Japanese
österreich
Skream! マガジン 2026年03月号掲載
2026.02.19 @WWW X
Writer : 石角 友香 Photographer:Chiaki Machida
österreichが、単独公演としては約3年半ぶりとなるライヴ[österreich One Man Show "harm(do)"]を2月19日渋谷 WWW Xで開催した。the cabsの高橋國光(Gt)のソロ・プロジェクトであるösterreich。対バンや4月に開催される盟友 cinema staff主催の"OOPARTS 2026"への出演もアナウンスされているが、ファンのワンマンへの渇望はソールド・アウトという事実に表れていた。加えてライヴ前日には、約4年半ぶりとなる新作であるミニ・アルバム『胎教』が配信リリースされたばかり。今、高橋が何度目かの音楽的な扉を開いてオーディエンスに向き合っていることは間違いない。その瞬間を見届けようとするフロアは、コアなファンはもちろん、意外にも若いリスナーの流入も窺える健全なムードだった。
WWW Xのステージに限界までセットされた夥しい機材の中でも、2台のドラム・セットが要塞らしさを増す。それでいて開演BGMにはポストクラシカルが流れ、待ち焦がれたフロアからは暗転と共に拍手と声が上がった。ステージ下手奥から三島想平(Ba/cinema staff)、GOTO(Dr)、山本晃紀(Dr/LITE)、佐藤 航(Pf/Gecko&Tokage Parade)、前方に鎌野 愛(Vo/Pf)、飯田瑞規(Vo/Gt/cinema staff)、そして高橋國光。曲によって編成が変わり、紺野メイ(Vo)、銘苅麻野(Vin)が加わる最大9人編成である。
おもむろに高橋がフィードバック・ノイズを放って、1曲目は新作『胎教』から「太陽みたいだ」。GOTOのドラムと三島の低音が想像以上に内臓を直撃し、臓器や指の感触が歌われる歌詞と妙にシンクロする。だが、抽象度の高い歌詞を飯田が歌うことと、後半で一気に明度が上がった照明によって、楽曲は開かれた印象に。続く「ドミノのお告げ」は生音のブレイクス的なビートの凄まじさと、鎌野が歌う柔らかなメロディの対比が鮮やかだ。高橋の作る曲に総じて言えることだと思うが、メロディはどこまでも妥協なく美しい。それにしても、進撃と形容したくなるドラムに冒頭から圧倒されたのも事実。しかも山本の百戦錬磨なドラムは曖昧さのない現実主義者がいるかのようで、曖昧な自我が相殺される爽快さがある。「動物寓意譚」で穏やかなトーンに転換し、佐藤のピアノ、銘苅のヴァイオリン、鎌野と飯田の声の重なりも心地いい。この曲あたりで実感したのが、ミュージシャンたちは高橋國光劇場のキャストなのだということ。もちろん演奏をする仲間だが、高橋の言葉が第三者の声や音を経由する、つまりいい意味でポピュラリティのフィルターを通す作業が演劇的に感じられるのだ。その場において高橋は作家でありつつ、風を起こすギターを弾く最重要の裏方、といった感じである。
満員のフロアに気を使い、『胎教』は時間をかけて大事に作った作品なので大事に聴いてもらえたらと最初のMCをする高橋。全ての楽器が放つ地鳴りのような音に、音源よりサスペンスフルなピアノ・リフが重なり「贅沢な骨」へ。音という音が螺旋を描くなか、声楽がバックボーンにある鎌野のヴォーカルがその螺旋を突き抜けてくる快感。「信仰」では紺野がコーラスに加わる。この2曲のキャッチーと言っていい程のメロディが、叩き付けられる打音とすごく相性がいい。歌詞が抽象的でも自己耽溺する空気にならないのは、きっと高橋の美学なのだろう。
"当然にように演奏してますけど、ドラム2人いるんで。GOTO君と山本さんがドラム叩くことなんてないんで。ヴァイオリンの銘苅さんも。リハは劇団かな?と。バンドの人数じゃないんで"と、高橋は事実を話すのだが自然と笑いが起こる。そして"下手で見えないかもしれませんが、ベーシスト 三島想平"と、バンマス的な三島を紹介した。
全ての楽器の音がバラバラに展開していく「Question」の体験する楽しさ。難解さより、このアンサンブルは聴いている人を救うなと感じる。そんな感慨が、鎌野のヴォーカルと紺野のコーラスによる柔らかな空気感の「映画」へ自然と接続していく。とても生々しい感情が綴られているけれど、なるべく体温を排した2人の歌声がむしろ言葉を言葉のまま伝えてくる。発見だったのは、「caes」にCorneliusにも似たポップ且つ幾何学的な音の組み立てを感じたこと。ジャンルは違えど、音で話すような構造はどこか共通するのもおかしくないなと思った。穏やかなメロディが続く中でも一際ストレートな"歌"が響いたのは「ガイドビーコン」で、ナチュラルなロック・バラードでもあった。
