Japanese
伊根
2023年10月号掲載
Interviewer:生田 大起
ポスト・ロックやエレクトロ要素を巧みに昇華したオルタナティヴな音楽性でボカロ・シーンを起点に、Ado、King & Princeをはじめとする名立たるアーティストへの楽曲提供でも日々存在感を増す伊根が、2ndアルバム『High-Pressure AR』をリリースする。本作は、前作『Direct-View AR』(2022年リリースの1stアルバム)に引き続き、自身が執筆するWEB小説"DiVAR"と相互に接続し合いながら深化を続けてきた物語の完結編。本稿ではそんな最新作のことや、ここまでのアーティスト活動について語ってもらった。
ポスト・ロックやEDMを飲み込み、独自昇華した物語の完結編
AdoやKing & Princeなど国内人気アーティストに楽曲提供を行う傍らでWEB小説の執筆やMV制作、楽曲リリースなど自身でも多岐にわたって活躍するボカロP 伊根の2nd アルバム『High-Pressure AR』が明日2023年10月11日にリリース。ネット系音楽シーンといえば、アブストラクトな音使いや、ロック・バンドからの影響など、コラージュ的な音楽性を軸に発展してきたが、米津玄師、ずっと真夜中でいいのに。、キタニタツヤなど今やネット・カルチャーにとどまらない群雄割拠の昨今だ。伊根もまたそんなフィールドから産声を上げて以降、異端な魅力を発揮し続けるアーティストのひとり。本記事ではポスト・ロックやブロステップなどを吸収し昇華した彼の作品やアーティスト性についてひもといていきたい。
まずは2ndアルバム『High-Pressure AR』に焦点を当てていこう。本作は1stアルバム『Direct-View AR』(2022年リリース)に続く連作的な立ち位置の作品。そして前作から引き続き、自身のWEB小説"DiVAR"とも作用し合いながら完成した10曲入りのフル・アルバムだ。ジャンルを宛がって矮小化させることなどできない、伊根が描く世界観や創作テーマなどが凝縮された本作は、1曲目「レテナゲージ」で幕を開ける。エンジンがかかったように食ったビートのAメロ、かと思えば随所にタメが効いていて、疾走感を維持しながらもダンサブルな聴き触りで、理解する前にノれる1曲だ。加えて、文学的な歌詞、乾いたカッティング、うねるベースラインと、伊根の音楽性を示す名刺代わりとしては十二分だと言えよう。先行配信もされていた2曲目「トーテム」は、引き続きダンサブルな音楽性はそのままに、ブレイクビーツ的なリズム感が特徴的。ディスコグラフィ全体の中ではミニマルな楽曲だがバンド・サウンド的なダイナミズムもあって、この曲からも"らしさ"が感じられる。
続く「言語羊の夢」はアルペジオから静かに始まり、終始キャッチーで浮遊感のある楽曲だが、変拍子が多用されていて、作りの緻密さや、中毒性の高い遊び心で聴き応え抜群。4曲目「スーパーポッド」はアルバム全体からすると上ネタ的な打ち込みは比較的少なく、よりバンドっぽい音使いを感じるが、どこか退廃的な世界観やメロウな空気感は顕在。さらにサビでの大胆な緩急がフックになっていて、本アルバムの中でも際立つ1曲に仕上がった。カッティング・リフのイントロから疾走感があり、構成としてはストレートな「カナリ」では、途中グリッチ気味に歪むギター・フレーズや終始動き回るベースラインなど、きめ細やかな仕掛けの多さに、伊根の音楽性がひと筋縄でいかないことがよく表れている。
言語羊の夢 / IA(IA - Language Sheep)
プログレッシヴなフレージングについ耳を持っていかれている間に、畳み掛けるようなサビがやってきてハッとさせられる「メドレーライフ」。文学的な歌詞がいっそう強く流れ込んできて、本作にもう1歩深く踏み込めたような感覚になる。ストレートな構成で清涼感を持って展開していくが、シニカルな歌詞やどこか憂いを帯びたようなヴォーカル・ラインがクセになる「ケプラー」は、詞にも目を向ければ伊根のギミックがフレージングやビートなど作曲面だけにとどまらないことがよくわかる作品だろう。「シーク2」は3分未満ながら聴くたびに気づきがある多層的な楽曲で、音楽性以外にも自意識の実存を問う歌詞から、彼の創作全体における"らしさ"が感じ取れる。9曲目「余白」はギター・リフ中心の1曲。硬質な音使いと休符の多いダンサブルな楽曲が伊根の持ち味とも言えるが、「余白」ではオルタナ/ポスト・ロック的なフレージングがどこか寂寞とした雰囲気を醸し出しており、音作りの面でもサステインや緩いダイナミズムによるリッチな音像が取り分けバンドらしさを感じさせる。そしてラスト「スリープジョーク」は、本アルバム『High-Pressure AR』のみならず1stアルバム『Direct-View AR』、WEB小説"DiVAR"、収録曲のMVなど、相互作用し合い描かれてきた物語のエンディング・テーマ的立ち位置となる、ひと言で表現するなら伊根流ロック・バラードといった趣き。機械音声のミキシングやサウンドスケープなどがいい意味で打ち込みらしからぬ温かみを帯び、全体を締めるに相応しいドラマチックな楽曲だ。
ここまで収録内容に触れてきたが、フィジカルの仕様にもぜひ注目していただきたい。外装BOXは曲線のデザインに金箔を纏った特殊パッケージとなっており、開くとディスクの入ったスリーブ。加えて、WEB小説"DiVAR"最終章が収録された小説が同梱されており、表紙には和紙の質感を再現した紙を使用している。大半の音楽がサブスクで聴ける昨今、CDの道具的意味は大いに形骸化したと言えるかもしれない。しかし、触覚、視覚、聴覚――人のあらゆる感覚に訴えかける伊根の最新作はぜひ手に取ってみてほしい。なお次ページでは本人へのインタビューを通じて、彼の創作活動や背景について迫った。
伊根 2nd Album「High-Pressure AR」クロスフェード
▼リリース情報
伊根
2nd ALBUM
『High-Pressure AR』

外装BOX

CDジャケット
CNIN-0011/¥3,850(税込)
amazon
TOWER RECORDS
[Cloud Nine]
2023.10.11 ON SALE
・CD1枚組(全10曲収録、紙ジャケット仕様)
・歌詞ブックレット
・小説『Direct-View AR』最終話(WEBに先行して公開)
(脚本:伊根、最終ページイラスト:ORIHARA)
・特製BOX仕様
1. レテナケージ
2. トーテム
3. 言語羊の夢
4. スーパーポッド
5. カナリ(Album ver.)
6. メドレーライフ(Album ver.)
7. ケプラー(Album ver.)
8. シーク2(Album ver.)
9. 余白
10. スリープジョーク
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