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INTERVIEW

Overseas

X AMBASSADORS

2024年06月号掲載

X AMBASSADORS

Member:Sam Harris(Vo/Gt)

Interviewer:菅谷 透 Translator:安江 幸子

この曲は、僕に大きな影響を与えてくれた素晴らしい人物に 注目を集めようとする僕なりの試みなんだ


-ここからはいくつかの楽曲についてうかがいます。「Sunoco」はアメリカのガソリンスタンドとのことですが、イサカで生まれ育ったあなたにとってSunocoはどのような存在だったのでしょうか? "Sunocoで待ち合わせしよう"みたいな感じで使っていたんでしょうか。

そうそう。僕の子供時代はSunocoのスタンドがイサカのあちこちにあったんだ。待ち合わせ場所に使っていたね。"繁華街のガソリンスタンドで会おうぜ"みたいな感じ。そこで炭酸飲料とかタバコを買いながらどこに行くか決めて......そんな感じだった。いつも車で出掛けていたしね。小さな町だったけどいつも誰かが車を出していた。本人の車だったり、お母さんのステーション・ワゴンだったり。それで森を抜けて、ド田舎にある誰かの家に行って、心置きなくうるさくしたりしていたよ(笑)。タバコを吸ったり、酒を飲んだり......まぁ、若者ならありがちなことをね。このアルバムの中では、ガソリンスタンドは僕にとってのシンボルになった。当時からそうだったけど、待ち合わせて楽しい時間を過ごしに行こう、みたいな場所。それで繁華街に出掛けていきもした。一方そこにはガソリンを満タンにして、町を出ていく人たちもいた。永遠にね。その人たちは戻ってこなかったんだ。僕もそうしたかった。子供の頃はね。あの町を出たくて仕方がなかった。ガソリンスタンドはその象徴でもあったね。それにアップステートなんてガソリンスタンドと刑務所だらけだし(笑)......おっと、それからものすごく美しい自然に恵まれているんだ。ガソリンスタンドと刑務所も多いけどね(笑)。というわけで、ガソリンスタンドは特に際立った特徴もないまま、時空を超えて存在する場所という感じなんだ。それは大半の人にとってのアップステートの姿と重なる。どんな場所か、誰もちゃんとわかっていない場所というか。僕たちはどんな場所かわかっていたけどね。"イサカはとてもユニークな場所だよな"なんて思っていたけど......でも実際は違うんだよ。そのへんにある他の小さな町と同じ、なんてことない場所。小さなカレッジ・タウン。アップステートがどれほどユニークか知っている人は少ないんだ。"ニューヨーク出身です"なんて言うと、みんなニューヨーク・シティ出身だって思うだけで。世界有数の都市だから無理もないとは思うけどね、それに同じ名前だし(笑)。

-「Your Town」は恩師のTodd Peterson氏に捧げられた曲になっています。MVのコメントが同郷会のようといいますか、彼や、この曲を書いたあなたに対する感謝の言葉で溢れていますが、彼はどのような人物だったのでしょうか?

Toddは器の大きな人だったよ。歯に衣を着せないタイプで、こっちが避けて通ろうとしている状態にわざわざ置こうとするんだ。逆らわないほうがいい相手だね、絶対に(笑)。でも同時に、励ましてくれる人だった。厳しくも実践的な励まし方をする人だったよ。例えば、僕たちがミュージカルの振付を考えているとする。彼はダンサーで、僕が学校で入っていた演劇やミュージカルのクラブで振付をよく教えていたからね。

-中高生くらいの頃ですか。

そうだね。中学校、高校、小学校でも指導していたな。彼に"僕にはできません"と訴えると怪訝な顔をして"できないってどういうことだ? 君はこれをやるんだ。必ずね"と言ってくる。"二度とそんなことは言うなよ"ってね。(※ため息をつく真似をして)"わかりましたけど......できません"、"つべこべ言わずにやること!"みたいな感じだったんだ。問答無用でプッシュしてくる。僕たち全員を、ベストなバージョンになるまでプッシュしてくれたんだ。僕は彼のことが大好きだった。これ以上ないくらい懐の大きな人だったよ。それに初めから――僕はとてもシャイな子供だったから感情をほとんど内に込めていたけど、彼は決して、僕がやりたいことをやれないなんて思わせなかった。僕たち全員を励ましてくれたんだ。しかもいじめが始まりそうになったら、真っ先にその芽を摘んでくれた。本当に素晴らしい人、素晴らしく寛大な人物だった。だけどそれは十分に知られていなかった気がするんだ。彼が僕たちのコミュニティにもたらしてくれたものは大きかったのにね。よく知られていた、と言えれば良かったけど、そうではなかった。だからこの曲は、僕に大きな影響を与えてくれたこの素晴らしい人物に、注目を集めようとする僕なりの試みなんだ。

