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INTERVIEW

Japanese

umbrella

2026年01月号掲載

umbrella

Member:唯(Vo/Gt) 柊(Gt) 春(Ba) 将(Dr)

Interviewer:杉江 由紀

心を込めて仕上げられた、ハンドクラフト作品のようなあたたかみのある音楽がここには在る。大阪発の空間系オルタナティヴ・バンド umbrellaは、雨に打たれる人の心に傘を差し掛けるような癒やしと愛を音でもたらすことができるバンドと言えるだろう。音楽的にはそれこそオルタナ、ギター・ポップ、UKロック等にとどまらず、フォークや歌謡曲の要素までをも感じさせる多彩さを持っているところも興味深い。なお、3月には大阪と東京で無料ワンマン開催との吉報あり!

-Skream!でのインタビュー取材は初となるumbrellaですが、来たる3月13日にはOSAKA MUSEでの"umbrella 16th anniversary ONE MAN 【超アマヤドリ】"も控えておりまして、バンドとしてのキャリアはもう15年を超えて16周年を迎えようとしていらっしゃいます。まずは今さらではありますが、2010年3月にフロントマンである唯さんを中心に始動された当初のことを教えてください。そもそも、このバンドはどのようなヴィジョンを持ってスタートされたのでしょうか?

唯:きっかけとしては、自分が前やってたバンド(LOKI)が動かなくなったときに、やり残した音楽っていうのがまだいっぱいあったんですよね。だから、それを全て出し切ってから音楽人生をもうやめようかなと思ってた時期があったんですけど、そうやって楽曲を作ってるうちにライヴをしたくなったし、やっぱり自分は音楽を続けなあかんなと思い直して、そこからメンバー集めたのがumbrellaの始まりでした。

-ちなみに、公式資料には"大阪発の空間系オルタナティヴバンド"というコピーが掲げられておりますが、この言葉は結成当初からあったものだったのでしょうか?

春:そういうわけではなかったです。これはコロナ前くらいに出てきた言葉ですね。

唯:流れとしては事務所の人たちと話をしていたなかで偉いさんに命名された言葉なんですよ(笑)。けど、確かに自分がやってきた音楽はumbrella以前から全く変わってなくてオルタナっぽい雰囲気も強いし、エフェクトをいろいろ使った空間系の音もわりと出しているので、サウンドとしてはヴィジュアル系というよりもいわゆるロック・バンドに近い部分があると思うんですよね。だから、このコピーは結構気に入ってます。

-そう考えますと、umbrellaの場合"空間系"の部分を主に担っていらっしゃるのは、ギタリスト 柊さんということになりそうです。

柊:どうなんですかね? まぁ、そういうところもあるとは思うんですけど、それ以上にバンド全体とか楽曲も全て込みでの"空間系オルタナティヴ"なのかなという気はしてます。これはumbrellaっていうバンドの全体的な雰囲気を分かりやすく表した言葉ですね。

-そんなこのバンドには、"umbrella"という名前が付いております。これはどなたが?

唯:僕です。ちょっと暗い話にはなっちゃうんですが、前にやってたバンドがなくなったときに、僕からすると1回そこで目標としてたものが崩れてしまいましたからね。当時はほかにもいろいろなことが重なって、精神的にも"もうだめだ"ってなってたときに、めっちゃ雨が降ってるなかで傘も差さんと1人で歩いてると"自分の心に誰か傘を差してくれ......"みたいに気持ちになってしまったというか。その経験から、また改めて音楽をやるなら"人の心に傘を差せるような音楽でありたいな"と思って、それで素直に"umbrella"と付けたんです。

-ほろ苦くも素敵な逸話ですね。そのお話の通り、umbrellaは大別すればヴィジュアル系バンドになる反面、むやみに攻撃なことを歌ったり、いたずらに毒を吐いたりするような音楽とは無縁な印象です。umbrellaは温かく優しい歌を届けてくれる存在なだけに、ヴィジュアル系という範疇の中で言えばむしろ異端でもありますね。

