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INTERVIEW

Japanese

カミナリグモ

カミナリグモ

メンバー:上野 啓示 (Gt/Vo)

インタビュアー:天野 史彬

愛しい人に別れを告げ、飛び立った飛行船。唯一の乗組員である主人公は、コクピットの窓から見下ろす世界で起こる様々な出来事に対し、時に我がことのように傷つき、時に歓喜の歌を唄いながら、201回目の世界旅行を迎える――それが、カミナリグモの3rdアルバム『MY DROWSY COCKPIT』が描く物語だ。1人きりのコクピットで孤独に震え、無力感の果てにまどろむ主人公が見るものは希望か絶望か。その判断は本作を聴いた1人ひとりのリスナーに任せたい。ただ、この作品でカミナリグモが未来へ向けての新たな1歩を踏み出したのは確かである。

-そもそもカミナリグモの音楽って、部屋で膝を抱えた少年が、テレビやパソコンの画面から世界の様々な出来事を受信して、それに対して絶望したり、時に希望を抱いたりっていうものだったと思うんです。つまり、自分は孤独な場所にいるんだっていう感覚が根本的に強く滲む楽曲が多かった。でも本作『MY DROWSY COCKPIT』は、そういった世界観を今までで一番強く感じさせつつも、その上で、扉を開いて1歩外の世界へ出て行こうとしている作品なのかなと思いました。ご自身ではどういう作品になったと思いますか?

確かに、外交的な世界観を持った楽曲を作ってきたわけではないし、僕自身もそういう人間ではないので、部屋に閉じこもって、そこからちょっとだけ開いた窓の隙間から世界を覗いているような感覚はずっとあって。今回も、根本的な世界観はどうしても変わらないと思います。でも、やはりどっかで世界と繋がりたいっていう気持ちを持っている主人公がいるっていうのもカミナリグモの曲の中には多くて。このアルバムも、そういう部分が強く出た作品になったんじゃないですかね。

-このアルバムって、「201周目の飛行船」、「RUSTY ALARM CLOCK」、「MY DROWSY COCKPIT」、「Perfect Sky」といった楽曲を聴いていくと、それぞれが“飛行船”、“コクピット”、“アラーム”っていうキーワードで繋がっていて。1枚を通してひとつの物語を紡いだ、凄くコンセプチュアルなアルバムになってますよね。この構想は最初からあったんですか?

そうですね。今回はまず、シングル曲の「王様のミサイル」を収録するアルバムになるっていうのが念頭にあって。でも、「王様のミサイル」は10年前に作った曲なんですよ。だから、今の自分が作る曲と立ち位置が同じなわけがない。そこで他の曲との間に違和感が出てしまう可能性が往々にしてあるだろうなっていう懸念があって。なので、「王様のミサイル」をアルバムの一部として成立させるために、できるだけフィクション性が高い、作品性が高い楽曲を同時に収録しようって思ったんです。小説の短編集じゃないですけど、ストーリーがそれぞれの曲の中にあって、その中のひとつに「王様のミサイル」があるっていう位置づけにしたほうがクオリティの高いものになるっていう思いがあったんですよね。そういう基準で曲をセレクトしていく中で、途中で「MY DROWSY COCKPIT」ができて、そこから広がっていって。

-やはり、「MY DROWSY COCKPIT」がひとつの起点になってるんですね。

そうです。「MY DROWSY COCKPIT」――つまり、“僕のまどろむコクピット”っていう意味なんですけど。コクピットって、閉鎖された空間なんだけど、そこから外の世界に向けて何かを発信していく機能も持ってる空間じゃないですか。この曲の中で主人公は、コクピットに取り残されて、操縦も効かなくなってしまって、このまま自分は終わっていくんだって思ってる。でもこの曲は最後、<コックピットでうたうよ キミを想って/タイマーリセット 生まれ変われるように>っていうフレーズで締めくくられていて。そこは、凄く今のバンドの気分に合ってるフレーズだったんです。この主人公はとても孤独で悲しい状況にはいるんだけど、最後にキミを想ってうたう。ここで言う<うたう>っていうのは、バンドにとって作品を出すことだし、ツアーをすることだし……それが今の自分たちにできることなんだなっていうのを、この楽曲を書いた後に改めて感じたりもして。この曲がアルバム・タイトルになったっていうことも、やはりバンド自体がそういう気分だったのかなって思うんですね。