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INTERVIEW

Japanese

I-RabBits

2017年01月号掲載

I-RabBits

メンバー:竹下 麻衣子(Vo/Pf) 加藤 智之(Gt/Cho) 猪野 進一(Ba/Cho) 山田 祐大(Dr)

インタビュアー:山口 智男

-そして、前のドラマーが辞めたあと、アイラビ君というウサギのドラマーを経て、祐大さんが2016年2月に加入したわけですね?

山田:はい。2013年に一度、サポートでやらせてもらって、そのあとアイラビ君が入ったんですけど、今年の頭に諸事情で月に帰ったんですよ。それでその後釜として、自分がまた呼び戻されました。まぁ、アイラビ君がいる間もアイラビ君のマネージャー兼ローディーとして、I-RabBitsがいるところには絶対いたんですけど(笑)。

-どんなふうに知り合ったんですか?

山田:I-RabBitsが諸事情により、機材車を失ったんですよ。でも、ツアーが決まっているから機材車が必要ということになったときに、もともと自分がやっていたRUNNERS-Hiというバンドがちょうど解散して。

竹下:"解散したあとどうするの?"って聞いたら、"考えてない"って言うから、じゃあ譲ってもらえないかって話をしたら、"いいよ"ってことになって。

山田:その機材車を管理していたのが自分で、以前、I-RabBitsと対バンしたことがあったんですよ。そしたら、もともといたドラマーが抜けることになって、"あれ、ドラマーだよね?"って(笑)。だから自分は機材車のバーターで(笑)。

竹下:じゃあドラムもお願いってノリで(笑)。

山田:ただ、当時I-RabBitsは新たにドラムを入れるってことは考えてなかったんですよ。前のドラムの方は、それまで8年間やっていて。

竹下:家族同然だったんですよ。

山田:ファンもそれを見ていたから、"ドラムが抜けました"、"新しいドラムが入りました"っていうのはあまりにもっていうのがあったので、とりあえずはサポートでって考えていたときにちょうど出会って。そのとき、レコーディングにも参加させていただいた縁で、そのあとアイラビ君が加わってからは、僕は付き人として参加していたんですけど(笑)、今年2月に正式加入することになりました。

-山田さんはどんな音楽を聴いてきたんですか?

山田:家ではわりとTHE BEATLESが流れていたんですよ。それが原点なんですけど、なぜTHE BEATLESが流れていたかというと、母親の兄が松崎しげるっていう色の黒い歌を歌う人なんです(笑)。その叔父がTHE BEATLESが大好きで、その影響もあって、自分は幼少期にTHE BEATLESを聴きながら育って、それと同時に松崎しげるの歌も聴かされ(笑)。小学校まではピアノをやってたんですけど、中学受験を機にピアノをやめて、高校に入ってから母親の知り合いがドラムを習っているから習ってみないかって言われて、それを見に行ったら、後の自分の師匠になる人が......菅沼孝三っていう手数王と呼ばれる人で、その人がドラムを叩いていて、めちゃめちゃかっこよくて、バンドやりたいとか音楽やりたいとかじゃなくて、"ドラムやりたい!"と思ったんですよ。それで習い始めたら、先輩のバンドから文化祭でやるから叩いてくれって誘われて、それまでJ-POPばかり聴いてたんですけど、そのときコピーしたのがMETALLICAの「Battery」(1986年リリースの3rdアルバム『Master Of Puppets』収録曲)で(笑)。

竹下:それが最初ってすごいね。

山田:そのあと、ハード・ロック系のバンドを先輩とやって、Hi-STANDARDのコピーを同級生とやって。だから自分はハード・ロックとパンクが原点なんですよ。

-結成からこれまでライヴ、リリースともに精力的に活動してきましたが、これまでを振り返っていかがですか?

竹下:山あり谷ありでしたね。結成8年目に前のドラマーが抜けて、それが一番応えました。音楽をやり続けていくなかでの苦難はあらかじめ予想はしてましたけど、抜けてしまうと、もうどうしようもない。1回解散を考えました。でも、祐大がサポートしてくれたり、アイラビ君が入ったりしてなんとか乗り越えて、今はこうやってまだやれているので、そこが一番のターニング・ポイントだったのかな。

猪野:前のドラマーが抜けてからは、それまでの8年間の影を追っていたところはありました。"京都大作戦"とかのフェスにバッと出たころにドラムが抜けて、1回ガクンとバンド的にも落ちて、うちらの中にはやっぱ(京都大作戦で見た)あの景色があるんで、アイラビ君のときはどうしてもそこに追いつきたいという一心でやっていた感じでしたね。正直、楽しかったかと言うと、ちょっと違うかなって3年間でしたね。

竹下:だから、祐大を入れようって気持ちになったのは、その亡霊から逃れられた瞬間だったのかな。祐大を加えた4人で人生を背負って立とうと思えたのが2016年の2月。だからそこまでは大きな意味で言ったら苦難の時期だったのかもしれない。

-じゃあ今回の作品は、現在の4人で新たにスタートするという気持ちもあるわけですか?

竹下:そうですね。やっと上がってきた感じはあります。

猪野:ようやく完全体になった。

-今回は、これまでのピアノ・ロック・サウンドを"美しく汚す"というテーマがあったとのことなので、自分たちの殻を破るという挑戦がひとつあるのかなと思ったんですけど、"殻を破る"っていうのは、ここから新たにスタートすることも含めてなんですね?

猪野:それもあります。

竹下:やるからには自分らの自己満ではなくて、いろいろな人に"面白いね"、"いいね"って言ってもらえる音楽をやりたいですね。ただ、10年もやっていると自分たちにできることは大概やりつくしているから、そこからもっと世界を広げるにはってことで、今回は本当にいろいろなことをやりました。今回の7曲ができあがるまでにはたぶん50曲ぐらい作っていて、その中で、普通だなってものは捨てたんです。それぞれが新しいことを覚えたり、挑戦したり、私のピアノなんか、"ピアノ/ヴォーカル"のピアノじゃないですからね(笑)。とてもじゃないけど、歌いながら弾けない(笑)。でも、弾けないからやらないではなくて、今回はそれをやろうよみたいな。今までやらなかったところを突き破りながらできたのが今作だったから、それぞれのプレイはもちろん、猪野のアレンジの幅もいろいろ超えてきた感はあります。