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INTERVIEW

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くじら

 

くじら

Interviewer:石角 友香

yamaの「春を告げる」やAdoをフィーチャリングした「金木犀」の爆発的な拡散で、"ボカロP feat. 歌い手"カルチャーを代表するクリエイターとなったくじら。トラックメイキングだけでなく、不安定なメンタルや大人になることに対する懐疑を含んだリリシストとしてのリアリティは、突出したものだと言えるだろう。それまで裏方に徹していたくじらが2022年4月に姿を現し、ソロ・アーティストとして本格始動。そしてこのたび、アルバム・タイトルの心境に辿り着くまでのプロセスをリアルな13曲に落とし込んでいる。他者の評価でなく、本心から生活を愛せるようになるまでの真摯なドキュメントのサブテキストとして、このインタビューが機能すれば幸いだ。

-くじらさんがご自身で歌うアルバムを作ることの大きな理由はなんだったんですか?

音楽をやっていくなかで、ずっと歌いたい気持ちはあったのですが、歌うチャンスが「悪者」という曲ぐらいから出てきはじめて、じゃあ作ってみようかなってなりました。

-「悪者」をご自身の歌唱曲としてリリースするときの気持ちっていうのはいかがでしたか?

緊張しすぎて3日前ぐらいからお腹痛かったです(笑)。

-より自分の言葉だからですか?

そうですね。今は歌ってて違和感はないなぁというか、歌っている言葉に対して"自分もそう思うよ"って思います。

-じゃあやっぱり緊張したのは自分で歌うっていうことですか?

そもそもその「悪者」を思いついてからリリースまでが長かったり、歌の練習期間とかもあったりして、シンプルにその期間が長かったぶん緊張したのかなと思います。

-今回の『生活を愛せるようになるまで』というアルバムに帰結することは、くじらさんが自分で歌おうとした理由と切り離せないものなのかなと思うんですが。

そうですね。前のアルバム(2020年リリースの『寝れない夜にカーテンをあけて』)から少しずつ新しい価値観が出てきて、最終的にこの1年ぐらいで言いたかったことはこんなことなんだろうなぁっていうのが、アルバム・タイトル曲としてできて。自分で歌っていったのは繋がっていると思いますね。

-ご自身の歌唱でソロ・アーティストとして本格的にスタートしたのが「悪者」だった理由ってありますか?

あとから見たらそんなタイミングだったんだろうなって思うんですけど、相沢という歌い手がいまして、そいつと仲が良くて、普通に友達としてしゃべっているなかで"そういえば私は歌を歌えるし、くじらは曲が書けるから、音楽をやったほうがいいんじゃないか"って話をちょこちょこしてて。あるときじゃあ本当にやろうかみたいな話を会ってご飯食べてるときにしたんです。で、帰って、話してた感じとか声の感じが一番脳に入っている時間に、そのまま起こして「悪者」という曲ができて。この曲だったら例えば、夏に出す曲だからみんなにちょっとワクワクしてほしい気持ちがあり、そのドキドキみたいなのを表現する手法やギミックの驚きも与えたいって思ったので、MVをふたつ作って視点を変えたら話が違うよっていう話にできるなぁと考えたんですね。そしたら男女の話なので男性ヴォーカルがいるなと思ったときに、自分もこれを歌いたいからやってみようかなとなって、歌えました。

-なるほど。くじらさんがいろんな方に提供していらっしゃる楽曲のイメージからすると、この「悪者」の参加メンバーは意外ではあったんです。

うんうん。そうですね。

-関口シンゴ(Ovall/Ba/Key)さんとかYasei Collectiveの中西(道彦/Ba/Syn)さんという人選は、くじらさんご自身のものなんですか?

はい。まず関口さんにお願いして、その先は関口さんに組んでいただいたチームになっているんですけど。僕が関口さんの曲も、関口さんがアレンジされている曲も大好きで。ちょうどこれを書くちょっと前に、アイナ・ジ・エンドさんの「死にたい夜にかぎって」という曲が、ドラマを観てたらエンディングで流れてきて。"絶対これ(のサウンド・プロデューサー)関口さんでしょう"と思って調べたら本当にそうだったんです。それぐらい関口さんの楽曲のイメージがあって、それが「悪者」にぴったりだなと思ったので関口さんにお願いしようと。

-リアリティのある歌詞で瞬間の気持ちを切り取ったものなんだけど、トラックは全体的にわりとリラックスしてるという、そのバランスが特徴的だと思いました。

ありがとうございます。

-それはご自身の資質ですか?

自分がそういう曲調が好きだったり、こういう歌詞やこういう言葉を聴きたいときってどんな曲を聴きたいだろう? どんなシチュエーションだろう? と思うと、自然にそうなったりします。

-リスナーとしてもアーティストとしても、くじらさんの音楽的なリファレンスや影響を受けたものがすごく気になります。

たぶん一番くじらっぽいとされている部分はカワイイ・フューチャー・ベースというジャンル、Snail's Houseさんとか、ローファイ・ヒップホップの文脈で。そのふたつの一番強い味つけの部分。カワイイ・フューチャー・ベースは音で、ローファイ・ヒップホップはビート感だと思っていて、これを交ぜてJ-POPの文脈に落とし込んだらどうなるんだろう? っていうのがくじらの始まりで。それをしていくうちに少しずつ編曲技術が上がっていって、"あ、この曲のこういうとこ"とか、"この曲のここでこんな音が鳴ってるから今好きって思ったんだ"とかを少しずつ取り入れてって、自分が作った曲が好きな状態になって、製品としてリリースできる感じになっていったのかなと思います。

-そういうロジカルな部分がありながら、このアルバムは、きっとこの時期のくじらさんにしか作れないドキュメントだなと非常に思いました。トラックを作る冷静な自分と歌詞を書く自分っていうのは違いますか?

