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INTERVIEW

Japanese

煮ル果実

2020年07月号掲載

煮ル果実

Interviewer:沖 さやこ

こんなに弱い人間は僕だけなんじゃないか? と思いながら生きてきたし、自分は弱いけど、生きるしかない


-『NOMAN』は心情を物語に乗せていたけれど、『SHIMNEY』はよりストレートな心情吐露が散見するなとは思いました。特に"生きること"にフォーカスされている。

BUMP OF CHICKENの「ギルド」に"人間という仕事を与えられて どれくらいだ"という歌詞があるんですけど、最近"生きることは仕事だな"と強く感じるんです。仕事をしているうえで噴出する負の感情というか......。

-"ワーカホリック"という曲もあるし。

この曲はそのへんのマインドをだいぶシンプルに落とし込んでますね(笑)。言葉数も少なくて繰り返しを多用しているところも新しいニュアンスになりました。歌詞はストーリーで展開させていくものだと思っていたので、繰り返し系の曲は苦手だったんです。でも、この曲に関しては直感的に繰り返しものにするべきだなと思ったんですよね。

-リズムの緩急が面白い曲ですよね。それ以外の曲も、ポップ・センスがより強まっているというか。

自分だけで作るとまた負の感情の要素が濃くなるので、ほかのVOCALOIDクリエイターさんや演奏者さんに参加してもらいました。自分が出せないような音が入ることで、彩りや広がりのあるアルバムになったと思います。例えば、「ブライド・アンド・グルームが通る」ではbizさんに弾いてもらったピアノも入れていて、違う一面が出せたかなと。ポップに寄せたい気持ちに、劣等感を乗せたら面白いアンバランスな曲になりました(笑)。

-ははは(笑)。新郎新婦をモチーフにした言い回しのセンスが光る曲ですよね。

"花婿"は自分が憧れているものや、勝てないなと感じるものの象徴ですね。"ベンジャミン"というのは"卒業"という映画で花嫁を略奪するキャラクターで。その新郎新婦とベンジャミンの関係に、自分の気持ちをうまく落とし込めたかなと思ってますね。悲劇を喜劇的に描くのは、自分を皮肉ってるようで好きなんです(笑)。

-あははは(笑)。「トラフィック・ジャム」なんてまさにその精神が混じり気なく発揮されている。トラップっぽい出だしも面白い。

皮肉全開ですね(笑)。自分が聴いてきたJ-ROCKやJ-POPにヒップホップの文脈があったので、そこに琴線が触れたんだなと思います。だから、ヒップホップとギター・ロックとが混ざった奇妙な塩梅の曲が生まれてるんだろうなと。サビはちゃんとキャッチーにして、Aメロ、Bメロは珍妙なものにしたい気持ちがずっとあるんでしょうね(笑)。

-アルバムの曲順でしっかり『SHIMNEY』という物語ができているところも、テーマありきで作られているからなんだろうなと。「イヱスマン」が『NOMAN』の「シュールマン」と同じく12曲目なのは意図的なものですよね?

あぁ、そうですね。『NOMAN』と呼応させつつも、先に進んだことを示したくて。

-東京事変が1枚のアルバムの曲タイトルでシンメトリーを作るのとちょっと似てますね。

そういう遊び心すごく好きですね(笑)。『NOMAN』の「LIFE BAUTE」と『SHIMNEY』の「LOST SHIP」は2本立てだったり、『NOMAN』が「Anniv.」に対して『SHIMNEY』が「Unniv.」なのは、『NOMAN』のアンチテーゼというニュアンスを出したくて。ふたつの"アニバーサリー"で"生活が壊れる"ということを表現しています。聴いてくださる方々にはそういうものも楽しんでもらえたらなって。

-「ハイネとクライネ」のあとに「イヱスマン」が来るのも、物語としてとても小気味よかったんですよね。「ハイネとクライネ」は、察するにかなり煮ル果実さんにとって重要な曲だとも思うんですけど。