佐藤と鎌野によるピアノの連弾と銘苅のヴァイオリンが溶け合い拮抗するインスト「外科室」は、ステージの端と端にいることがむしろ音のみで交信しているようで、しっくりきてしまった。そして濁りの一切ない「still sane」で高橋が音の中で身体を思うまま動かしてギターを弾く様は、実際の音が心地いいからに違いない。それはどこか、オーケストラの指揮者が一見オケを見ていないような派手なアクションをしているのに似ている。
この後、まだセットリストは半分ぐらいと高橋。"ライヴはそんなに暗くない、やんちゃやってるつもりなんですけど、皆さん静かに聴いてくれてありがとうございます"というMCが、演者と観客の想いを繋いだ印象を持った。この言葉が後半のライヴをよりグルーヴさせていく。
ザクザク刻まれるギター・リフと共にビートも前進していく「swandivemori」では明らかに高橋のフィジカルな側面が前に出始める。エンディングで"ありがとう!"と高橋が叫んだことでスイッチが入るようにファストな「家族の結末」に繋がるのだが、生ドラムンベースっぽさがライヴでさらに強化された感。パーソナルな背景を反映した歌詞かと思うのだが、飯田の澄んだヴォーカルや呼吸が合いまくるストップ&ゴーが歌詞を過剰に重くしない。さらに音源ではThe Novembersの小林祐介が歌う「ずっととおくえ」を飯田が歌うのだが、同じ高橋の作詞でも、より感情を脱色して言葉を届ける歌唱になっていたように思う。祈りのトーンを感じたのは、高橋と飯田のギターが色を交差させるイントロからして青く切実なニュアンスの「きみを連れてゆく」だ。素朴ですらある紺野のヴォーカルも相性がいい。もしかしたら支配的でエロティックな内容にも取れる歌詞なのかもしれないが、素朴さゆえに残酷なトーンが胸を突く。子どもが主人公のヨーロッパの映画みたいだ、と思う。続く「わずらう」も紺野のヴォーカルがハマっていて、複雑なベース・ラインが存在を示すアンサンブルと童謡的なメロディの共存にふとクラムボンを思い出した。この曲には人間の存在自体の功罪がちらつくので歌詞の内容という意味ではないのだが、österreichもまた、1つのジャンルに押し込められない怪物なのだ。
改めてワンマン・ライヴに多くのオーディエンスが足を運んでくれたことに謝辞を述べる高橋。"名目はソロですけど、ほとんど同じメンバーでやっていて。6年ぐらいやれてるんですけど、すごいことなんですよ"と、このメンバーで作品を作り、ライヴを実現できている事実に高橋自身が最も感銘しているように映る。再度、真剣に見てくれていることへ感謝した後、"続けていくつもりです"という一言に大きな拍手が起きた。
駆け抜け続けるピアノ・フレーズの「無能」が始まると、抜群の抜き差しで構成されるアンサンブルに、ここまでに16曲も演奏してきたとは思えないタフさにちょっと舌を巻いてしまう。本編ラストはこの日最もオーセンティックに感じられる「楽園の君」。演奏が進むにつれ、激しくギターをかき鳴らす高橋は片方の手の平で顔を覆うようなアクションを見せたのだが、それがどんな感情の発露かは分からない。ただ、このライヴの最初、自分はここにいるとばかりに鳴らされたフィードバック・ノイズ同様、エンディングでも彼はギターの残響を置いてステージを後にした。
不思議にも立ってることを忘れるぐらい、音楽会のような身体の楽さをどこかで感じながら再登場を待つ。長い仲間でもあり各々違う音楽的バックボーンを持つミュージシャンが、高橋の音楽という広場で対話することの奇跡を感じながら。当の本人はthe cabsとの並行活動に心身疲弊することもあると話し、いつの間にかösterreichが音楽活動の中で一番長くなったと他人事のように言う。だが、やらなければいけないのではなく続ける意思を言葉にしてくれただけで、そこにいたオーディエンスは十分だったんじゃないだろうか。この日最後の曲はタイトルとは裏腹にポップですらある「遺体」だった。ほぼバンド、でもどこまでも不確定。そんなösterreichが、次回は初のツアーに出る。明らかに今年は強いモチベーションがあると見た。
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