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七尾旅人

 

七尾旅人

Writer 佐々木 健治

七尾旅人の新作を、これまでにない程、待ち望んでいた。ここ最近、その存在感をさらに増し続ける彼の動向もあるだろうが、七尾旅人という稀代のストーリーテラーであり、メッセンジャーでもあるミュージシャンが、この時代をどう切り取り、描き出すのか。そんな期待の中で届けられたアルバム『billion voices』は、とても自由で、ピュアなポップネスに満ちている。

『billion voices』=無数の声達と題されたアルバムは、世界中から発せられる無数の声を繋いでいくインターネットの世界から始まる。
アルバムのガイドとなるのが、「検索少年」だ。
インターネットが、市井の人の声、表現を掬い上げる。これまでならば、誰も目にしなかった誰かの表現が、誰かに発見される“可能性”がある現代。ネットで動画を見ていた少年が、どこかの知らないおじさんの歌を発見するように。このアルバムは、そんな希望から始まる。
そこには、一抹の寂しさもあるし、“声を出せたら”で歌われる自己表現に対する“自分に出来るの?”という種類の不安は、ライヴハウスだろうと、インターネット上だろうと、やはり同じなのだ。
それでも、「検索少年」は見つけようとする。呼びかけ、探し回る。最初の一歩を踏み出してくれと願いながら、君の歌声を聴きたいと願う「検索少年」。
少年の無邪気な好奇心に見つけられたおじさんと、少年の無邪気な好奇心を持ってしても、見つけることができない女性。
「シャッター商店街のマイルスデイビス」での幾つものイメージがどんどんと膨らみ、形を獲得し、時に大きく飛躍しながら、スリリングに構築されていく、人間の動物性をむき出しにするような物語。「BAD BAD SWING!」でフリーキーでパンキッシュなジャズで狂乱のパーティを描き、“大騒ぎの後、まだ生きてる/ 誰も欠けずにまだ残っている/ 何だか、いい予感がするよ”と歌う「なんだかいい予感がするよ」は、とても示唆的だ。
「なんだかいい予感がするよ」の中で、彼は“ちょっと、そっちまで“と移動を続ける。そこに、明確な目的や対象は見て取れない。それは、ネットサーフィンのような感覚だ。様々な景色を、様々な感情を、驚くほど自由に七尾旅人は移動していく。
そして、アルバム全体のハイライトの一つと言える「どんどん季節は流れて」というメロウネスのポップ・ソングに到達すると、その生身の人間の感情が溢れ出す。
そう、このアルバムは、新世代の感覚を描き出す物語のようでありながら、無数の人々の生をこそ、生々しく浮かび上がらせる。最後には、七尾旅人自身の姿を曝け出しながら。
インターネットは、新しいコミュニケーションの可能性をもたらしているし、ここ数年でまた新たな段階に突入していると感じる。それでも、あなたに声をかける勇気も、何かを表現する勇気も、きっと何も変わらない。全ては、人間に帰着するのだから。
生々しい程に生々しい七尾旅人という表現者にしか、現代を容赦なく切り取りながら、こんなにも温かく、希望に満ちたポップ・アルバムは生み出せないだろう。
彼が信じているのは、ただ『billion voices』=無数の声、あなたと、あなたと、あなたと、あなた・・・・の声だ。

七夕のリリースから数日が過ぎた。何度聴いても、新しい発見があるアルバムだ。聴く度に、感嘆もすれば、戸惑いもする。それぞれが、じっくりと向かい合って答えを見つけるべき、素晴らしいアルバムだ。僕は、またもや新しい発見を求めて、再びプレイボタンを押そうとしている。

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