-あれだけコメントがあると、彼が人々に影響を与えてきたということがわかりますね。きっとどこかで見て、喜んでくれているのではないでしょうか。

そうだね。どこか宇宙の高いところ、星の彼方で、みんなの愛を感じてくれていることを願っているよ。心からそう願っている。彼は愛されてしかるべき人だから。

-「Rashad」はハンマー・ビートも取り入れたアップテンポな楽曲ですが、歌詞では少年時代の亡くなった友人のことが歌われていますね。

Rashadとは中学が一緒で、カジュアルな仲だった。同じ女の子と付き合ったこともあるんだ(笑)。僕が初めて付き合った子とは1週間くらいしか続かなかったんだけど、そのあとふたりが1年くらい付き合ってね。でも僕たちはクラスも一緒だったし、仲間だった。ところが彼は学内で起こった不慮の事故で亡くなってしまったんだ。この曲は、人間がとあるパターンに陥りやすいことについて書いている。たしかヘドニック・トレッドミルって言うんだけど、人間は"真ん中"にいとも簡単に引き戻されるという意味なんだ。すごくハイまたはローな状態から真ん中の状態に戻るのは簡単なことだ。ものすごく素晴らしいことも、ものすごく悲惨なことも起こりうるけど、"あーあ、あのときコーヒー・ショップのバリスタにあんなことを言ってしまった"とくよくよ悩んでしまう。"言わなきゃよかった"あるいは"違う言い方をすればよかった"なんて思いながらね。"お腹が空いたな、何を食べよう? 同じものばかりで飽きたな"とかさ。そういうありふれた思考や不安のことを言う。「Rashad」を書いたとき、僕はすごくバカバカしいことでストレスを感じていたんだ。SNSの投稿について悩んでいたのかな? "今週は何を投稿しよう? あのプロモーションをしようか? それとも別のこと?"みたいな感じでね。"フォロワーが減ってきている気がする"とか、とにかくバカバカしくて取るに足らないようなことを考えていた。そのとき彼のことをふと思い出したんだ。"待てよ、少なくともこうやって悩むことができているんじゃないか"ってね。彼はもうこの世にいないから、悩みたくても悩めないんだ。僕なんてこの惑星にいるだけでどんなにラッキーなんだ、と思ったよ。そういうことさ。......なのに、その日の午後になると、また同じことで悩んでるんだよ(苦笑)! ものすごいフラストレーションだったね。感謝の気持ちをキープできないなんて、自分がものすごくもどかしかった。

-わかります。

できるだけキープしようとはしているんだけどね......。でも難しいことだよ。そんなことを曲にしたんだ。今でもそのエピソードが心の中に響いているよ。

-「Women's Jeans」は思春期の心と身体のギャップや、アイデンティティの揺らぎがエモーショナルに描かれている楽曲です。

あれは今の自分の気持ちを念頭に置いて書いたんだ。今でも自分が子供みたいな気分になるからね。今自分は35歳で、どんどん歳を重ねてきている。まあ客観的にはまだまだ若いと思うけど(笑)、もう子供じゃない、大人だ。それでも14歳の少年みたいな気持ちになることがある。毎日衣装みたいな恰好をして、まるでTHE STROKESのメンバーになりきったような感じで教室にズカズカ入り込んでいって(笑)。アップステートに住んでいる、ビッグなバンドにも入っていない少年なのにさ。しかも自分のバンドは最悪ときてる(笑)。