ずっと大事にしていきたい、思い入れが強い曲ですね。本当にリアルな生活の悩みが詰まってる。自分の中でどんどん膨らんでいく劣等感がこの曲で全部出せたんじゃないかと思います。僕はほかの人が味わっていないような不幸な出来事を味わったというわけではない。でも、そんななかでもうまくいかないことはあって、ほかの人ではあまり苦しいと感じないことでも苦しく感じることがあって――こんなに弱い人間は僕だけなんじゃないか? と思いながら生きてきたし、自分は弱いけど、生きるしかない。「ハイネとクライネ」にはそういう気持ちを込められたと思うんです。

-ハッピーエンドでもバッドエンドでもない締めくくりもリアルです。

どれだけつらくても苦しくても、結局これからも人生は続いていくから――ハッピーエンドでもバッドエンドでもないところも皮肉かもしれない(笑)。でも、『SHIMNEY』の中で"Shine"に値する曲だと思います。黒い煙の中からどんどん光が出て行くようなイメージで曲順を並べました。

-そうですね。「ハイネとクライネ」→「イヱスマン」→「生活ガ陶冶スル」の流れはまさに。

なんでもイエスマンになってしまう自分は醜いかもしれないけど、そんな自分でも肯定していきたいという前向きな気持ちがあって。絶望だけではなく、自分の醜いものを認めていく強さが入れられたんじゃないかなと思います。本当は「イヱスマン」の絶頂の気分のままアルバムを終わらせる予定だったんですけど......"僕がこのアルバムで言いたかったことってこれなのかな?"という疑問が湧いてきて。

-その結果できたのが「生活ガ陶冶スル」。

もっともっとまっすぐなものが必要だと思ったんです。難しい言い回しをして自分を隠してしまうところもあるので、自分を出すのはすごく怖かったんですけど、『SHIMNEY』ではそういうことをしたくなかった。そういう気持ちから生まれたのが「生活ガ陶冶スル」です。タイトルはスペインの思想家、ペスタロッチさんの言葉で、ずっと頭に残っていたんです。"生活が人格を形成する"という言葉の通り、生活が自分自身を変えていくし、自分を飲み込んでいく。劣等感も生活によって形を変えるんだなと実感しています。

-昔の煮ル果実さんなら、最後の"いつか自分を愛せた時は/あなたを救いに行く"とは書けなかったかもしれない。

そうですね(笑)。すごくまっすぐなギター・ロックになったし、歌詞も説明不要なくらいまっすぐ書きました。

-『NOMAN』が『SHIMNEY』の精神を、これまでの人生が「生活ガ陶冶スル」を書く精神を連れてきてくれたのかもしれないですね。

自分の総決算みたいな感じはしてますね。VOCALOIDで制作をしてきた2年で出会った人たちとの繋がりで新しいものが生まれた気がしますし、弱さを抱えている人の心に残っていけるような楽曲ばかりを詰め込むことができて、自分にとって名刺の1枚になったと思います。

-今後煮ル果実さんの生活がさらに陶冶したら、どんな楽曲が生まれるのか。

僕もそれが楽しみなんですよね。どんな生活が待っているのか、どんな楽曲を作るのか――それこそさっき話した"これ以上奥を掘っていったらどんな景色が広がっているんだろう"という怖さとわくわくの両方がありますね(笑)。楽曲提供や編曲の機会をいただくことも増えてきて、だからこそ自分でなければ作れない音楽をしたいし、アーティストさんの新しい側面を見せられる手伝いができたらなと思っています。提供する楽曲は僕の活動ではできなかったものを入れたりもしているので、自分の活動はもちろん楽曲提供にも期待してもらえたら嬉しいですね。

-NILFRUITSとしての活動もありますからね。

NILFRUITSは煮ル果実を中心とした表現集団の総称で、もっと表に出て行くためのものになる予定です。ネットで音楽を発信しているだけだと、画面越しでしかコミュニケーションができない煩わしさもあって。制限なくもっと自分の音楽を広げていきたい気持ちがあるんです。でもVOCALOIDもやめる気はないし......VOCALOIDも人の声もどっちも好きなんですよね。どちらか一方が好きな人も、どちらも好きな人にも喜んでもらえるコンテンツをもっと作っていきたいなと思っています。止まるつもりは一切ないし、いろいろ考えているので、どういった動きを見せていくのか楽しみに見守っていてほしいですね。