唯:そう言っていただけるのはありがたいです。ヴィジュアル系っていろんな方向に尖ってるバンドさんが多いだけに、うちは結構柔らかい感じなんですかね。

-そこが大きな特徴の1つだと感じております。ということで、ここからは各メンバーの音楽的な背景やバックボーンについてもお話を伺ってまいりましょう。ベーシスト 春さんからまずはお願いします。

春:僕がベースを始めたのは、黒夢が好きやったからなんですよ。初めて黒夢の音楽に触れたのは1998年あたりで、当時はすでに今のお2人でしたから、楽器メンバーはベースの人時さんだけだったんですね。それでベースに興味を持つようになったので、未だに自分がちょっと歪ませた音でピック弾きをするスタイルを主軸に置いているのは、黒夢からの影響が大きいと思います。

-黒夢のほかにはどのような音楽を?

春:もちろんヴィジュアル系も好きで、cali≠gariとかMUCCとか聴いてましたね。あとは、ベースの勉強のために外国のアーティストとかも聴くんですけど、基本的には日本語の歌モノが好きなので、フォーク・ソングとかも好きだったりします。以前、友川カズキさんのライヴにも行ったことがありました。

-そういうことでしたか。美しく繊細なメロディと言葉を大事にした歌詞が同居しているという点で、フォーク・ソングとumbrellaの音楽には共通したところがあるのかもしれませんね。一方、ドラマー 将さんの音楽的背景とは?

将:僕はドラムを始めたのが、そもそも小5のときだったんですよ。

-かなり早いスタートだったのですね。学校でブラス・バンドに入られたのがきっかけ、というようなことだったのでしょうか?

将:違うんです。家のポストに入ってたドラム教室のチラシがきっかけでした。うちのおかんがピアノをやっとって、"あんたこれやってみいや"っていう感じで勧められたんですよ。最初はほんまに嫌々行ったんですけど、いざやってみたら面白かったんでそのまま続けることになったんです。

-ピアノであれば最初はたいていバイエルからのスタートですが、小学生がドラムを始めるとなると何から叩いていくことになったのでしょう。

将:僕はSANTANAから始めました。

-えっ!? 小5でSANTANAは渋すぎませんか??

将:小5で「哀愁のヨーロッパ(原題:Europa (Earth's Cry Heaven's Smile))」やってましたよ。その当時は曲の良さとか全然分かってなかったですけど(笑)。でも、ドラムを叩くこと自体は面白かったんで、そこから中学に上がって吹奏楽部に入ったんです。バンド系に興味を持ち出したのは、高校に入ってからでしたね。その頃はGREEN DAYとかSUM 41とかをよく聴いてました。

-メロコア系がお好きだったのですね。

将:そうなんです。でも、その後にはDREAM THEATERにハマったりとかもしてましたし、UKロックなんかも好きになって今に至ってます。

-柊さんの音楽的背景も教えてください。

柊:俺は中学生の頃に友達の家で見せられたSEX MACHINEGUNSのDVDを観て"ギターってカッコいいな!"と思ってギターを始めました。

-ANCHANG(SEX MACHINEGUNS/Vo/Gt)さんに影響を受けられたということでしょうか。

柊:というか、俺は当時PANTHER(ELLEGUNS/the CYCLE/ex-SEX MACHINEGUNS/Gt)さんがすごく好きだったんです。で、その後また別の友達との家でX JAPANのDVDを見せられて、そこからはヴィジュアル系がカッコいいなっていう感じで音楽にハマっていきました。

-ヴィジュアル系の中でもメタル寄りなものがお好きだったということですか?

柊:やっぱり、ヘヴィ・メタルとかハード・ロックのバンドってギター・ヒーローがいるじゃないですか。そこに対する興味とか憧れはあったんで、激しめの音楽を聴くことはどんどん増えていきましたね。

-柊さんのプレイからは、それこそUKロック系のニュアンスを感じることもあるのですけれど、そのあたりについて興味をお持ちになられたことは?

