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空白ごっこ

2020年11月号掲載

空白ごっこ

Writer 秦 理絵

世の中は便利になるのに、なぜ心は満たされないままなのか、明日の朝、目覚めることへの不安は消えないのか、自分が嫌いなのか、息苦しいのか。空白ごっこの音楽には、そんな言いようのない焦燥感が根底にあった。「なつ」という曲に、こんなフレーズがある。"安寧は手を伸ばせば近くて それも届かなくて 触れなくて"。すぐ隣にあるはずの幸せを求めてすがるように紡がれるセツコの切実な声も相まって、その歌は深く心を揺さぶった。

空白ごっこが初めて動画共有サイトにミュージック・ビデオを公開したのは昨年末だった。前述した「なつ」を皮切りに、年を明けて、1月に「リルビィ」、3月に「雨」、4月に「だぶんにんげん」と立て続けに公開。7月には、それらに新曲を加えて、ダウンロード&サブスク先行で1st EP『A little bit』をリリースした。さらに、8月には『A little bit』の収録曲から「ピカロ」のミュージック・ビデオも公開され、10月21日にCD版の『A little bit』がリリースされた。すでに公開されているミュージック・ビデオは累計で240万再生を突破(2020年10月31日現在)。話題性が十分に浸透したタイミングでフィジカル盤のリリースという手法は、現代の音楽シーンの指向性にもマッチしている。

果たして、空白ごっことは誰なのか。主に作詞作曲を手掛けるのは、koyori(電ポルP)と針原翼(はりーP)という、ボカロ・シーンで数々の人気曲を手掛けるふたり。すでにクオリティの高さには定評があり、幅広いジャンルの世界観を構築するマルチな作曲家陣が生み出す楽曲を自在に乗りこなすのが、女性ヴォーカル、セツコだ。例えば、「リルビィ」で聴かせるクールなヴォーカリゼーション、「雨」の切羽詰まったギリギリの感情を巧みな息遣いで体現した表現力を聴くだけでも、セツコの歌の存在が、空白ごっこの音楽を広くリスナーに伝えるための重要なファクターであることがわかる。

最近では珍しくないが、現時点で空白ごっこはメディアでの顔出しは行っていない。各媒体が発表したプレス・リリースによると、以下のコンセプトを掲げている。

"何もないけど何かある「空(くう)」の世界観を「心」に例えて、その精神世界で遊ぶ(ごっこする)ことをコンセプトにした音楽ユニット"

この文章を読んだとき、まず思い浮かんだのは、ゆらゆら帝国の『空洞です』だった。あるいは、先日ズーカラデルがリリースした『がらんどう』。空白ごっこと近いシーンで言えば、amazarashiも"空っぽの自分"と対峙するような歌が多い。人間の心を中身のない器に捉えたときに、そこに広がる得体の知れないものを表現することは、音楽家の本能なのかもしれない。それは"人間を表現する"という歌の本質にとても近い行為だと思う。


ヤバい、エモいという言葉で思考停止した感情を掘り起こし、あなたの心が上げる声を無視せずに掬い上げてくれるアーティストだ


おそらく意図的だと思うが、EP『A little bit』は、動画投稿サイトに公開された順番のまま収録されている。1曲目は「なつ」だ。作曲は針原、作詞はセツコ。清涼感のあるバンド・サウンドがキャッチーなサビへと駆け上がる。どこか懐かしいピアノの音色。セツコのヴォーカルは透明感がありながら、芯が強い。"もう痛いな 怖いや 嫌いだ そんな非常識な/人間だらけです"。そう紡がれる歌詞には、理不尽な社会にまみれ、人間に揉まれ、汚れてゆく自分への嫌悪感が滲んでいるように思った。見えない敵に追い詰められるような逼迫した感情。それは、『A little bit』の楽曲の多くに共通することでもある。

2曲目の「リルビィ」は、koyoriの作詞作曲ナンバー。デジタルな打ち込みとファンキーな生演奏が絡み合い、スタイリッシュでありながら、退廃的でディープな世界観を作り上げていく。前半では、"Cool it, Cool it"と歌われるフレーズが、後半では"くりんくりんくしたい"に変わり、英語と日本語を織り交ぜた歌詞はとにかく聴き心地がいい。"リルビィ"は、EPのタイトル"A little bit"のことだろう。空耳アワー的な言葉遊びは好奇心もくすぐる。この曲に関して、セツコは"あとちょっとで届きそうな曖昧で焦れったい距離をすんなり取り込めさせる独特な言い回しがすごくお気に入りの1曲です"とコメントを寄せた。滑らかな聴き心地だけではなく、そこに意味も通すテクニックにも脱帽した。

