Japanese
BIN
Writer : 石角 友香
神話世界やサントラ的なサウンドスケープも聴かせる音楽的なレンジの拡張
ヴォーカルの山上、イラストレーションを担当するトマト、ギターをはじめ楽曲制作を担当するTからなる音楽ユニット BINが2ndアルバム『Melt』を完成させた。大人社会への強烈な違和感、少年の孤独を鮮烈に描いた2021年3月リリースの1stアルバム『COLONY』だったが、最終曲でアルバム・タイトル曲でもある「colony」で、少し開かれた世界への手掛かりを残した彼ら。しばしの沈黙ののち、2022年9月リリースのデジタル・シングル「melt」で驚くべき音楽的な変化を見せ、第2章をスタートさせたのは記憶に新しい。アーティストの属人性を排した匿名的なユニットだからこそ、トマトが描く少年に対してリスナー各々が想像する余白があること、そしてその想像も含めて、この少年が青年に成長していくプロセスを疑似体験できることも、BINの音楽の重要なファクターになっている。
先行配信された「melt」、「シュシュタイト」、「朔の贄」、「Hollow」、「ハイウェイローナー」に、新曲5曲を加えた全10曲を通して聴いてみることで、また新たな発見が必ずあるはずだ。第2章の幕開きである「melt」を1曲目にセットし、音楽性の変化を印象づけていることはアルバム全体のイメージも決定づける。ネオ・ソウル的なメロウでスモーキーなホーンに導かれ、レゲエのビートで展開する曲調も新鮮だが、誰にも会いたくないという気持ちも時間と共に変化していく――孤独の殻に閉じこもる時期を越えて、蛹が羽化するようなイメージだ。さらに加速するように「ハイウェイローナー」では人ごみこそ避けているものの、ドアを開けて外に飛び出した体感が鮮やか。シンセが心地よいファンク・ナンバーで、意識してか無意識か80年代のシティ・ポップをモダナイズしたプロダクション、"ネオン"や"ハイウェイ"といったワーディングにも時代感が覗く。まっすぐでイノセントな山上のヴォーカルがジャンル感を無化する面白さもある。続く「さよなら」もシティ・ポップの持つメロディを想起させるもので、"摩天楼"や"スカイライン"という記号的なワードが「ハイウェイローナー」とひと連なりのイメージを描く。ローを司るシンセ・ベースも上モノのシンセもTのセンスを通過してきたもので、キラキラした都会というより、ちょっとスチームパンクな未来都市が浮かびそうな音色を選んでいるのも独特だ。
ハイウェイローナー - BIN (Official Video)
温かなレゲエ調の「mood」でガラッと景色が変わるのだが、アレンジャーにYuuraを迎えていることも音像に影響しているのは間違いないだろう。前作のアニメイトオリジナル特典『「NEON」アレンジCD』に収録された「NEON Yuura Arrange」も手掛けているが、まったく違うジャンルでもある種のブライトさは共通している。なんといってもサビ前のCメロでの光が溢れるドリーミーなアレンジは、本作でも飛び抜けた新しさ。痛みや傷を抱えて、1歩踏み出す心持ちを包んでくれるようなイメージが広がる。
中盤からは大陸の神話を思わせるエスニックな楽曲が続く。カタカナ表記の「シュシュタイト」だが、おそらく歌詞の内容から唱歌の「待ちぼうけ」の歌詞のもととなった中国の説話"守株待兎"からの引用だろう。現代では"楽をして儲けようと思うな"という意味で使われているようで、前半で自分の殻から外に出た主人公が、生きるうえでの学びを得ているかのような楽曲に思える。続く「朔の贄」はTVアニメ"贄姫と獣の王"の第1クール・オープニング主題歌として書き下ろされただけあり、スケール感にサウンドトラック的な荘厳さがあるのは必然だろう。本作中、最もモダン・ロック・バンドらしい曲であり、山上のヴォーカルの抑揚も大きい。
シュシュタイト - BIN (Official Video)
後半は有名なジャズ・ナンバーのリフを彷彿させるピアノが特徴的な「アンハッピーエンド」で場面が変わる。比喩的なものだと思うが、カルト宗教など信じることに依存させる、現代のそこかしこにある罠を思わせる歌が妙にリアルだ。テーマとして繋がるのが続く「Hollow」。タイトに畳み掛けるビートが緊迫感を煽るテクニカルなファンク・チューンで、嘘に塗れた関係の危うさを言葉だけでなく、アレンジや音の質量で体感させる。テンション感こそ初期のBINに通じるが、グッと生身な音像が今のBINを示してもいるようだ。
"歴史なんて勝者が作るのだから"、"正義なんて勝者が決めるのだから"――これは権威を持つ者に限らず、身近なSNSの世界にも言えるのではないか? まさにこの曲のタイトル"babylon"である。現実を前に諦めているようにも、冷静に突き放して、自分自身の価値観で生きようとしているようにも受け取れる強さも見える1曲。パッと聴きスパニッシュ・ギターのような、鍵盤の単音をチョップしたフレーズは擬似的な情熱といったイメージだ。そしてラストはアコギのストロークを軸にしたオーガニックな響きが従来の、いや、本作のBINのイメージすら更新していく1曲が待ち受けている。"Sybil"と題されたこの曲では、世界の片隅で孤独に生きる似たもの同士が、それでも寂しくないと歌っているとも取れるが、"シビル"という名前から、解離性同一性障害のアメリカ人女性を描いた本"失われた私"にヒントがあるのかもしれない。
まるでひとりの人間のように、活動のタームごとに自然な変化を見せてくるBIN。共に時間を過ごしてきたリスナーにとって、これほど本来の意味で寄り添う音楽はないんじゃないだろうか。もちろん、今からでも遅くない。自分の足取りで前に進む人のそばにBINはいる。
▼リリース情報
BIN
2ndアルバム
『Melt』
NOW ON SALE
amazon
TOWER RECORDS
HMV
PCCA-06276/¥3,300(税込)
[PONY CANYON]
※紙ジャケット仕様
初回封入特典:トマトが描くBINオリジナルステッカー(5種ランダム封入)
1. melt
2. ハイウェイローナー
3. さよなら
4. mood
5. シュシュタイト
6. 朔の贄 ※TVアニメ「贄姫と獣の王」オープニング主題歌
7. アンハッピーエンド
8. Hollow
9. babylon
10. Sybil
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