柊:それが、UKとかってあんまり意識したことがないんですよ。僕はほとんど通ってないです。ただ、空間系な音っていう部分に関しては残響record(※téのkono(河野章宏)が主催するインディーズ・レーベル)が好きだったっていうのが大きいかもしれないです。

-やっとそのお言葉で合点がいきました。

柊:そっち系のコンピレーション・アルバムとかをよく聴いてたんで、おそらくそのアーティストたちがUKに影響を受けてたっていうことなんでしょうね。間接的に影響を受けてる、っていうことになるのかな。

-メイン・コンポーザーである唯さんの音楽的背景についても、改めて伺わせてください。

唯:うちは親が演歌家系やったりするするし、子どもの頃はテレビっ子だったのもあって、自発的に音楽を聴き始める前から音楽番組で流れる歌謡曲とかヒット曲とかは自然と聴いてましたね。その後に好きになったメロコアとかイエモン(THE YELLOW MONKEY)とかもチャートによく載ってたりとか、音楽番組で見かけて憧れるようになって自分も音楽をやりたいっていうふうにはなったんですけど、僕自身は別にヴォーカルになるつもりはなかったんです。だから、最初は軽音楽部に入ってギターでもなんでもやってました。

-唯さんはいきなりマルチ・プレイヤー志向で音楽を始められたのですか?

唯:だって、バンドは各パートがおらんかったら成り立たないじゃないですか。僕としてはとにかくバンドがやりたかったんで、その時々で空いてるパートにいろいろ入ってたんですよ。"今日はドラムいないんや、じゃあドラムやります"、"今日はベースやります"、"じゃあ、今日はギターやります"っていう感じで。

-唯さんはとても器用でいらっしゃるのですね。

唯:とりあえずバンドとして成立させなあかんから、全部やれたほうが食いっぱぐれないっていうだけの話です(笑)。でも、ヴォーカルだけはやりたくなかったし、やらなかったんですよ。その後、音楽の専門学校にいたときも初めにやったのは女性ヴォーカルのバンドで、主にCoccoのコピーをしてました。方向性としてはオルタナ・サウンドで、当時はほかにもNIRVANAとかスマパン(THE SMASHING PUMPKINS)、マイブラ(MY BLOODY VALENTINE)あたりを意識した音楽をやってましたね。僕はそんなにギターの技術とか高くないかき鳴らしたり弾き倒すような音楽がすごく好きだったんです。でも、そのバンドは解散しちゃって。ちょうどその後くらいに、なぜか京都でヴィジュアル系のCD屋さんをやってた社長さんに声を掛けられて、そこからヴィジュアル系を始めることになったっていう経緯がありました。

-歌を始められたのもそのタイミングだったということですか?

唯:歌はumbrellaの前のLOKIからです。その当時も僕はギタリストとして、もともとヴォーカルを探してたんですけどね。誰かに歌ってもらうとなると、僕の曲に対して"キーが高い"とか、ヴィジュアル系だからなのか"ここにシャウトを入れたい"みたいなことを言われることがよくあって(苦笑)、要は納得できるヴォーカルが見つからなかったんですよ。それで、もうさっきの軽音楽部と一緒ですよね。ヴォーカルがおらんからって活動を止めるのはいややったんで、サポート・ギターを入れつつ"じゃあ、自分で歌いながらギター弾くわ"となったわけです。ある意味、umbrellaでもその延長線上で歌ってるんですよ。

-今やバンドのみならずソロでも歌われていることを思うと、唯さんがヴォーカリストになられるまでにそのような紆余曲折があったというのは少し意外です。

唯:僕は自分の声が好きじゃなかったんです。だけど、誰かに歌ってもらうとなると"こう表現してほしい"っていう自分の気持ちを押し付ける感じになってしまうし、僕からしても"そういう歌だと曲のイメージに合わん"っていうところがどうしても出てくるから、最終的にはやっぱり自分で歌うしかなかったんですよね。

-それに、umbrellaの楽器隊の皆さんは"歌うのは唯さんしかいない"と感じていらっしゃるはずですよ。

柊:それは間違いないですね。

春:umbrellaの曲は唯君しか歌えないようなものばっかりやと思います。