Japanese
永原真夏
Skream! マガジン 2016年03月号掲載
2016.01.11 @KENTO’S六本木
Writer 山元 翔一
ある人が永原真夏の音楽を"光"と、厳密に言うと"光るもの"と称したことをよく覚えている。たしかに永原の音楽には、ステージ上の彼女には、あまりの眩しさに直視することができない瞬間がある。その一瞬一瞬を軽やかに、刹那的に駆け抜けるがゆえに、我々にとって永原の音楽の本質を捉えることは容易ではない。一方で、その核となる部分は永原真夏がソロ・アーティストとして活動し始めたことで、より生身に近いシンプルなエモーションとして我々に向けられているようにも思う。彼女の音楽と表現の根本に向き合おうとすると、やはりそんなことを考えさせられる。――しかしまあ、こんな御託はもしかしたらどうでもいいのかもしれない。なんたって、永原の言葉を借りるなら、僕らは"もっともっと感覚でいい"はずなのだから。
2016年1月11日――David Bowieの訃報が日本中を駆け巡ったこの日、"永原真夏 PRESENTS あけおめ爆音新年会"と題された、永原がホストを務めたイベントがKENTO'S六本木で開催された。KENTO'Sは、小さな段になったステージを取り囲むように机やソファが配置され、バー・カウンターからもステージを観ることができる50'sライクなオールディーズ感のあるライヴハウス。Jerry Lee LewisやElvis Presleyといったロックンロールの先駆者たちが腕を鳴らしたキャバレーのような趣きのある会場だ。会場のセレクトから、主催の永原の今のモードが見てとれるこの日のオープニングは、永原真夏と工藤歩里(Pf/Key)によるユニット、音沙汰。工藤のピアノの音の間を縫って心趣くままに音楽と戯れる永原の姿によって、この日が最高の夜になる予感は確信に変わった。ふたりは、スウィング・ジャズから50'sロックンロール、ゴスペルやソウルまでも消化したスタイルでTHE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」のカバーを披露。その何者にも縛られないフリーキーさに初っ端からぶっ飛ばされてしまったのだが、"この曲、有名らしいで(笑)。いい曲だよね"と言ってのける永原のふてぶてしさには、パンクの概念をも軽々と超越しうる資質を見た思いだった。
この強烈なオープニングを経て、永原が"迎春ゲスト"として招いたワンダフルボーイズとアナログフィッシュのステージへ。先手のワンダフルボーイズは、関西人らしい陽性のグルーヴで日々のよろこびを抱きしめるように音楽を鳴らし、続くアナログフィッシュは、日本のインディー・ロックの最前線で戦い続ける矜持を示さんばかりにストイックなステージングを見せた。今を全力で楽しみながらも、音楽はただ単にハッピーで楽しいだけのものではないという苦味をどこか滲ませるワンダフルボーイズのSundayカミデ(Vo)。ニヒルな眼差しで世を諦観し、居場所を見定められないアウトサイダー特有の孤独を抱えるアナログフィッシュの下岡晃(Vo/Gt)。この両者がそれぞれの胸に宿す熱は、永原の音楽にもどこか通じるものがあると感じさせられた。
ゲスト2組の好演にも後押しされ、フロアの温度も徐々に高まる中、メイン・アクトの永原真夏+SUPER GOOD BANDが登場。"楽しんでいこうぜ、2016!"と挨拶もそこそこに、"「イェーイ!」って言ったら「イェーイ!」って返して!"と直感的にオーディエンスにコネクトする永原節全開のイントロダクションに続き、「平和」では"明日がどうなるかなんてわかんないぜ!"と持ち前のロックンロール・スピリットで言い放つ。"別れも愛のひとつ"だという普遍的なメッセージを孕むゴダイゴの名曲「銀河鉄道999」のカバーでは、ブラック・ミュージックの歴史に対するリスペクトを昇華したかのようなモダンな洗練性と、昭和歌謡的な猥雑なムードを紙一重のバランスで共存させる永原真夏の最新モードを提示。そして、嬉しいとか悲しいとか楽しいとか 、お腹が減ったとか眠たいとか......そういう言語化し得ない心の揺れ動きを音にした「唄おうカロリーメイツ」でひと区切りをつける。ここまで3曲。本当に濃い時間が流れていた。
