Overseas
ST.VINCENT
2024年12月号掲載
Writer : 山本 真由
2025年初頭、洋楽ファン注目の"rockin'on sonic"出演、日本では唯一の新作タイミングでのステージ
ST. VINCENTが7作目となるオリジナル・アルバム『All Born Screaming』を携えて、2022年の"SUMMER SONIC"以来、約2年半ぶりに来日する。今回はロッキング・オンとクリエイティブマンが新たな洋楽フェスとして立ち上げ話題の"rockin'on sonic"への出演となり、ロック・ファンにとって2025年早々、大きなトピックとなり得る貴重なステージだ。キャリア初のセルフプロデュース作品でもあるニュー・アルバムはすでに第67回グラミー賞において、"ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・アルバム"をはじめ、収録曲の「Broken Man」が"ベスト・ロック・ソング"と"ベスト・ロック・パフォーマンス"、「Flea」が"ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・パフォーマンス"の4部門にノミネートされており、前作『Daddy's Home』(2021年リリースの6thアルバム)に続き、受賞が注目されている。
St. Vincent - Digital Witness
さて、ここで少し若いリスナーのためにこの孤高のアーティストのプロフィールを振り返ると、ST. VINCENTことAnnie Clarkは1982年にアメリカ オクラホマで生まれ、テキサス州ダラスで育ち、12歳でギターを始める。彼女の叔父と叔母のバンドはジャズ・デュオのTUCK & PATTIで、Annieはティーンの頃、彼等のツアー・マネージャーを務め、早い時期からショー・ビジネスに触れてきた。その後、バークリー音楽大学に入学したが、3年で中退。大所帯のシンフォニー・ロック・グループであるTHE POLYPHONIC SPREEに在籍、インディー・フォーク/ロック・アーティストのSufjan Stevensのツアー・メンバーに参加する等、オリジナルの音楽性を育み、ST. VINCENTとして2007年に名門 Beggars Banquet Recordsから、1stアルバム『Marry Me』でデビューした。
インディー・ポップに止まらないエクスペリメンタルでアートの要素の強い音楽性、シンガー・ソングライター&ギタリストである上に、マルチインストゥルメンタリストでもあるプレイヤービリティも融合され、一躍注目のアーティストとなった彼女は、GRIZZLY BEAR、ARCADE FIRE等のライヴのサポート・アクトに抜擢されるようになった。2014年のグラミー賞ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・アルバム受賞作であるセルフタイトルの『St. Vincent』のリリース・タイミングでは"FUJI ROCK FESTIVAL '14"でラッキーにもステージを観ることができたのだが、アルバムのアートワーク同様玉座が置かれ、バンド・メンバーはドラムとモーグ・シンセサイザーのみ。黒ずくめでハイヒールのAnnieはロボットのようなアクションや、アヴァンギャルド且つスキルフルなギターを披露するという、アーティスティックなステージを見せた。
St. Vincent - Digital Witness
その後もアルバムごとに異なるペルソナを介して作品を世界に提示してきた彼女。2017年の『Masseduction』は珍しく一人称の自分の表現だったようだが、テーマはパワー、セックス、危険な関係、そして死。本作で現在のポップ・シーンを代表するプロデューサー Jack Antonoff(Taylor Swift、LORDE、LANA DEL REY、THE 1975等)とタッグを組み、次作の『Daddy's Home』でもこのコラボレーションは続いた。
St. Vincent - Masseduction
ちなみに『Daddy's Home』の核をなすのは、彼女が幼少期に父親がよく聴いていた70年代のサイケデリック・ロックやDavid Bowie等。毎回、ハイコンテキストでありつつ自己の内面にテーマを求めてきたAnnieの新作のタイトルが、"All Born Screaming=みんな叫んで生まれてくる"という根源的なものであり、初のセルフプロデュース作品であることは興味深い。
St. Vincent - Daddy's Home (Official Video)
『All Born Screaming』はマルチインストゥルメンタリストであるAnnieを軸に、長年レコーディングに参加してきたベースのJustin Meldal-Johnsen(BECKやNINE INCH NAILSでも活躍)、自身もグラミー・ノミネート・アーティストであるシンガー・ソングライターのRachel Eckroth、FOO FIGHTERSの新しいドラマー、Josh Freese、他にもドラムには言わずと知れたDave Grohl(FOO FIGHTERS/ex-NIRVANA)、ベースの他に様々なプロダクションでCate Le Bonが参加している。Cateはイギリス ウェールズのシンガー・ソングライターで、WILCOの近作『Cousin』のプロデュースでも手腕を発揮している。ちなみにDaveとは、2014年"ロックの殿堂"で、NIRVANAの「Lithium」をNIRVANAのメンバーと演奏して以来の"バディ"なのだとAnnieは発言している。