もう全然違いますね。歌詞を書いてるときは"歌詞を書いてるモードだ"と思うし、逆に歌詞が書けないとか、元気だけど編曲する自信はあるみたいなときはビートとかを先に組んでおいて、あとはもう歌詞書くときの自分に任せて。たぶん自分の中で全然違う人がやってますね。

-ずっと歌詞を書いているときの自分の状態が続いたら、形になるんだろうか? と思ったりしませんか?

(笑)そうですね。歌詞を書けるときにいっぱい書いておきます。いつ歌詞が書けなくなって編曲をいっぱいしたくなるかとか、いっぱい仕事が来るタイミングとかはわかんないので。一応両方のタームで全力は尽くすようにしているんですが(笑)。

-あとは自分で歌ったほうがいいと感じるかとか、自分の歌い方や声が合う内容かみたいなこともあると思うんですよ。

うんうん。

-複雑な譜割りとかスピード感ももちろんお持ちなんですけど、基本的に素直な声質と歌唱法ですね。

ヴォーカリストとしてはそうですね。ただこのアルバムを通して少しずつ自分の癖や、歌唱的な技術みたいなものに気づきました。歌の練習をしたりレコーディングがいっぱい終わってから聴いたりすると、全然違ったものに聴こえるっていうのがあったので。いろいろ発見しながらやっていくんだなと思いました。自分のヴォーカルについては。

-自分で作ったけど、"歌えるようになった"と思った曲ってありますか?

「呼吸」と「生活を愛せるようになるまで」ですかね。「呼吸」は若干譜割りが難しいところはあるんですけど、サビとかは口から音がバーッて出るのが気持ちいいメロディになってると思うので、楽曲の持っている力強さを出せて良かったなと。あと、「生活を愛せるようになるまで」は言葉もメロディも楽曲もすごく強いものになったので、緊張しましたね。これに見合う歌唱力が自分にあるのかどうかはすごく悩んだんですけど、自分の言葉で、自分で歌おうと思って。

-たしかに"生活を愛せるようになるまで"って歌詞とか、この曲ができたからきっとアルバムになったんだろうなと思うんです。

はい。

-それまでのトーンとだいぶ違うじゃないですか。

違います、はい。

-「抱きしめたいほど美しい日々に」にもちょっと片鱗がありますけど、「生活を愛せるようになるまで」は、日々のスケッチというテンションからガラッと変わりますもんね。でも、できたからには歌おうと?

そうですね。自分が歌うからこそ意味があるものになるんだろうなと思って、それはもう練習して歌いました。

-明らかにここですごくポップスになるんですよね。

うんうん。

-ひとつの結論を見る感じはします。パッと聴くと聴きやすいモダンな音楽の中に、拭いがたい疲労感が漂っていて、ハードコアな音楽だと思ったんですけど(笑)。

(笑)

-これはどうしてなんですかね?

言いたいことはあったり、歌詞を一番大事にしてたりするのは、自分の強みでもあるなと思うんですけど、楽曲自体は音楽として楽しんでほしい。例えばあんまり歌詞を聴かない人もいるし、雰囲気としての音楽という役割もあると思うので、なるべくすんなり聴けるふうにはしたいんですけど、こんだけクオリティの高い楽曲が普通に聴かれているなかでは、すんなり聴けるってすごく難易度が高いことだと思うんです。そこを目指しつつ、メロディと言葉も自分の好きなものを汲みつつという感じですね。楽曲自体やコード進行でオリジナリティを出そうとかはあんまりないです。

-なるほど。中盤の「エンドロール」とか「薄青とキッチン」には孤独感がすごく出てる気がして。そこまで歌うの? っていう。

そうですね。そう思ったからにはというか。「エンドロール」とか「薄青とキッチン」はよりひとりの瞬間に書いた曲ではあるかな。

-くじらさんの楽曲は夜から夜明けって感じの曲が多いなと思って。

はい、そうですね。

-書いてる時間がそうなんですか?

夕方、夜、夜明けが多いかもですね。

-なぜなんでしょう。

たぶん一番物語が浮かびやすい時間帯でもあるし、一番ひとりでいる、ひとりでいたらいっそう孤独感が増す時間帯でもあると思うので。より自分に向き合うとか、モチーフとしてそういうシーンを借りてるときもあるんじゃないかなと。最近も歌詞を書いててそういう言葉が出てくることは多いので、自分的にしっくりくるとは思います。

-だから聴きやすいんですけど、心理的にはくるというか(笑)。

そう、みなさんがそうやって感じてくれたら個人的には嬉しいというか。全然そうじゃなくてももちろんいいんですけど、"聴きやすいけど歌詞すごいことやってるよね"って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。

-「悪者」や、他にも配信リリースされてる曲はありますけど、楽曲の中でこのアルバムが説得力を持つのにより貢献したなと思う曲はありますか?

アルバムのタイトル曲以外であれば「水星」、「呼吸」と「抱きしめたいほど美しい日々に」かなと思います。全体的にたぶんすごくいい役割をしてくれると思うんですけど、「抱きしめたいほど美しい日々に」は、もともとこれをアルバム・タイトル曲にしようと思ってたので、超いいNo.2みたいな感じです。

-たしかにこのアルバムに至るきっかけっていうか。

それこそさっきおっしゃっていただいた、「生活を愛せるようになるまで」の感じがちょっとこれはあるかもしれないですね、おっしゃったときにすごくドキッとしました。バレてると思って(笑)。