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INTERVIEW

Japanese

HANCE

HANCE

Interviewer:吉羽 さおり

2021年に1stアルバム『between the night』でデビューしたシンガー・ソングライター HANCE。40代にしてデビューを果たした異色のアーティストだが、社会経験、人生経験を重ねてきたなかで自身のサウンドや旋律、言葉を豊かに彩り、さらに研ぎ澄ましてきた音楽は、日本語による曲ながら広くヨーロッパでもチャートインするなど、グローバルに響くものとなっている。前作から約2年半を経てリリースした2ndアルバム『BLACK WINE』では、ロック、ジャズ、クラブ・ミュージックなど多彩なルーツを昇華し、日々に寄り添う、また人生のスパイスとなる滋味深い音楽が展開される。詩的であり、エネルギーのある1枚だ。そんな音楽を編むHANCEとはどんな人なのか、話を訊いた。


-1stアルバム『between the night』のリリースから2年半を経ている現在、アルバムは海外でも評価されたりとリスナーが広がっていますが、今HANCEさん自身は、アルバム『between the night』はどのような作品だと感じていますか。

1stアルバムには若い頃に作った曲をリメイクしたものもありましたので。ここ最近作った曲というよりは、自分の今までの音楽人生の中で作ってきたものをまとめた最初のアルバムという感じだったんです。なので、僕自身ではそこまで短い期間の中の出来事という感覚はないんですけど、自分の手元を離れていろんな方に聴いていただいて、特に今は海外で多く聴いていただいている状況で。今年の夏には、ヨーロッパを中心にチャートに入ったりということもあったので、派手さはないけど、じんわりといろんなところで聴いていただいているなという感覚がありますね。

-今回のアルバムを聴いていても、サウンドにヨーロッパの音楽の要素が入っていたりとか、空気感としてもどこかデカダンな雰囲気や哀愁感を纏っているなと思いますが、音楽的なルーツもそのあたりに?

そうですね。日本の音楽だけでなく海外の音楽も聴きますし、子供の頃からいろんな音楽に触れてきたので。自分の曲の中にはいろんなエッセンスが入っているというのは自覚的ではあるんです。ただヨーロッパの話で言うと、食べ物で喩えるとパスタがいい例なのかなと思うんです。本場はイタリアとかヨーロッパで食べられているものでも、日本で日本人向けに作ったりすると、同じパスタでも和風パスタみたいなものができあがったりとか、ナポリタンが登場したりして。意識的にそちら側に寄せようとはしていないので、もしかしたら和製のヨーロッパ感というものは出ているのかもしれないですね。それが彼らからすると共通に感じることもあるし、ここは自分が聴いてきたエッセンスにないところだなと新しく感じてもらえたりすることはあるのかもしれないですね。

-1stアルバムでは、若かりし頃に作った曲もブラッシュアップされて収録されたということですが、古いものとしてはいつぐらいからの曲があるんですか。

"HANCE"としては、40代を迎えてからキャリアとしてスタートしているんです。ただ音楽自体は10代の頃からやっていますし、本格的に曲を作り始めたのは20歳くらいからだったので。そういう意味でいくと、この20数年の中で作ってきたいろんな曲の中からチョイスしたり、新たに作ったものとか、いろいろと入れているという感じでしたね。

-20代からの20年ではいろんな音楽的な変遷はありそうですね。

僕は、特にイギリスやアメリカのロックのシーンが盛り上がっていた90年代後半あたりが"キッズ"と言われる世代だったので、そこはひと通りどっぷり聴いていましたね。それが、30歳を超えたくらいからクラブ・ミュージックに傾倒し始めて。仲間を集めてDJイベントみたいなものに参加したり、そこでクラブ・ジャズとか、ジャズでもラテン要素の入っているものを聴き始めたりと、だんだんと広がっていったというのはありましたね。

-その20代の頃はバンド活動もしていたんですか?

バンドをやってましたね。

-バンドでやっていこうという気持ちはなかったんですか。

もともとバンドというものが好きでしたし、今でも国内外問わず好きで聴いたりはするんですけど、僕は20代後半から自分で会社をやり始めたんです。会社の経営と音楽活動を両立するというよりは、会社のほうが比重が大きくなっていたのが20代後半から30代で。なので音楽活動はしていたんですけど、例えば作品を形にするとかMVを撮るということはやっていなかったんです。40を越えたあたりから、会社をある程度スタッフに任せられるところが出てきたりとか、あとは40という節目を迎えたときに、人生の折り返し地点を感じて。改めて、今まで自分が作った曲をちゃんとまとめて世の中に出していきたいと思ったのが大きいですね。

-そういった経緯だったんですね。

音楽活動のブランクがあったぶん、客観的に見える部分もあって。例えばロックで言えば、昔だったらこういう表現をするけど、今だったらもっと違った表現ができるかもしれないとか。そこにラテンっぽいものを入れるとか、昔ならディストーションひとつでギターを全部表現していたものをアコースティック・ギターを取り入れるとか、リハーモナイズしてコードを大人っぽくするとか。今の感覚に合った、今の自分が聴いてグッとくるものにブラッシュアップして、自分が今いいと思っているものをそのまま出すというのが、今のHANCEなのかなと思うんです。

-そこで40代でデビューするというのは、面白いキャリアですよね。やろうと思っても、なかなか勇気が出ないというか、いろんなことを考えてしまって踏ん切りがつかないところもあるんじゃないかなって思ってしまいそうです。