-いやいや(笑)。

まぁほら、高校時代のバンドは大したことなかったからさ(笑)。いや、自分たちではすごくイケてると思っていたから、流行りの人物を体現しようと一生懸命だったんだ。――ただの衣装だったんだけどね。今も同じ衣装を身につけているような気になることがあるんだ。コーラス部分で"Who am I now?/What if I've changed my mind?/'Cause I'm not who I thought I'd be/Still a teenage boy in women's jeans/Trying so hard to be/Oh, oh-oh, someone else(今の僕はなんなんだ? 心変わりしたらどうなる? なると思っていた姿じゃない。今も女物のジーンズを穿いて、他の誰かになろうとしているティーンエイジの少年なんだ)"と歌っているのはそういうことだね。"女物のジーンズ"というのは、当時はタイトなジーンズは男物がなかったからなんだ。

-あぁ、そういうことだったんですね。

そう、当時は男物のスキニーがなかったんだ。それで女物を買っていた。当時のガールフレンドに"女物を買えばいいじゃない。きっと似合うよ"って勧められてね。で、そうしてみたら、"おぉ、すげぇな"って(笑)。その頃あの町でそんなことをやっていたのは他に誰もいなかったんだ。

-なるほど(笑)。続いて、「Follow The Sound Of My Voice」はお兄さんのCasey(Harris/Key)とあなたを含めた家族の関係が歌われています。あなたにとって、Caseyはどのような存在でしょうか?

壮大な質問だよ。僕は......心から兄を慕っているんだ。尊敬している。すごく愛しているし、すごく守りたいと思っているよ。ああいう兄と一緒に育っていなかったら、今の僕はないと思う。兄の存在は僕の人生や世界観にものすごく大きな影響を与えているんだ。それを考えないわけにはいかない。自分に嘘をついていることになってしまう。障害を持っている人の兄弟として育つというのは、すごくユニークなことなんだ。と言いつつ、実はそんなにユニークでもなかったりする。この曲を作るプロセスの中で同じ立場の人たちといろいろ話ができて、すごく良かったよ。あるいはシチュエーションこそ違っても、早く大人になることを余儀なくされて育った人たちとかね。僕の場合、すべてが兄貴の存在に帰するとは思わないけど、子供時代はずっと、早く大人になりたいと思っていたんだ。"今すぐ大人になりたい"ってね。今すぐ大人になって、兄や家族の面倒を見られるようになりたいと思っていた。両親も僕のことを第3の親みたいに扱っていたような感じだったしね。僕に大いに敬意を表してくれていたから、それに相応しい人間になりたいと思っていたんだ。僕も兄の成長を手助けする一員として扱われていたから、それを軽く扱うわけにはいかなかった。子供に課すこととしてはヘヴィなことなんだけどね。自分自身に課すにもヘヴィだったし......。この曲を書いたときはすごく怖かった。歌詞の内容がわかりかけていたんだ。自分がどれほどの重荷を背負っていたのかがね。でも最終的には、あの曲を書いて、中でもタイトルにもなったあのフレーズ(Follow the sound of my voice)を見いだしたことが良かった。

-それについても聞きたいと思っていたところでした。

あれはある日ふと思いついたフレーズで、すごくパーフェクトな形で言いたいことをまとめてくれているんだ。僕はいつだって兄貴を手助けしたい。それは兄を愛しているからなんだ。で、兄もいつだって僕についてくれている。ちょっと自分の中でズレを感じたときとか、自分の中で重心がどこかわからなくなってしまったときには、兄と一緒にいればすぐに地に足を戻すことができるんだ。そしていろんなことに感謝の念を取り戻すことができる。自分には視力があって目が見えること、それだけじゃなくて、もっとシンプルな話。あって当たり前と思ってしまっているものに対する感謝だね。健康、友達、家族、それから......肺呼吸ができていること......筋肉がちゃんと機能していること......自分の頭の上にはちゃんと屋根があって、腹には食べものが入っていること。まだまだあるけどね。いろいろあるけど、この曲は兄へのラヴ・ソングなんだ。いろんな形で愛情を表現している。

-あのフレーズが、最初はお母さまのセリフ、次はあなたのセリフとして書かれているところがとてもいいと思いました。そしてきっとお兄さんのセリフとしても書かれているのだと。

そうなんだよ! そこが肝心なんだ。最初は母、次が僕、最後に兄。よくわかってくれたね!

