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INTERVIEW

Japanese

熊川みゆ

熊川みゆ

インタビュアー:石角 友香

2001年生まれの日本のZ世代から、楽曲のサウンド・プロダクションも含めて音楽を作り出せるアーティストが誕生。すでに地元熊本でのライヴ活動や東京でのイベント・ライヴ、昨年の"FUJI ROCK FESTIVAL"出演など、経験を積み重ねてきた熊川みゆが1stアルバム『Phantasm』をリリースする。アコギの弾き語りとガレージ・バンドでのデモ制作をローティーンから始めていた世代であり、10年代の洋楽のヒット・ナンバーを自然に耳にしていたバックボーンも手伝って、いわゆる従来の女性シンガー・ソングライターの枠にはまらない音楽性が新しい。初登場の今回はプロフィール的な部分から話を訊いた。

-2月4日に19歳になったばかりなんですよね。

はい。無事に19歳になりました。何も変わってないですけど(笑)。18歳の1年間は上京して本格的にこっちで活動し始めたのもあり、怒濤の1年で。ほんとにあっという間でした。19歳はもっと毎日大事に音楽をやっていきたいなと思います。

-熊川さんは小さい頃、民謡を歌ってらしたんですね。

きっかけは、祖父が演歌が大好きで、私に"歌わないか?"と民謡を勧めてくれて。最初はそんなに興味はなかったんですけど、ステージの上で誰かの前で歌うことに魅力を感じたんです。そこから音楽でやっていくことを目指し始めたというか。最初に音楽に興味を持ったのきっかけがそれでした。

-歌うことが気持ちいいと思ったのは大きいですか?

そうですね。民謡の大会はホールの大きいステージで行われるんですけど、結構、民謡って短いんです。その瞬間にすべてを込めるっていうのはスポーツっぽいところもあるのかなと思ったりもして。スポーツは全然できないんですけど(笑)。

-ポップスとの出会いはなんでした?

歌ってて気持ちいい曲が好きだったんですけど、小6でギターを初めて、ギターを持っているシンガー・ソングライターに魅力を感じて聴き始めたんです。そこから曲も作り始めて......って感じですね。

-その頃、憧れたり聴いたりしていたシンガー・ソングライターは?

その頃はTaylor SwiftとEd Sheeran、Avril Lavigneを聴いていました。

-洋楽を聴き始めた頃はまだCD?

もうApple Musicはありました。でもYouTubeで聴くことが多かったですね。

-歌詞の意味を知りたいときはどうしてました?

最初は調べずに聴いたまんま、"この曲好きだな"とか判断してたんですけど、中3とか高1ぐらいから、ちゃんと歌詞を調べ始めて。英語の歌詞って直接的に書いてるのもあれば、Taylorとかは比喩がすごくて、"うわー、英語の歌詞って面白いな"と感じたんですよ。そういう感じで聴いてました。

-熊川さんの歌は、この言葉数を乗せてるのがすごいなと思ったんですけど、洋楽の影響なんですかね?

英語の発音が好きで。自分でメロディつけるときも最初は結構、でたらめのなんちゃって英語みたいなので歌って、英語の歌詞を入れたり日本語を入れたりして作るので、言葉数が変なところもあるかもしれないです(笑)。

-そして曲も作り始めたと。

はい。スマホのアプリ、GarageBandでですね。

-最初、アプリを開いても何がなんなのかわからなくなかったですか?

電気屋さんに遊びに行ったときに、お試しでアプリが開いていて、"何これ? 面白そう"と思ってやってみたのが最初で。それでこれをやりたいと思って、最初は小さいiPodでやってたんですけど、鍵盤とかも小さすぎたのでiPadを買ってもらって。それでどんどん、ゲーム感覚みたいな感じで作ってました。

-まず何から作ってました? ビートとか?

