという瞬間瞬間の生き物としてのリアルも同時に届けてくれる。サビに向かって凛としたエモーショナルな歌声に変化する「Universal Mind」まで一気に5曲歌い終えた彼女は、初共演の安部コウセイ(堕落モーションFOLK2)の失礼だが笑える控え室トークを暴露(!?)。体調が芳しくない中、なんとか下北沢に辿り着き、リハ後も横になっていたという彼女。その横になっていた場所を安部が"臭う"と言ったとか(失礼!)、最近、新作が完成し、いつも作品完成後は体調が悪くなるのだという。おそらく相当な集中力で毎回作品に向かうのだろう。そんな日も、そんな日を受け入れて隠さない。そういう人だ。季節外れなぶん、より今が夏であることを感じる「Autumn Moon」、珍しい日本語詞の「霞草」ではフロアの反応もヴィヴィッドに。また、Joni Mitchellの「Both Sides Now(青春の光と影)」のカバーがこの日一番の力強さで歌われ、ラストには、Predawnのブレスやちょっとした語尾のかすれさえも曲の世界観を作る要素として逃すまいと耳を澄ましてしまった「Suddenly」。パッと会場の空気を変えてササッとその場を去っていく。Predawnはこの日も風のようだった。

続いては、去年HINTOでLIVEHOLICのオープニング・パーティーに出演した安部コウセイ(Vo/Gt)と伊東真一(Gt)による堕落モーションFOLK2。わざわざ起立して自己紹介をしてから、THE ROLLING STONESの「Angie」でチューニング。一気に空気が濃くなるというか、黒と赤の世界に突入する「ブラッドシェア」、そしてエロティックな空気がさらに増す「月光美人」と、安部の乾いた情念、それを繊細に彩る伊東の12弦ギターがフロアの湿度を上げていくようだ。先ほどのPredawnとの初対面にしては失礼なやり取りをまだ引っ張りつつ、"なんかグルーヴが出るかと思って"と言い訳する。そして、安部がおもむろに立ち上がると、聴き覚えのあるキャッチーなイントロからclassの「夏の日の1993」のカバーを披露。手拍子と笑いが起こる、さながら安部のカラオケ状態である。しかも続けて光GENJIの「ガラスの十代」まで歌ってみせた。ま、客層からしてウケることも計算済みなのか、短い時間で起伏をつけるのがうまいとも言えるのだが......。堕落ならではのおかしみを見せたあとはSPARTA LOCALSの「ヒビヤ」で狂おしくも繊細な恋人同士の情景を歌い、ラストもSPARTA LOCALSの「Fly」で締めくくり。愛と性と、生と死が、"笑"の中にもどうしたって滲む、そんな濃厚な40分だった。

さて、この不思議で貴重な顔合わせのトリは成山 剛。これ本人がMCで言っていたのでいいと思うのだが、開演前から物販の席で彼はPredawnも堕落モーションFOLK2も観ていた。さすがに堕落の途中で自分の出番に備えて一旦、席を離れたが、Predawn同様、あまりにも自然にすでに彼はステージにいた。さすがに弾き語りの一人旅歴が長くなってきたマイペースっぷりが板についている。この日はソロの初作『novelette』のツアー最終公演という位置づけ。演奏曲目をその場で決めるという彼がこの夜、最初に選んだのは「夢の花」。sleepy.abのバージョンとは違う繊細な歌の表現とクラシック・ギターの伴奏で、有機的な広がりを作る。弾き語りの魅力のひとつである歌詞のクリアな到達力は「なんとなく」の"なんとなく生きている 自由のせいにして"という、実は鋭いフレーズを浮き彫りにしていく。成山の穏やかでどこか浮世離れしたヴォーカルは癒しや穏やかさももちろんもたらすが、曲によってはバンド・アレンジ以上に潜んでいた心の塊をわりと直裁に砕く。中盤以降は『novelette』からのレパートリーが続く。英語詞でも高音の透明感は不変な「high low」、不思議な譜割りがまるで灯りの点滅のような「エトピリカ」。歌とギターが追いかけっこしているような楽しさもある。そして「ピエロ」、「コペルニクスの夢」という3拍子ナンバーが続く。音源ではアレンジがオールドタイミーでドリーミーな「ladifone」も、その要素を歌で表現し、本編ラストは日常的且つ端正なイメージを持つ「街路樹」が披露された。これまた、そのまま物販の席に戻った成山(!)にアンコールがかかり、再びステージに。なんだかその高さの違いを全然感じさせないこの日の雰囲気が愉快だ。ファンがその場を立ち去りずらいのもわかる。この曲を歌うとは限らないのだが、どうやら期待どうりに成山は「ねむろ」を選んで歌った。自分のことは自分で許せばいいのだろうけれど、"朝が来るまで目覚めないように"という、おまじないのようなお守りのようなこの歌で安眠できる気がするのは、どうやら多くの人がそうだったようだ。

歌とギターだけでその場の空気を鮮やかに塗り替える3組。こんな時間をこの場所で過ごすことの贅沢。あっという間に下北沢は夜更けの入り口を迎えていた。