-「Start A Band」はバンドを結成する経緯が、夢への期待感を具現化したようなサウンドで描かれていますね。

それもあるけど、僕の見方としては......僕はこのメンバーでとても長い間バンドをやってこられてとてもラッキーだった。今もスロー・ダウンしたりストップしたりする気配もない。他の人たちともバンドや他の形でアーティスティックに関わってきたけど、うまくいかなかった。夢を持っていてもその夢が死んでしまう。それは本当につらいことなんだ。そもそも夢を持つ価値なんてあるのか? みたいなね。

-なるほど。

そういうことをこの曲の中では言いたかったんだと思う。そして僕の結論は、"イエス。夢を持つ価値はある"ということなんだ。それが失敗する運命にあったとしても、そして実際に失敗してしまったとしても、それでも価値がある。この曲の中には美しい無邪気さがある。歌詞の中でも――

-"10年経ったら"みたいなフレーズが出てきますね。

そう。それから、"When it all falls apart, it won't break my heart/I'll see you at the big reunion show(すべてバラバラになっても自分は傷つかない。再結成コンサートで会おう)"とも言っている。"10 years down the line, we'll make amends and we'll be friends again (10年も経てば仲直り。また友達に戻るんだ)"ってね。"And leave the past behind(過去は置き去りにして)"。そういう感じの頑固なオプティミズムって、あまりに悲劇的であると同時に、あまりに美しいものだと思うんだ。だからそういうものを曲に織り込みたくて、ああいう曲にした。ちなみにあの曲は最後の最後でアルバムに入れたんだよね。最後にみんなで一緒に書いた曲だったから。

-そうなんですね。それでもラストの「No Strings」に自然に流れ込んでいるような気がします。アルバムを締めくくるに相応しい、自由と夢を求める気持ちが描かれた楽曲です。

ああ、そうだね。「No Strings」は"現在"で終わるんだ。「Start A Band」はもっと時間軸が漠然としているけどね。あっちは未来の計画を立てているんだかいないんだか......的な感じなんだ。

-本作はパーソナルな内容ですが、リスナーの多くが思わず自分の故郷を振り返りたくなるような内容になっていると感じました。特に日本では春が新生活を始める時期でして。

そうなんだ!

-このアルバムに心が救われる人もいるはずだと思うのですが、このような意見を聞いてどう感じますか? また彼らに伝えたいメッセージはありますか?

自分の育ったところにしっかり目を向けるのは大切なことだと思うよ。そして自分がなんなのかということから逃げちゃいけない。さっきもちょっと話したけど、自分の人となりの多くは自分の育ったところから来ていると思うからね。それは決して振り払うことができない。だけど、僕たちの多くはその育ったところからできるだけ早く逃げようとしてしまうのも知っている。小さい町で育って隔離された感じがして、その感覚を味わいたくないと思ったら、大都市に行く。だけどそれでも何かが欠けているような気がしてしまうんだ。自分が蚊帳の外に置かれたような感じでね。僕もたしかにそういう気持ちを味わってきた。今僕はカリフォルニア、ロサンゼルスに住んでいるんだ。ニューヨーク・シティにも10年近く住んでいた。ここも10年近くになるけど、今でも自分が田舎者だなって思うからね(笑)。そう思わなくなることは一生ないんだろうな。でも、自分の育ったところの存在に気づいて、それを愛して受け入れるようになったおかげで、いくらかの心の平穏がもたらされたと思っている。このアルバムを聴いてくれた人も、そういうことを認識できるようになったらいいね。それから、そういう複雑な気持ちはみんな抱えているものだから、自分ひとりだと思わないでほしい。僕だってあそこで育っていた当時は全然好きじゃなかったんだから。離れたくて、出て行きたくて仕方がなかったよ。今も帰省するたびに複雑な気持ちになるんだ。今戻ったところで暮らせるかどうかも怪しいしね。それでも、あの町のことは愛しているんだ。繊細で複雑な感情だね。明快じゃない。このアルバムを聴いた人がそれを聴き取ってくれるといいなと思う。もしその人がそんな気持ちになったとしても、ひとりじゃないってね。それこそがこういうものを作った意図なわけだから。少なくとも僕は"みんなもこんな気持ちになることがあるかい? 僕は今自分ひとりのような気がしているんだ"と言っている。すると10回のうち9回は"僕もまったく同じ気持ちだよ"と反応が返ってくるんだ。

-そして今度は、このアルバムを引っ提げて各地へと向かうわけですね。今後の活動予定を教えていただけますか? できれば日本にも来てもらいたいところです。

そうなることを願っているよ! 実現したら素晴らしいことだよね。できるだけ早く再訪したい場所のひとつなんだ。