Overseas
ARCTIC MONKEYS
Writer 佐々木 健治
ARCTIC MONKEYSのサード・アルバム『Humbag』が遂に発表された。それはまさに、2000年代を締め括る作品となるだろうと多くの人が予感していたアルバムだ。
2006年、THE LIBERTINES以降のUKロックを一気に更新してしまった『Whatever People Say I Am,That's What I'm Not』。その若さと才気迸るロックンロールを、さらにヘヴィにタフにした2007年の『Favorite Worst Nightmare』という2枚の傑作は、確実に2000年代後半を決定付けた作品だった。
そして、2年の間を置いて発表されたこのアルバムで、ARCTIC MONKEYSという才能がさらにどこへ向かうのか、世界中から熱い視線が注がれていた。
しかし、先に発表されたシングル「Crying Lightning」を聴いた人の多くは、一様に戸惑っていたし、僕もその一人だ。テンポ・ダウンし、ヘヴィで深みを増したその楽曲は、僕が想像しているARCTIC MONKEYSのそれとは違っていた。(そして、明らかに大柄になったメンバーの写真にも驚かされた。)
2008年からQUEENS OF THE STONE AGEのJosh Hommeをプロデューサーに迎え、新たなアルバムの製作に入った彼ら。前作『Favorite Worst Nightmare』もQUEENS OF THE STONE AGE の音楽性から少なからぬ影響を受けたというが、そのメンバーであるJosh Hommeによって、新作でその方向性が強化されていったことは必然的なことだ。 それでも、僕が予期していたベクトルとは違う方向をARCTIC MONKEYSは向いているようだという戸惑いは一気に高まった。
そして、ここに到着した『Humbag』は、まさにARCTIC MONKEYSのこれまでのイメージを塗り替えてしまうような問題作だ。イギリスで売っているキャンディの名前だという『Humbag』。ヘヴィでスロー、そしてダーク。若々しさも、高揚感もここにはない。
だが、その戸惑いを一瞬で無効にしてしまう奥深さと自信が満ち溢れている。
「Crying Lightning」一曲では理解できなかったが、アルバム全体を通じて、抑制されたムードが漂い、ある意味で、THE LAST SHADOW PUPPETSの世界をボトム・ダウンし、ヘヴィにしたようなモノクロームな世界観がある。
じっくりと時間をかけ、様々な実験を施したというこのアルバム。「My Propeller」の強烈なドラムで幕を開け、ラストの「The Jeweller's Hands」まで、あらゆる面で変化した彼らの姿がある。
Alex Turnerのどこか物憂げなヴォーカルもヘヴィなリフも、変則的なドラムも、高揚感を煽るのではなく、どこか意図的にズレを生み出していくかのようだ。その奇妙なズレが幾重にも重なり合い、混ざり合い、ギリギリのところで調和する一瞬に、鳥肌が立つような快感がある。アルバムの中で、唯一疾走感を持つ「Pretty Visitors」ですら、執拗にヘヴィな転調を繰り返し、勢いに任せることを拒んでいる。
ARCTIC MONKEYSは、この作品で一度ダンスフロアから距離を置いた。世界中が待ち望んでいた通りの作品を作ることを拒み、自身の音楽への野心と探究心に忠実に従って、ARCTIC MONKEYSはJosh Ohmとともに砂漠の中にある実験室へと入ることを選択した。音楽性の変化を恐れることなく、自由な意志を持って、彼らはこのアルバムに挑み、全く予期せぬベクトルを描きながらも、圧倒的な作品を完成させてしまった。この奇妙なサード・アルバムは、多くの人を戸惑わせながらも、ARCTIC MONKEYSという若く巨大な才能を再び世界中に見せ付ける作品だ。そう、ダンスフロアという日常から飛び出した少年達の才能は、ダンスフロアだけで満足できるものではなかったということだ。
2000年代後半のロックンロールを塗り替えてきた張本人が、そこに留まることを良しとせず、一度その流れを断ち切ってみせた。『Humbag』は、彼らにとっても、新たな10年に突入しようとしているロック史にとっても新たな一歩だ。
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