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sleepy.ab「二度寝する奴ぁ三度寝る」【第1回】

2011年05月号掲載

sleepy.ab「二度寝する奴ぁ三度寝る」【第1回】

はじめましてsleepy.ab vo.成山です。Skream!でのコラムの連載がスタートしました!
実はねコラム、ましてや連載というのは初めてでして何をどう書こうかといったところですが、、
まずは音楽を始めたきっかけから話してみようかな。

それは小学校六年生の時の話です。
学芸会での出し物で合唱をやることになっていたんですが、一人で歌うソロパートの部分があったんです。曲目は『さとうきび畑』。
そうですザワワのやつです。
ソロパートなんて恥ずかしくて誰もやりたがらなくてずっと決まらなかったんです。
そしてある日親戚の結婚式で学校を休む事になりました。ええ、帰ったら案の定選ばれてましたよね。
しかも大抜擢みたいな空気を出してましたよね、みんなで。おめでとう!やったな!みたいな。
今考えてみたらイジメじゃないかと思ってしまいますね。しかしその大抜擢な空気に少し気分がよくなって引き受ける事に。というか断れる空気すらなかったと思われますが。
本来人の前に立って何かをするのが苦手なので人生で初の晴れ舞台。しかしその道は長く険しい道のりでした。
まず1ヶ月間放課後の体育館で一人で歌わされるのです。バレー部や、バトミントン部ががっつり運動してる中で。
校長先生の話す台があるポジションで合唱の先生とマンツーマン。
もうそれはそれは屈辱的でしたね。
だって家に帰って泣きましたもんあまりにも恥ずかしすぎて。
あのバレー部の女子達の『あの人どしたの?目立ちたいの?また来てるよ。』みたいな 冷たい視線(実際は多分気にもしてなかったと思います)。
今考えてもキツい。だって未だにバレー部の女子がコワいです。トラウマですね。血液型よりまず何部か聞いてしまいますね。。

話 は脱線しましたが1ヶ月みっちりと訓練させられとうとう当日がやってきました。その小学校は一学年5クラスあって1クラス35人くらいの割と大きい学校で 生徒だけで1000人、そして学芸会には親や親戚も見にきたりで当日は2000人くらいになるのかな。その たくさんの人の前で歌うのです。1人で。もちろん母親も親戚連れて来てます。 とうとう本番。
ステージ立つ前は全身が心臓みたいに大きい脈を 打っていましたが歌い始めた瞬間それはゆっくり少なくなっていきました。そうですあの体育館のスパルタ合唱屈辱練習は歌の練習はもちろん精神が未熟な心こ そを鍛えていたのです!(おおベストキットみたい!って思ったか思ったわなかったかは定かではありません。)

しかしそこからはあまり記憶にありません。♪風の音に とぎれて消える 母の 子守の歌~♪ ただ歌い終わった後会場がスタンディングオベーションのようになっていました。この時の光景や感覚は未だに憶えてます。
全身に鳥肌がたって血の気が引いていく感覚。
それ以降実は人並み以上に音楽に触れることもなく剣道や陸上に没頭していくのです。
ちなみに剣道は三年間出場した試合で勝ったことはありません。
しかし素振りの芸術点が高いと有名でしたな。
誉められた事しか憶えないようにできています。
そして高校三年生になり進路を決める時が来たのです。振り返ってみると小学校の時の文集の将来の夢はこう書いてありました『夢の旅人さケケケー』?? 中学の時の将来の夢は『事務員』。何があったんだろう彼に、いや俺に。。  夢ってなんだろうって思った時にリンクしたのはその学芸会の合唱しかなかったんです。
それまでの人生の中で人よりも少しだけでも誇れるものはそれくらいしかなくて。
というよりは勘違いでもいいから強く思い込めるものというか。
そして根室から札幌へ旅立ったのです。そしてそこの音楽学校で今のメンバーと出会うのでございます。
※北海道内じゃないか!?と、お思いの方多数いると思いますが根室から札幌までは10時間近くかかるのです。