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INTERVIEW

Japanese

Outside dandy

2017年11月号掲載

Outside dandy

メンバー:村上 達郎(Vo/Gt) 松本 翔(Gt)

インタビュアー:岡本 貴之

10月25日に2ndアルバム『Into the wild』をTOWER RECORDS限定リリースしたOutside dandy。所属事務所との専属契約を打ち切り、自主レーベル"HAMIDASHI Records"を立ち上げて荒野へと進む第一歩となる今作は、今年結成10年目を迎えるバンドが決意した旅立ちの逞しさと、ひとりの人間としての繊細な心象風景が同居するリアルな1枚となっている。今作を完成させるまでのバンドの道のりと覚悟を、村上達郎と松本 翔のふたりに訊いた。

-2007年に村上さん、松本さんを中心に結成されたそうですが、ふたりはもともとどんな関係だったんですか。

村上:もともと、音楽を介して知り合った友達だったんです。3年くらいは一緒にバンドをやるわけでもなく遊んだりしていました。僕がストリートで弾き語りをしていて、たまにセッションしたりはしていましたけど。

松本:僕もストリートで活動していて、そのころは歌も歌っていたので、それでたまたま知り合った感じです。地元の愛媛県松山市は狭くて、ストリート活動をしている人はみんな顔見知りみたいな感じでした。

村上:その中でも仲良くしていて、音楽の話とか他愛のない話をする関係で。

松本:たまたま家も近所だったので、近くのファミレスで朝まで語り合ったり。

-そこからバンドを結成するに至ったのは?

松本:僕は路上活動はしていたんですけど、ずっとバンドをやりたい気持ちがあったんです。個々の活動が終わるタイミングで、バンド出演をしないかという話をイベンターの方にいただいて、やりたいなと思ったんですけど、そのときに稼働しているものがなくて。同級生のベーシスト、知り合いのドラムは見つけたんですけど、ヴォーカルがいないなと。僕はバンドの中ではギタリストでいたかったので、誰かいないか? って考えたときに、村上君がいるなって。それで声を掛けたら快諾してくれたんです。最初はそのイベントだけのつもりだったんですけど、やってみたら楽しかったし、やっぱりバンドをやろうって思いました。

-そのときはどんな曲をやったんですか?

村上:オリジナルです。もともと僕もオルタナティヴな激しいロックが好きだったりしたんですけど、なぜかバンドを組むっていう選択肢がなくて。オリジナルでバンドをやってみて、単純にデカい音を鳴らしてデカい声で歌えるのは楽しいなって思ったんですよね。

松本:そのときに村上がNIRVANAにハマっていて。そういうグランジ要素というか、今ではやってないような重たい音楽がそのころはメインになってましたね。

村上:今はそうでもないんですけど、昔は、だいたい僕がその当時に好きだった音楽が結構色濃く反映されていて。結成当初は重たい音楽が好きでしたね。

-ライヴでもあんまりMCをしないような?

松本:曲をやってないときはもう、葬式みたいな感じでしたね(笑)。

村上:(笑)MCも何を喋ってるかわからないくらいボソボソ話してる感じで。

-今の音楽性とはだいぶ違ったんですね。現在に至るまでメンバー・チェンジもあったようですけど。

松本:愛媛で活動でしているときにいろんなきっかけになったのが、"Music Revolution"という大会でグランプリを獲ったことで。大阪のなんばHatchとか心斎橋CLUB QUATTROでライヴをやらせていただいたり、あとはテレビ朝日系列の"ストリートファイターズ"(※2002年から2011年まで放送されていた音楽番組)っていう番組に取材していただいたりとかして。そういうところから、なんとなく変わっていったというか。村上も当時はオルタナティヴ・ロックが好きだったんですけど、だからといってギター・ロック的な曲がなかったわけではないので、だんだん明るい音楽志向になっていって。東京進出を意識し出したのもそのころです。

村上:それが結成から1~2年くらいですね。僕はもともと、音楽を抜きにしても東京に行こうとは思っていたんですけど。

-上京するにあたって何かのつてがあったんですか?

村上&松本:いや、まったく(笑)。

松本:ライヴハウスもどこに行けばいいかわからなかったですし、とりあえず来てみたっていう。それまで東京でライヴしたことも1回もなかったですし。

村上:今思えば、なんでだろうって思うんですけど(笑)。"とりあえず行こう!"みたいな。家も直接見ないで間取り図と家賃だけ見て決めて。それでギターと着替えだけ持って出てきたっていう、本当に時代錯誤も甚だしい昭和の感じで出てきました(笑)。

-東京でライヴをやったことがないのに上京してバンドをやっていこう、というのは結構覚悟がいることですよね。

松本:そうですね。つてはなかったですけど、覚悟だけはありましたね。

村上:根拠のない自信と覚悟はありました(笑)。

松本:バンドをやるなら東京でやりたいなって。もともと僕はあんまり東京に行くことにそんなに賛同していたわけでもなかったんですけど、彼が東京に行くって言うなら、僕も音楽を続けたいのでついていくしかないっていう感じでした。