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LIVE REPORT

Japanese

Kidori Kidori

Skream! マガジン 2015年08月号掲載

2015.06.28 @代官山UNIT

Writer 石角 友香

ポスト・パンク、R&Rリヴァイヴァル、グランジ、オルタナ、初期パンク、スカ、日本語ロックに60'sソウル・ミュージックにボサノヴァにメタル。これ、全部、好きな人はいるかもしれない。でも、それを己のセンスでオリジナル・ナンバーに昇華することができるかとなると話は別だ。ニュー・アルバム『! [雨だれ]』が全編日本語詞で、これまでになく日常を描いた作品であることと、これまでのソリッドでメッセージ性のあるナンバーをいかに配置するのか。どう折り合いをつけるのか。ちょっと予測不可能だった今回のライヴだったが答えはごくごくシンプルだった。この日の彼らがどのナンバーも飽くまでも音楽として、演奏することが楽しくてしょうがない様子だったから。それって、自分がどんなセンスを持った人間なのか、360°どの角度から見られても全然問題ないよってことじゃないだろうか。そしてそれはすごく風通しが良くて、人としてかっこいいことじゃないか。

新作の爆音試聴会を開いたり、ニュー・アルバムのリリース前からInstagram上でのQ&Aを展開したり、ツアー・リハのツイキャスまでやるというこのツアーを楽しむスタンスは、結果としてこの日のライヴ開始をかなりワクワクさせるものにしてくれた。少なくとも今の彼らにとって、ツアーはこなすものじゃなくリスタートの大事なひとつひとつの作品でもあるからだ。都内各所でさまざまなライヴが行われたこの日、このライヴを選んで集まったオーディエンスは、バンド同様、ひと括りにできない客層で、中にはSLIPKNOTの"KNOTFEST"のTシャツ、先日の"SATANIC CARNIVAL"のTシャツ、Paul McCartneyのTシャツ姿の人までいる。そして会場にはTHE BEACH BOYSが流れるという多様性。なんという居心地の良さ(笑)。そこへ新作収録のインタールード「Tristeza」が流れ、メンバー登場。新しいサポート・ベース、汐碇真也の存在もすでに知られている感じがフロアの歓待ぶりから見て取れる。

オープナーは新作同様「ホームパーティ」。カジュアルにスタートしつつ、その後はパンクな3連投。でも、そこに怒りを感じない。3ピースのシンプルなダイナミズムを誰よりメンバーが楽しんでいる。そのヴァイヴスは自然とフロアに伝染る。ここで鳴ってるのは思想じゃなくて音楽だ。序盤でオールOKな気分になってしまった。

1曲1テーマのショート・チューンというか、必要にして十分な要素だけで構成されたキドリの曲は改めて新旧問わずキャラが濃い。そして最初の"落差"パートはソリッドなリフとランニング・ベースの推進力にブチ上がる「Mass Murder」からの「なんだかもう」。まあこの間、サポート・ベースの汐碇の紹介、川元直樹(Dr/Cho)のモヒカン・エピソード、最近、Facebookに"右から書く言語圏"からの投稿が多いことや謎のアメリカ人ファンによる投稿動画etcの話で場が和んだのはたしかだ。だが、完全にスイッチして音源と同じように「なんだかもう」が演奏されることはなく、ソウルや細野晴臣イズムも含みつつ、気持ちはパンク・モードな「なんだかもう」になってしまうのはライヴの展開上、自然なことだと思えた。しかし四つ打ちの3拍子というリズムで身体を揺らし、三連のクラップをするファンの聴きこみ度合いも素晴らしい。しかもみんながみんな同じことをやってるわけでもない。やはり居心地最高。しかし、楽しいばかりじゃない。多彩な感情の引き出しを開くレパートリーはこちらの心の準備もないまま、季節が過ぎるように演奏されていく。テンポ的にはアップな「あなぼこ」から、"他人の悪口を言って気持ちが晴れた。人間として生きる痛みに慣れた。六階から飛び降りて鳥にはなれた。"と、淡々と、でも苦しくなるような描写を静かに歌う、初期の日本語詞曲「5/10」で、マッシュ(Vo/Gt)の"ただただ刺さる歌"の強度にやられ、続く「This Ocean Is Killing Me」ではTHE SMITHSが持つような透明な悲しみとメランコリーが覆う。

「!」のギターのみならず、3人が醸すサウンドスケープの"水"のような感じも立体的。汐碇のコーラスも景色を変える力を持っている。まさにマッシュがインタビューで言ってたように"聴こえるものから見えるもの"にKidori Kidoriの音楽は想像の翼を具体的なアレンジでモノにしたのだ。しかも3人が何をやってその世界を作っているのか手に取るようにわかるこの楽しさ。シンプルに聴こえて、マッシュのギター/ヴォーカルは相当、難しいと見た。そして川元も汐碇もともに曲を"歌う"ような演奏。思わずバンドをやりたくなるような明快さとこの3人の間にしか生まれない魔法に鼓舞される。

それにしてもタイプの近い曲をブロックで分けるでもなく、"気持ち"で繋いでいくセットリストだ。終盤こそ「Watch Out!!!」「NUKE?」というイーヴルでエッジのあるブロックもあったが、上京後の彼らの決意(とかいうとそれだけみたいで無粋だが)が込められた「Come Together」に至っては、そんなことを思いながらイントロのシンコペーションにツボを押されたり、関節外しなギター・フレーズだったり、全部の楽器の抜き差しにニヤニヤ笑いが止まらない。結局、そこなのだ。むしろ1曲に込める意味がひとつなんて、音楽としてあり得ない。そして本編ラストは「Come Together」から1年弱経過した今のキドリのまさに"心"=「コラソン」で締めるという鮮やかな手さばき。あたたかいのに寂しいような情感を湛えたこの曲は、『! [雨だれ]』の中でもマッシュの素が最も出ている作品だろう。ライヴという体温を持ってはいたものの、トータル23曲はひとつの旅路だったように思う。

今のキドリの転換点になった「テキーラと熱帯夜」がいい意味でみんなの歌になったアンコール。その前にエレキ弾き語りバージョンで届けられた「I Laid Down」の叙情。もちろんバンドなのだが、マッシュのSSWとしての地肩の強さもちょっと垣間見れて、アルバムは出たばかりだが、もう新曲を聴きたくなっている自分に気づいた。邦楽ロック・シーンに居心地の悪さを感じる時期を越え、その音楽であらゆる音楽好きによってインディペンデントな立ち位置を築きつつあるKidori Kidoriの今を見た。

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