艶やかなピアノのイントロから疾走感溢れるロック・サウンドを聴かせるのは、再び針原とセツコのタッグによる「雨」。この曲で何よりも鮮烈なのは、セツコの衝動的なヴォーカルだ。"わたしが壊したものたちを 数え終える日は来ないでしょう"。そんなフレーズに刻まれた、誰かを傷つけてしまう怖さ、あるいは傷つくことへの恐れ、もっと言えば、それでも誰かのそばにいたいと求めてしまう枯渇感のようなものが、自分自身を貶めるように、抱えきれない感情を吐露するように絞り出されている。おそらく"まったく同じように歌え"と言われても無理だと思う。それぐらいの気迫がある。

「だぶんにんげん」。漢字で書くと、駄文人間。強烈なインパクトを与える4曲目。それを彩るのは童謡のような、不気味さも孕んだ和テイストのサウンドだ。作詞作曲はkoyoriが手掛けた。「リルビィ」と同じく、"駄文 駄文"、"ざぶん ざぶん"と転がるような言葉遊びの心地よさは抜群。その歌詞をひもとくと、この「だぶんにんげん」が、今作『A little bit』の中では、前述のコンセプトに一番近いように思った。自分は何者でもないという虚無感と、自分にないものだけを数えてしまう枯渇感。それゆえの低い自己肯定感。空っぽの器は、そんな負の感情でいっぱいだ。

5曲目に収録された「選り好みセンス」はセツコの作詞作曲ナンバー。エレクトロ・ポップなイントロに始まり、次々に表情を変えるピアノと戯れるように、セツコのヒリついたヴォーカルが加速していく。"ちんけなセンスに乗った 思うままの子と思った/のならばわたしに悪いと思って欲しいよ"。そこに滲むのは、流行をセンスの良さと履き違えた男への嫌悪感か、そんなに安い女ではないというプライドか。独創的な歌詞のテーマ、余白を残した描写、メロディを心地よく聴かせる言葉の置き方。それらに、針原やkoyoriとはまた違う独自の魅力があり、ソングライターとしてのセツコの高いポテンシャルを感じる。

狂騒的なシンセと無機質なビートが織りなすダークな世界観。koyoriが作曲、セツコが作詞を手掛けた"ピカロ"というタイトルは、悪漢(悪者)を意味する。韻を多用しながら、滑らかに転調していくメロディの中毒性は高い。"独居房の中を/Vanity それ Amazing"、"ゲージ内の奥の方/張り切っちゃって"。そんなふうに吐き出される歌詞には、井の中の蛙のごとく、窮屈な世界で虚勢を張り、運命に見切りをつけた生き方に対する哀れみが綴られる。暗に訴え掛けるのは、もっと広い世界に飛び込めというメッセージだろうか。

最後は、針原作曲、セツコ作詞の「19」で締めくくる。瑞々しい煌めきの中で、"未来"へと駆け出すような開放感溢れるロック・サウンドが爽快だ。サビでは、"たくさんの傷をつけた わたしのことも/ちゃんとさ 許してあげたい"と、自分に言い聞かせるように歌い上げる。誰にも平等に訪れる"最終回"の瞬間。そこに向かって、不器用でも、遠回りでも、進んでいくんだという力強い想いを託した。ここに至るまで、あらゆる自己嫌悪を、虚しさを、不安定な感情を吐露しながら、それでも最後には、"A little bit"=ほんのちょっとの光を感じさせてくれる。暗闇で見る光はどんなに小さくても美しい。「なつ」から「ピカロ」に至るまでの道程が、「19」という曲をより鮮やかに輝かせていた。

時代に愛される"歌"とは、誰もが抱く名もなき感情に意味を見いだしてくれるものだと思う。そういう意味で、空白ごっこの歌は、これから多くの人生に寄り添うものになっていくだろう。ヤバい、エモいという言葉で思考停止した感情を掘り起こし、あなたの心が上げる声を無視せずに掬い上げてくれるアーティスト。それが空白ごっこだ。



▼リリース情報 空白ごっこ
1st EP
『A little bit』
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【CDパッケージ】
NOW ON SALE
PCCA-04973/¥1,800(税別)
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[PONY CANYON]
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【配信版】
NOW ON SALE
配信はこちら

1. なつ
2. リルビィ
3. 雨
4. だぶんにんげん
5. 選り好みセンス
6. ピカロ
7. 19

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