そうですね、これはいろんなところでも言ってきているんですが、逆に言うと音楽業界くらいじゃないかなと思うんですよ。例えば飲食店とかであれば20~30代で修行をして、それまでの集大成として独立をして自分のお店を持つじゃないですか。それは自分が今、一番いいものを作れるというタイミングで独立をされると思うんです。僕は今のほうが、10~20代のときよりもいい音楽を作れている自覚があるので。すごく必然な感じではあるんです。

-たしかにそうですね。

しかも飲食店であれば、若い人向けのお店もあれば、中高年の世代とかに向けたお店も新店舗として作られるじゃないですか。若い人が行くお店より値段は少し張るけれども、素材にこだわってたり、大人に合う味の料理があったり。ファッション雑誌でも10代、20代、30代、40代、50代と、その世代の感覚にフィットする新作が提案されていくじゃないですか。でも音楽業界の新作って、10~20代の感覚に向けたものしか出されていないと思うんです。僕自身40歳を越えて、若い人の曲でグッとくるものもあるんですけど、正直ちょっと距離を感じてしまうなっていうものも多いんです。恋愛の曲でも、若い頃の恋愛と自分の世代の恋愛って全然違うはずなのに、それに対して"こういう気分じゃないですか"っていう曲が提供されないのはなんでだろうって思ったんですね。でもいないから、しょうがないから自分でやろうと思って出ていったみたいなところもありました(笑)。

-実際飛び出していったら、その音楽を求めるリスナーもいてとてもいい場所だったという。

そうですね。すごく孤軍奮闘というか孤立無援というか、ひとりで砂嵐のなかで戦っているような感覚もあるんですけどね(笑)。ただ昔に比べると、大きなマスを相手にしなくても、個別に最適化されたマーケットを目指していくとか、そこでちゃんとコミュニケーションが生まれるのって、今の時代としては起こりうることだと思うし、そもそも僕自身も例えば80~90歳くらいの方からすれば全然若いので(笑)。人生100年生きると言われているので、10~20代でしかデビューするチャンスがない音楽業界は変わっていったほうが、今の若い人から見ても将来希望があると思うんです。何かしらの理由で、今は自分の本業があってそこに集中しないといけないとか、結婚を控えていて今はあまりチャレンジできないから正社員として働くとか、そういう環境の人も多いと思うんですけど。今は無理だけど、40歳、50歳まで自分で音楽を続けていくんだという気持ちを持ちながら仕事をやっていたほうが、希望があるじゃないですか。

-励まされます。最新アルバム『BLACK WINE』のお話もうかがっていこうと思いますが、今作はまさに大人の滋味や贅沢さ、余韻の深みを味わえる、重厚で物語性のあるアルバムだなと感じます。この2作目にはどのような思いで向かっていきましたか。

1stアルバムは自分が初めて世に出ていくということで、ある種お店作りというか。"HANCE"という看板があって、こういうお店ですという作り方をしたんです。1stアルバムでそういう表現をしたので、今作は今までの20年のキャリアの中で自分が感じたものとか自分が表現できるものとかを一切考えずに、全部やりきるくらいの感覚でアルバムに詰め込んだという感じなんです。おそらく今後アルバムをリリースしていくにしても、この2ndアルバムは僕にとって重要な位置づけのアルバムじゃないかなと思っています。

-音楽的な広がりがあるのはもちろんですが、映画やアートからのインスピレーションも大きいのかなと感じますし、"大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック"というHANCEさんのテーマが、より濃厚ですね。

今までたくさん映画も観ていますし、音楽と映像がミックスされているものがすごく好きなんです。映画だけではなくてドラマもそうですし、MVそのものもすごく惹かれていて、そこで生まれる総合芸術みたいなところをすごく感じているので。HANCEの活動の一番優先順位があるのは、映像作品、ミュージック・ビデオを作るということなんです。

-それでこれまでの曲でも多くのMVが作られているわけですね。

MV自体が目的なんですよね(笑)。ミュージック・ビデオそのものが目的でありゴールなところがあるので、曲を作ったりライヴをしたりするっていうのは実はその次みたいな人間で(笑)。僕自身がそもそも映画を作る感覚でアルバム作りもしているので、ひとつひとつがそこで完結している短編作品のような感覚なんですよね。オムニバスの12曲があって、その12話をひとつのサウンドトラックとしてまとめたという感じなんです。

-ちなみに好きな映像作家、映画監督はどんな人ですか。

1stアルバムのインタビューなどでもよく名前を出していたんですけど、ジム・ジャームッシュやヴィンセント・ギャロはすごく好きですね。映像から漂ってくる匂いや空気感があるというか。言葉は多くないけれども滲み出てくる人間臭さとか、人間のだらしない部分や哀しい部分だったりを、物語として表現するというよりは映像から漂わせる、その匂いがすごく好きなんです。自分もおそらくそこから影響を受けているだろうなと思っています。

-まさに今挙げたふたりの監督は音楽と映像がすごく密接なものですしね。

そう、あまりそこが切り離されていない印象ですよね。トム・ウェイツなんかもよく出演していますが、ミュージシャンなんですけど俳優でもあるし、僕から見るとすごくポエマーのような感じもするし。音楽を表現するというよりは、音楽にまつわるいろんな要素を表現するというものがすごく好きなのかもしれないですね。