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The Tallest Man On Earth

2010年07月号掲載

The Tallest Man On Earth

Writer 道明 利友

彼の音楽との個人的な出会いは、アメリカの音楽メディア“pitchfork”での紹介記事。世間的には話題になっている作品もときには辛らつに評価する“うるさ型” のメディアが、新作『The Wild Hunt』を“best new music” にピックアップしていたことで、僕と同じように彼の存在が気になったリスナーはたくさんいたのではないかと思う。そして、各メディアから多くの賛辞を贈られるにふさわしい魅力は、今回めでたく日本でもリリースされることになった『The Wild Hunt』を聴けば、きっと納得してもらえるはずだ。The Tallest Man On Earthのメンバーは、スウェーデンを母国に持つシンガー・ソングライター Kristian Matsson。2008 年に1st アルバム『Shallow Grave』をリリース、それに続く今回の2nd アルバムは、アメリカでは“Dead Oceans” からのリリースということでも注目しているリスナーはいるかもしれない。最近ではAKRON/FAMILY やDIRTY PROJECTORSなど、刺激的なオルタナティブ・ミュージックの総本山と言って良いブルックリンのシーンから登場した人材を数多く抱える良質レーベルがプッシュするThe Tallest Man On Earth は、Kristian Matssonのアコースティック・ギターと歌声がその楽曲のほとんどを形作る。そして、ヴォーカルとギターの二重奏というシンプル極まりないスタイルながら、一度耳にしたら脳裏に深く刻まれる個性をどの曲も放っている。

彼のオフィシャルMySpace ページを見てみると、“Influences(影響を受けたミュージシャン” の項目の筆頭にはBob Dylanの名がある。Dylanが、他のシンガーにはないアクの強さを感じさせる、孤高の個性の持ち主であることは今さら言うまでもない。そして、The Tallest Man On Earthも、ちょっと鼻にかかった、クセのあるしゃがれた声がまず強いインパクトを残す。さらにその“Influences” を見ていくと、“デルタ・ブルース”の巨星Son Houseの名前があるのも印象的。フォークとブルース、ジャンルはちょっと違っても、ひとりでステージに立って、心のひだを繊細に、泥くさく描いてきたことは共通だ。そんな数々の吟遊詩人たちの息吹を、The Tallest Man On Earthはしっかり受け継いでいるのだろう。胸の内にある感情を、歌声とギターの音色一つひとつに託して、聴き手の胸を打つ。それは、言ってみれば……古き良き音楽のエッセンスを昇華した、The Tallest Man On Earth流のエモーショナルな現代音楽、とでも表現できるだろうか。

さらに、『The Wild Hunt』を聴き進めていくと……。ギター・アルペジオがリズミカルにリフレインする「Troubles Will be Gone」や、「King of Spain」の清々しい響きの音色など、随所にかいま見せるポップセンスも印象的だ。その軽快で楽しげなムードに、また個人的に思い出してしまったのは、2003 年に惜しくも急逝した天才シンガー・ソングライターElliott Smith。彼のスタイルとThe Tallest Man On Earthのスタイルはもちろん違うけれど、耳なじみのよい音色とメロディの中に感じるどこか寂しげなムードに感情のひだを揺らされるのは、勝手ながら両者に共通のものとして感じてしまった。 そんな『The Wild Hunt』を締めくくるラストナンバーは、「Kids On The Run」。それまでのギターから一転、ピアノと歌声のアンサンブルでエンディングをしっとりと飾る1 曲だ。古いアナログレコードから響いてくるかのような音色、そして、切々と歌い上げるノスタルジックなメロディは、夕暮れの中で家路を急ぐ少年の姿をイメージさせるような……。ハデな音作りやパフォーマンスは一切存在しなくても、これほどドラマチックな世界を描くことができることは、本当に素晴らしい。

音楽の世界では、時代ごとに様々な技術革新を経て、数多くの新しい音楽が生まれてきた。それと同時に、シンプルがゆえに魅力的なものを求めている人は、いつの時代でも必ずいると思う。装飾はできるかぎり加えずに、作り手の想いを生々しく込めたThe Tallest Man On Earthの音楽――。素材そのものの味を活かしたオーガニックなメニューを味わうかのように、自然な風合いの音色に心揺らしてみることは、何かと慌しい今の時代だからこそ価値があるんじゃないかと思う。一日の喧騒が過ぎ去ったころにじっくり聴き入りたい、とても味わい深い作品だ。

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