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INTERVIEW

Japanese

Ryo Hamamoto × 神谷洵平(赤い靴)

2016年08月号掲載

Ryo Hamamoto × 神谷洵平(赤い靴)

Ryo Hamamoto(浜本 亮)
神谷 洵平(赤い靴)
インタビュアー:石角 友香 Photo by 川村 隼也

-(笑)驚かれませんでした?

浜本:いやもう、すごく感謝してくれたんじゃないかと思うんだけど(笑)。そのおかげでいい曲が書けたし、今作の録音のいいきっかけになったので。映画もいい映画だと思うし。

神谷:今回、その曲はアルバムに再録してるんですけど、すごく好きな曲なんですよね。演奏も良くできてる気がして。

-びっくりするほど音楽でしかないという感じがするんです。だって音楽で何をどうしようという目的ってあります?

浜本:目的ですか?......極端なことを言ってしまえば、いい音楽をやる以外の目的がよくわからないんですよね。でもそれだけだと回っていかない部分があるんで、もちろんそれ以外のことも考えるんですけど。ただ、何をするにしても僕が思ういい音楽であったり、いい歌唱であったりしていて、そうでなかったら何をやっても意味がないって思ってしまうので。まぁ、評価されたり売れたりすることはもちろん望んでますけどね。"有名になりたい"とか、なくはないですけど(笑)、それも全部自分がいい曲を書けるようになるためとか、いい歌を歌えるようになるためとか。そういうふうに思うようにしてます。

-浜本さんの純粋な部分を形にするとき、神谷さんの存在が必要なんだろうなと。

神谷:僕も浜本君みたいな人はもっと知られるべきだと思っていて。知られて、それこそ世代を超えて人間としての存在が認知されてほしいと思うんです。僕はある意味、いろんなアーティストのサポートをすることで野に放たれてるというか、いろんな人に会う機会があるので。そういう意味でも、翻訳していきたいなというか。何かできないかな? といつも思ってます。

-ベタなことを聞くんですが、浜本さんが今、ミュージシャンとしてやっていくうえで筋を通してくれたアーティストっているんですか?

浜本:筋を通してくれたアーティストですか? いっつもここらへん(頭の上の方を指して)にいるのはやっぱりBob Dylanです。それからRichard Thompsonであったり、Tom Pettyとかもいるのかな。あと、Cyndi LauperとかFAIRGROUND ATTRACTIONのEddi Readerとか、LED ZEPPELINとか洋楽が多いんですけど、日本の人だと井上陽水さんやASKAさん(CHAGE and ASKA)ですね。言葉の使い方とかの基準という意味ではBob Dylanになりますね。僕は日本語でやることに意義があると思ってるんです。でも、他の日本の人が歌ってる方法で、僕にピッタリくる方法をあんまり聞いたことがなくて。英語の曲を聴いてるときにズバッて入ってくる歌のスピードってすごく速いんですよ。それはBob Dylanに限らずいろんなアーティストの名曲にそういうのが多くて。それには"とんち"が利いてたりとか、シリアスなんだけど軽いとか、そういう矛盾したものが同時に入ってくるような感覚が味わえるものがいい曲だと思っています。なので、自分が歌うときは"どうやったら日本語でそれができるかな?"ってことばかり考えています。ちょっと研究に近いんですけど、それをやるときにいつもここらへん(頭の上の方)にいるのはBob Dylanと井上陽水さんかな。いわゆる名シンガー・ソングライターへの憧れはあるので、いつも歌い方とかを考えてます。小説家が小説について考えるのと同じようなことですね。だから僕はずっと研究して勉強してるというか、生徒のような感覚でやっていると思います。

-東京に住んで、ミュージシャンをやってると、削がれてしまいそうな感性だと思うんですが。

神谷:僕が言うのもあれですけど、ほんとに貴重なんです。浜本君はもともとアメリカにいて、そのあといろいろ移動してるんですけど、そういう環境が作り上げていったものとか。その時点で浜本君自身はどこにも属していなくて、どんどん磨かれていって。

-浜本さん自身、"こうならなければいけない"みたいなものって、昔はあったんですか?

浜本:ありましたね。あんまりいい言葉じゃないかもしれないけど、音楽を続けていくために、"どうやったら売れるのか"とか。音楽を続けていきたい気持ちはもちろんあって、でもいろんな人が関わってくれるようになると、"売れなきゃいけないな"という考えが芽生えて。そしたら"こうしなきゃ売れないよ"って言葉が耳に入ってきたりして。その中で、自分を律してやることを考えてた時期は実際にありますし。でも、それをやってたら別に僕がやらなくてもいいような、そういう音楽になっちゃう気がしてきたので、それなら僕がやるからこそ意味があるものをできるだけ長く続けようという考えに変わっていったと思います。変わったと言っても明確に変わったわけじゃなくて、そうなってきた。そういう意識になっていったら、もちろん自由になるので、今度はいろんな人と演奏する機会がどんどん増えていって。mooolsもそうですし、誰かとセッションする機会があったり。僕はほんとにどこにも属せないのかもわかんないですけど、その代わりにいろんなところで、何かしら人と繋がれるようになりましたね。