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INTERVIEW

Japanese

ROOKiEZ is PUNK'D

2018年09月号掲載

ROOKiEZ is PUNK'D

Member:SHiNNOSUKE(Vo/Gt) U(Dr/Cho) RYOTA(Ba/Cho)

Interviewer:秦 理絵

時代の流れに翻弄されながらも、決して足を止めることなく歩み続けるROOKiEZ is PUNK'D(以下:ルーキース)が、6年ぶりのニュー・アルバム『The Sun Also Rises』をリリースする。メンバー・チェンジもあり、ここ最近の作品は自主レーベルから発表していたルーキースだが、今作はユニバーサル ミュージックからのメジャー流通というやり方を選び、その制作にはバンドの大切な盟友たちが数多く参加した。2010年代初頭にミクスチャー・ロックの継承者として現れたバンドが、2018年に鳴らすハイブリッドなロック・アルバム。そこには、酸いも甘いも経験した過去を肯定しながら、さらなる夢を掴もうという不屈の精神が刻まれている。

-『The Sun Also Rises』、いいですね。傷だらけで走り続けるバンドが今鳴らすべきアルバムという感じがしました。特に「モラトリアム」には、どんな状況でも自分たちを信じていくんだっていうリアルが詰まってて、一番好きな曲です。

SHiNNOSUKE:まさに「モラトリアム」は、周りのバンドがバンバン活動休止した時期に書いたんですよね。それも全然他人事じゃないんですよ。僕らも12年やってきたけど、もっと多くの人に聴いてもらわないと、いつどうなるかわからない。新しいバンドもどんどん出てくるって考えたら、この曲が自然にできたんです。

-なるほど。今回のインタビューでは、こういう「モラトリアム」みたいな曲を、なぜ今ルーキースが書かずにはいられなかったかを知りたいです。そのためには、前作『From Dusk Till Dawn』(2012年リリースの1stフル・アルバム)からいろいろなことがあった。そこから話を聞きたいと思っていて。

SHiNNOSUKE:実際にその6年を経験してるのは、僕とUだけですけど。

-RYOTAさんは2014年に加入でしたもんね。

SHiNNOSUKE:まず前作は、自分たちでもすごくいいアルバムができたなと思ったんです。周りの人たちにも"いいね"って言ってもらえたんですけど、セールス的な結果は出なかったんですよ。そこから自主で活動をするようになって、レーベルもマネージメントも自分たちでやるっていう方向転換をしたんですよね。例えば、リリースのテンポにしても、メジャーのときは、タイアップがあったらしばらくリリースできないっていう縛りもあったので。自分たちのペースでやりたくて、自主の道を選んだんです。

-自主になってからは、アルバムこそリリースしてなかったけど、シングルに関しては積極的に出してきましたもんね。

SHiNNOSUKE:ありがたい話、そこから"弱虫ペダル"(※TVアニメ)の主題歌をやらせてもらえるようになったり、初めて海外でのライヴ(2013年に北米で開催された大型アニメ・フェス"FanimeCon 2013"に出演した)を経験したりっていうことがあったんですよね。そういうふうに、自分たちでは想像もしてなかった道ができていくなかで、もともとのベーシストがやめちゃったんですよ。そこで、僕とUのふたりだけになって。

U:そうだね。

SHiNNOSUKE:"どうする?"っていうところもあったんですけど、そこから、今は正式メンバーになってくれてるRYOTAがサポートに入ってくれて。なんとかライヴ活動をしながら、"ここで止めたら終わりだな"っていう思いで動いてたんです。

-そのときに"バンドを止めない"って思えたモチベーションはなんだったと思いますか?

SHiNNOSUKE:俺の感覚では、Uが"もうやりたくない"って言ってたら終わってたと思うんです。でも、そのときに"どうしたい?"って聞いたら、"まだやりたい"って言ってくれたので。じゃあ、メンバーがふたりでもできるなと思ったんです。周りにサポートしてくれる人がいたから続けられたのもあるし、世話になった人が多すぎて返せてなかったのもあるから。あと、やめていったメンバーっていうのも、本当は続けたいけど、それができないっていう状況だったので。だからこそ、俺は続けなきゃなっていうのはありましたね。やめるっていう選択肢はなかったと思います。

U:俺は、元メンバーの2RASHがきっかけでルーキースに入ることに繋がったから、ここで自分がやめる気持ちにはなれなかったんですよね。

-まだまだやらなきゃいけないことが残っていた。

U:そうですね。

-RYOTAさんは、そんなルーキースの歩みをどんなふうに見ていたんですか?

RYOTA:実は、最初は潤ってるバンドに見えてたんですよね。

SHiNNOSUKE:調子良く見えてたんだね。

RYOTA:でも中を覗いたら、意外ともがき苦しんでたんです。特にSHiNNOSUKEはイメージが違ったんですよ。最初はチャラそうなイメージを持ってたんですけど、バカ真面目で。苦しんでるんだったら、少しは力になれればと思いましたね。

SHiNNOSUKE:RYOTAが入ってくれた時期は、本当に一番苦しかったもんね。

-そこから海外での活動を視野に入れるようになったのは、きっかけがあったんですか?

SHiNNOSUKE:日本から海外に出ていけるバンドっていうのは、たぶんもっとたくさんいると思うんですよ。だけど、日本の活動でいっぱいいっぱいになってる。でも俺らの場合、そんな余裕をこいてる場合でもないし、RYOTAが入ってからは、そこに何かチャンスがあるんならやってみようっていう感じでしたね。最初は1年に1、2回ぐらい海外に行っていたんですけど、最初に海外に行ったときに、日本語なのにめっちゃ歌ってくれたことに感動しちゃって。そこから海外に行くたびに、友達とか、観てくれる人が増えていくのは、日本でバンドを始めたときと同じような感覚があったんですよ。で、最初はアメリカだけだったんですけど、気がついたらいろいろな国に行ってましたね。