アルバムはどこかPORTISHEADのダークネスを思わせる「Hell Is Near」で幕を開ける。でも、部屋を出て生きている証を探し始めるこの曲に感じる一縷の光はまさに始まりに相応しい。続く、静謐なアコースティック・ベースとピアノのセクションから、破壊的なSEとともに感情の凄まじい揺れを感じる「Reckless」。"見知らぬ人が前に現れたら/手足を引きちぎって食べるか恋に落ちるわ(stranger come in my path I'll eat you up tear you limb from limb or i'll fall in love)"となかなか激しい。そしてDave Grohlが参加しているリード・トラック「Broken Man」では、インダストリアルなサウンドのビートと、ノイズ・ギターに替わる妙に弾性のある攻撃的なギターが心身を直撃する。対決することでしか確認できない愛をリリックとともに表現しているようだ。さらにDaveのドラミングが堪能できる少しサイケデリックなムードのある「Flea」。"Daveは偉大なソングライターであるがゆえに、史上最強のドラマーの1人なのです"という言葉を証明する、曲に心臓を与えるプレイが際立っている。
St. Vincent - Flea (Lyric Video)
「Big Time Nothing」はモジュラー・シンセの音像の面白さ、少し前作までのファンクネスも感じる1曲。タイトルが意味する"一流のつまらない人"は自己嫌悪なのか他者に対する冷笑なのか、いずれにしても彼女らしい諧謔を感じる。
後半の軸である「Violent Times」は、ホーン・リフがメランコリックになりそうなメロディに鋭く切り込む。歌詞にある"ポンペイの灰の中で発見された恋人たちは永遠に抱き合っていた(when in the ashes of pompeii lovers discovered in an embrace for all eternity)"はAnnieがこのアルバムで生と死、そして愛を掘り下げた際のロマンチックな象徴なのだろう。続く停電を意味する「The Power's Out」は、とてつもなく憂鬱な映画を観ているようだ。ミニマムな音像とゆっくり流れていく不安定な音がそう思わせるのかもしれない。また控えめなアフロビートとシンセ・ベース、SF的なSEが"現代の自然"を表象するような「Sweetest Fruit」で、思うまま生きることを肯定し始め、「So Many Planets」では、レゲエ調のリズムに乗せ、生きていくなかで自分にしっくりくる惑星を探さなければいけないと歌う。そしてアルバムのタイトル・チューン「All Born Screaming」は、序盤の陰鬱さが遥か昔に感じられるティピカルな躍動がある。ここで大活躍しているのがCate Le Bonの印象的なベースライン。様々な時空を通り過ぎていくようなインスト部分も、しっかり手を繋いでいてくれるように並走している。まさに映画を観ているような長尺のこの曲の中で、繰り返される"みんな叫んで生まれてくる"というコーラスは、私たちそれぞれを肯定してくれるようであり、ちょっと開き直れる。もしこのリフレインがライヴの大団円を飾るとしたら、これまでの彼女とは違うラストになるかもしれない。
なお、Annieは、『All Born Screaming』を全編スペイン語で再録音した新バージョン『Todos Nacen Gritando』もリリースした。これはメキシコ、南米、2023年の"Primavera Sound Barcelona"での観客との情熱的な交歓がもとになっている。意欲だけでは不可能なこうしたアプローチ。と、同時に今の世界をAnnieがどう見ているのかも気になるところだ。
▼リリース情報
ST.VINCENT
NEW ALBUM
『All Born Screaming』
UICB-1031/¥3,300(税込)
[Virgin Music]
日本盤:2024.12.25 ON SALE
輸入盤/デジタル配信:NOW ON SALE
1. Hell Is Near
2. Reckless
3. Broken Man
4. Flea
5. Big Time Nothing
6. Violent Times
7. The Power's Out
8. Sweetest Fruit
9. So Many Planets
10. All Born Screaming (Featuring Cate Le Bon)
11. Flea (Live From East West Studios) ※日本盤ボーナス・トラック
12. Big Time Nothing (Live From East West Studios) ※日本盤ボーナス・トラック
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