軽くMCを挟むも、さらなる新曲「バイオロジー」を歌い、"生きていると、明日は何を食べて誰と会って、何をしてどんな仕事をしているかわからない。今日だって、David Bowieが死んじゃって――そんな嘘みたいなことも本当に起こりうる。でもたまに楽しい夜があるから生きていていいと思う"、"みんなが幸せであるように、困難だとしても祈っている。帰る場所なんていらない"と、永原は歌うようにひとりひとりに語りかけるように言葉を投げかけ始める。そうして気がつくと、その言葉たちはいつの間にか歌となり「ホームレス銀河」へと姿を変えていった。永原は、"たましいはホームレス"と歌うこの歌に、自身の魂と歌が人々にとっての"帰る場所"になれば、という祈りを込めているのだろう。しかし一方で、伝わらないアイ・ラブ・ユーを口にし、"とてもさみしい 抱きしめてほしい"と大きな孤独と哀しみを吐露することで覗かせる、永原の人間らしさには胸を打たれてしまう。改めて思うが、彼女の音楽にはあまりに多くの感情や思いが詰め込まれている。それゆえにMCでも、"本当にしゃべることはないんです"と笑顔でこぼすのだろう。
日比野慎也(Dr)が鼓動のようなビートを打ち鳴らし、それに合わせ藤原亮(Gt)がバッキングを刻むと、永原は新たな旅立ちの決意を込めた「青い空」を歌い始める。工藤とBambi(Ba)が丁寧に音を重ね、ブラス隊の小池隼人(Tb)とamagon(Tp)は高らかにその音を響かせ、バンドは一気にクライマックスに向けて走り出した。本編ラストは、バック・バンドの名前の由来にもなった「SUPER GOOD」。"身体はいつしかなくなって 問いかける感性になる"、"五感まで粉々に 六感までつらぬいていけ"、"わたしの五感は砕け散り いまキラキラと輝いている"――永原によって命を与えられた言葉がマシンガンのように身体を突き抜ける、感受性直行型のソウル・ミュージック。表現において一切の無駄を削ぎ落とし、人間の持って生まれた感覚に対してどこまでもピュアに向き合う、という現在の永原の音楽の核となる部分を体現しているこの楽曲を、7人は渾身の演奏で聴かせてくれた。
アンコールでは、"どこのニュース・サイトより早く(笑)、みなさんに1番早く伝えたい"と、この日の公演から新曲「リトルタイガー」をカセットテープでリリースすること、ソロ名義としては初となる全国流通盤『バイオロジー』をリリースすることを発表。そして、"YouTubeより早くみなさんに新曲を届ける"と告げ、その「リトルタイガー」を披露してくれた。会場限定EP『青い空』に収録された楽曲とは少し異なるメッセージを含んでいる、まっすぐで力強い楽曲であった。この日の最後は、"(さみしくなったら)歌を歌えばいい"、"(泣きたくなったら)ひとりで笑うよりも 誰かと泣けばいい"という完璧すぎるメッセージで、閉ざされた心のドアをノックする「応答しな!ハートブレイカー」。頭で考えずにもっと感情に従え! 心を軽くして踊れ!とブライトなサウンドに乗せて訴える必殺の1曲。日々のあれこれに囚われて、音楽が生み出す特別な感情や魔法のような瞬間を信じることにブレーキをかけてはいけないと、そのエモーションに気持ちよく打ちのめされてしまった。
アンコールでも告げられた通り、極東の島国に息づく、まだ小さいながらも偉大な魂の旅物語は新たな章の幕開けを迎えようとしている。永原が新曲「リトルタイガー」で歌う、"36℃のバイオリズムが駆け巡る"という一節と、1stミニ・アルバムのタイトル"バイオロジー"は、永原の音楽が"こころ"から"命"へ向かうことを示唆しているのであろうか。いずれにせよ、"永原真夏+SUPER GOOD BAND"ではなく、"永原真夏"として改めてスタートを切ることからも、彼女の音楽は一層純度を高めたものになることだろう。たしかにそんな予感がしている。永原の新たな旅の行方をしっかり見守っていたい。
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