そうですね。最初、ビートから乗せて、それに合わせてギターを弾いたりして、音を入れていく感じですね。

-アレンジも込みで考えることを最初からやってたんですね。

歌詞のイメージで、この曲はこういう音を入れたいとか、最初からイメージはあるかもしれないです。それも含めて自分で全部できるのはすごく楽しいですね。

-ギターは、最初は誰かのコピーをしました?

最初は簡単な曲から始めました。そこからTaylorとかEd Sheeran、Avril Lavigneから、1990年代のシンガーのMEJAとかNATALIE IMBRUGLIAとか、Sheryl Crowとか弾いてました。

-いろいろ聴き始めると自分で歌いたい曲が出てきましたか?

そうですね。弾き語りができるようになると、ギターって自分の身体の一部のようで、ギターと一緒に歌う感じで仲間が増えたみたいで(笑)。ギターでの弾き語りってすごい魅力的だなと思います。

-ライヴは中学生になってから始めた?

そうですね。市内のライヴハウスに出たり、イベントに呼んでもらったり。オリジナルとかも披露するようになったのは中学3年生ぐらいからですね。

-2018年にはもうオリジナル楽曲の配信が始まりましたね。

最初に配信したのは「あの日夢を」という曲で。配信リリースが決まったときはほんとに嬉しいの一言しかなかったですね(笑)。いろんな人に聴いてもらえるし、いつもはGarageBandで自分だけで曲を作るんですけど、そのときはアレンジャーさんにも頼んで、より深い感じにしてもらったんです。完成した音源を聴いたときに、地元の八代の車の中で聴いたんですけど、"クワ~! こうなるんかぁ!"って感動してしまって。

-それは熊川さんが思っていたことがちゃんと音源になっていたから?

そうです。アレンジとかミックスとかをしてくださる方に頼るというか、みんなで作り上げるっていうのが、すごいことだなと思いました。

-理想の音像みたいなものはあったんですか?

やっぱり歌詞とメロディがすごくマッチした曲が好きで。いつも、こういう歌詞だから主人公はこういう性格で、とかをイメージしてメロディにするんですけど、そこで明るい歌詞で、おしゃれすぎるメロディ? それも面白いんですけど、そこで情景と主人公のイメージとメロディが合う曲が理想ですかね。

-今回の作品もシンプルで完パケの音の良さが印象的で。熊川さんが自然に息をするように歌っていることがストレートに伝わるなと思いました。

『Phantasm』は上京する前に熊本で作った曲を集めたアルバムなので、やっぱり今までずっと地元で生まれて生活してきたっていうところで、"息をするように歌う"というのは自分の感情であるからだと思います。

-1曲目の「sixteen」はタイトル通り16歳のときに作ったんですか?

はい。16歳のときの自分の感情をそのまま赤裸々に綴った曲ですね。

-この曲自体は素直なアレンジだと思うんですが、やはり言葉がすごく多く乗ってるなと思って。

16歳のとき、自分の将来への不安とか、このままでいいのか? みたいなこととか、自分の不器用さとか、人との関わりの難しさを感じた時期があって。そういう悩みとかも大人になればなくなるのかな? もっと客観的に見れるようになるのかなと思ってたんですけど、ある時、自分の考え方とか性格は、大人になっても変わるもんじゃないのかなと思ったんです。大人なんて誰もいなくて、みんな悩んだりするし、と思って。この曲は、曲調的にはカントリーをイメージしてるんですけど、中身的にはそういうことを曲にしたいという思いで作りました。

-じゃあ、作った16歳の頃より、むしろ今、腑に落ちたりしています?

18歳のときにレコーディングしたんですけど、"そうだな"と思うこともあれば、ちょっとこの歌詞を変えたいなと思ったところもありました。けど、16歳で作った歌詞を大事にしたいなと思って、歌詞を変えずにそのまま18歳の声でレコーディングしましたね。

-でも何か原点に戻れるものがあるといいですよ。

そうですね。最初に「あの日夢を」を解禁したときもすっごく嬉しかったですけど、そういうのってどんどん回数重ねていくと薄れていくのかな? と思うと、最初の気持ちは大事にしたいですね。