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INTERVIEW

Japanese

永原真夏

2016年03月号掲載

永原真夏

インタビュアー:山元 翔一

このインタビューは2015年4月30日に活動を休止したSEBASTIAN Xのフロントマン、永原真夏によるものだ。彼女はここで、"一を語るってことは全を語るということ"と語る。本稿には、その他にも永原の音楽に内在する哲学や思想を紐解く糸口が散りばめられている。"全にして一、一にして全"――彼女は衝動的/感覚的なようですべての真理を見抜いているのだろうか......? ソロ活動の第一歩として完成させた『バイオロジー』を解き明かす最新の永原真夏語録をお届けしたい。

-SEBASTIAN Xの休止から10ヶ月近く経ちますが、永原さんは今どういった心境ですか?

心境は......うーん、モードはもちろんその10ヶ月の間に切り替わっていて。今はとにかく何かを作るのが楽しいですね。音楽にしても――この間ミニ・アルバムから1曲、「リトルタイガー」(Track.1)を収録したカセットを作ったんですけど、シンプルに"作るのが楽しい"っていう気持ちに突き動かされています。

-活動休止にあたってのインタビューでは、"自分の表現を追求したい気持ちが大きくなっていた"とおっしゃっていましたよね。

自分にしかできない、自分のやりたいことを追求したい気持ちは強くあります。バンドのときは4人の意見を全部まとめて作っていくっていうっていう良さがあって。それ自体はもちろん全然悪いことではないんですけど、ソロは自分のやりたいことをわがままにできるのが良さだと思うので、楽曲にしてもアートワークにしても今はとにかくやりたいことを追求していきたいなと。「リトルタイガー」のカセットを作ったときには、追求していこうとする一歩目を踏み出せた実感がありましたね。

-今の永原さんからはすごく充実されている印象を受けるんですよね。表現者として、自分から湧き出てくるものをひたすら形にされているというか。

あんまりやらされている感じもないですからね。この10ヶ月は特にそうだったと思います。曲も作らなきゃと思って作ってないですし、カセットもやらなきゃって思ってひねり出したものでもないですし。赴くままに作れたと思います。

-永原さんは音楽以外でも、アートワークやグッズのデザイン、古着屋"GOGH"でのプロデュース協力などクリエイティヴな活動をおこなっていますよね。ソロ・アーティストの第一歩というタイミングなのでお訊きしたいのですが、そもそも表現の手段として音楽にこだわる理由はどこにあるのでしょうか。

どれもこれも表現の手段だと思ったことはないですね。"表現"っていう言葉はわかりやすくて便利なので使うことはあるんですけど、やっぱり初期衝動は"あこがれ"なので。(音楽にこだわる理由は)自分がずーっと好きだったから、シンプルにそれだと思います。そしてそれを形にしていく機会をいただいたから、ありがたくやらせてもらっているという感じですね。

-音楽に関してもあこがれが、まず第一にあったと。

音楽はもちろん100%、あこがれが最初にはありました。感動したとか――やっぱり感動が1番大きかったですね。いっぱい好きな音楽はあったんですけど、やっぱりTHE BLUE HEARTSが好きだったし、THE CLASHとかSEX PISTOLSも好きで。だけど高校生のときはラップをやりたいと思ってたから、ずっとクラブに通ってて。般若のライヴに行ったりとかして、"マジかっけぇー"みたいな青春を送ってました(笑)。

-女性の方では、バンド活動のスタート地点が初期パンクやヒップホップっていうのは珍しいのかなと思うんですよね。

でもうちのキーボード(※工藤歩里。永原のソロ活動のサポートを務める)もそうだし、SEBASTIAN Xの初期とかその前のバンドで活動してたところが高円寺20000Vとか吉祥寺WARPっていうわりとパンクとかハードコアとかオルタナ色が強いハコだったので。その影響も大きかったですね。

-なるほど。この話は今作ではTrack.3「平和」あたりにも通じてきそうですね。

ああー(笑)。「平和」もそうですけど、このアルバムは全編、歌詞の加筆修正を一切していないんですよ。書いてそのまま出しちゃうんですけど、この曲も勢いで書いたんです。今、平和に関しては時代的にも政治的にもいろんな動きがあるけど、大きな話ではなく個人的な話として歌えないかなと思って。平和について個人的なこととして語りたくて書いたんですよね。

-パンクやロックンロールの精神を感じさせる楽曲ですけど、この曲で"平和"っていう主義主張の強い言葉を使った意図はどこにあるのでしょうか。

今や危険な言葉じゃないですか? "平和"って言葉に出しただけでちょっとこう......使うのが難しい言葉だと思うんですよ。とはいえ、ただの漢字2文字の熟語なのであまり恐れずに取り掛かるべきなのかなと思って。こういう言葉にこびりついたイメージとか、こういう使い方をすべきじゃないっていう固定観念を払拭できるのも音楽のすごく好きなところなんです。それでこの言葉を使いました。しかもこの曲は世界平和を歌っているわけじゃないですし。音楽は言葉の意味合いを広くしたり、違うイメージをつけたりできるし、そういうことはやっていきたいと思ってますね。

-その意識はソロになってから生まれたものですか?

いや、これはずーっとしてきたことのひとつですね。SEBASTIAN Xの「DNA」(2013年リリースの2ndフル・アルバム『POWER OF NOISE』収録)っていう曲は言葉の拡張を強くイメージしていて、「イェーイ」(2014年リリースの4thミニ・アルバム)なんかも、"イェーイ"って聞く場所や状況によって、アゲアゲなのかやけっぱちのなのか違うっていう――そういう絶妙なところを描けるのも音楽の好きなところなので。これは自分の中では好きな表現のひとつですね。

-そういったところが永原さんにとって、"なぜ音楽なのか?"ってことに繋がってくるんでしょうね。根っこにあるのはピュアな思いですよね。

そうですね。最初に聴いててあこがれていたものって、自分の心境と確実にリンクしていて。たぶん昔は単純な話だったと思うんですよ。例えば"なんで同じ制服着ないといけないの?"みたいな――意味わかんないけどルールだから仕方がないってところにものすごく疑問があって、そこに抗いたいっていう気持ちに寄り添ってくれたヒップホップとかパンクっていう音楽を好きになったんです。みんなそうだと思うんですけど、"この人がこうしているからこういう考え方にしよう"っていうより、嫌な思いをしたことだったり、気持ち悪いなって思ったことに沿ってくれるものに魅かれる――わたしにとってそれがヒップホップやパンクっていう音楽だったんです。自分の中でそういう小さい疑問みたいなものが残っていて、今でもそれを表現しようとしているのかもしれないですね。