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INTERVIEW

Japanese

Honeydew

2015年12月号掲載

Honeydew

メンバー:水谷 ケイゴ(Gt/Vo)

インタビュアー:山口 智男

轟音で鳴るギターのみならず、女性ベーシストの存在やポップなメロディを歌う男女混成のヴォーカルという90年代オルタナが持っていた最良の部分を受け継いだ3人組。もともと、ダブ・エレクトロニカ・バンドのギタリストとしてニューヨークで活躍していた水谷ケイゴが始めたサイド・プロジェクトは現在、日本を拠点に水谷のメイン・バンドとしてマイペースに活動を続けているが、彼らが4年ぶりにリリースする2ndアルバム『Time to Tell』からは、活動をスタートしたときの原点回帰というテーマからさらに発展したサウンドを追求し始めたバンドの進化が窺える。

-もともとはニューヨークでChimp Beamsというバンドをやっていた水谷さんがサイド・プロジェクトとして始めたのがHoneydewのスタートだったそうですね。サイド・プロジェクトということでChimp Beamsとは違うことをやる、ということがまずあったんと思うんですけど、どんな想いからこのバンドを始めたんでしょうか?

自分が歌ってみたいと思ったんですよ。Chimp Beamsにはギタリストとして参加していたし、それ以前もほとんどギタリストとして活動してきたんです。そもそも歌が苦手だったから歌ってこなかったんですけど(笑)、すべてを自分が表現するには歌うしかないんじゃないかと思ったんです。Chimp Beamsはリーダーがトラックを作って、そこに自分のギターを乗せるという形がメインで、それはそれで楽しかったんですけど、自分が1番表現したいことをやっていないと感じたんですよ。そんなとき、知り合ったジュンコ(渡辺淳子/Ba/Vo)がアコギを弾けたので、無理矢理ベースを持たせて弾かせてたんです。それがHoneydewの始まりなんです(笑)。そこから歌詞も書いて、歌も唄い、ギターも弾いてっていうことを考えたとき、90年代にアメリカの高校に通っていたころに聴いていたオルタナティヴ・ロック熱がカムバックしてきて。あのころってトリオや4人編成で、ギター&ヴォーカル主体のかっこいいバンドが多かったじゃないですか。そのあたりの音楽には影響を受けていたので、原点回帰しながら歌うという新しいことに挑戦してみようと思ったんです。

-影響を受けたバンドって例えば?

SONIC YOUTHとかFUGAZIとかですね。たまたまそういうバンドがブレイクしてメジャーな存在になる前から聴いている友達が学校に何人かいて、彼らからの影響が大きかったですね。気がついたらそういうバンドが大きな存在になっていたんですけど、当時は"インディー・ロック"って言ってなくて、"アンダーグラウンド"ってみんな言ってましたね。そういうバンドが盛り上がる寸前から盛り上がるまでがちょうど僕自身の青春時代に重なるというか、ギターを始めてから数年後ぐらいの時期だったんです。ヘヴィ・メタルのブームが終わる寸前ぐらいにギターを始めたので、最初はMETALLICAをコピーしてたんですけど、がらっとシーンが変わって。

-オルタナティヴなロックに可能性を感じたわけですね?

そうですね。ただ、僕は当時、日本で言うミクスチャー・ロックみたいなバンドをやってたですよ。でも、それがうまくいかずに音大でジャズを勉強しちゃったんで、またちょっとズレちゃったんですけどね(笑)。まったく知らないものを学びたいと思ったんです。だからHoneydewは原点回帰でもあるんですけど、そこで学んだ音楽理論もプラスされていると思います。

-その後、2008年に日本に帰ってきて、Honeydewとして活動し始めました。

いろいろな理由があるんですよ。ベースを弾いていたジュンコが仕事の都合で日本に帰ることになって、アメリカに残った僕は向こうでChimp Beamsや別のバンドをやっていたんですけど、そのころ、ニューヨークの物価と家賃が急騰し始めて、このままミュージシャンを続けていくのは厳しいと思ったんですよ。それなら日本で音楽活動するのもありかもしれないと考えたんです。Chimp Beamsで日本をツアーしたとき、日本のお客さんの反応もよかったから、日本はいいかもしれないという甘い考えで帰ってきたら苦しむことになるんですけど(笑)。

-苦しんだというのは?

Chimp Beamsはギャラをもらったり、イベントを組んでもらったりしてたんですけど、Honeydewは日本に帰ってきてからイチから始めなきゃいけなかったから、大学生のバンドと一緒に30代になってからいきなり(チケットの)ノルマを課せられたわけですよ。あ、ゼロからのスタートなんだって(笑)。そこが苦しかったですね。でも、ロックの世界に知り合いも誰もいなかったからしかたない。Chimp Beamsのころはどちらかと言うと、クラブ・ミュージック関連の人たちしか周りにいなかったんですよね。

-帰国後は、2009年から月1~2本ぐらいのライヴをやりながらマイペースな活動を続けてきましたね?

そうですね。マイペースですけど、作品はもっと出したいですね(笑)。

-今回のアルバムも前作(2011年リリースの1stアルバム『don't know where』)から4年ぶりのリリースですよね。

自分たちで録っているからっていうこともあるんですけど、レコーディングに1年かけて、それからミックスとマスタリングを、今回はコーネリアスやオノ・ヨーコさんのバンドで活躍している清水ひろたかさんにお願いしたんですけど、清水さんは忙しい方だから、まとめてミックス/マスタリングすることができなくて、清水さんがツアーしていないときに1曲ずつやってもらった結果、全曲やるのに1年かかっちゃったんですよ。

-つまりアルバムの制作に計2年かかっているんですね。

ミックスの途中に録り直したところもあるんですけど、結果的にはそうですね。制作には1年10ヶ月ぐらいかかりましたね。でも、すごくいい作品にしてもらえたので、そこは清水さんにお願いして良かったし、大きかったと思います。音質的な意味では特に。清水さんの音を聴いて、やってもらったらいい音になるんじゃないかなと思って、Twitterを通して繋がったことをきっかけにお願いしたら期待していた以上のことをしていただけて。アメリカにいるころ、日本で好きだったのはコーネリアスとEL-MALOだったんですけど、EL-MALOの柚木(隆一郎)さんともTwitterを通して繋がってから仲良くしていただいて。ライヴにも何度も飛び入りしてもらってて、今回レコーディングにも参加してもらいました。

-アルバムを作るにあたっては、どんな作品にしたいと考えたんですか?

前回より少しだけシンセを入れて、プラス打ち込みもやってみようと思って、2曲で打ち込みも使いました。あとは前作は荒削りだったんで、もうちょっとビシッとしたものにしたいと思って、歌もちゃんと歌いました。

-その結果、オルタナティヴなギター・ロックから一歩踏み出した作品になりましたね。

もともと、Chimp Beamsはクラブ・ミュージックだったから打ち込みも使ってたんですけど、自分では作ることはなかったんですよね。たまたまTHE FLAMING LIPSにハマってたんですけど、彼らって何でもやってるじゃないですか。そういうことをやってみたいと思って、今回、試してみたんですよ。ニューヨークのオルタナのバンドってそういうごちゃ混ぜの人が多い。THE JON SPENCER BLUES EXPLOSIONもたまにループを使ってたし、あとはBECKですかね。ギターの轟音だけじゃなくて、ああいうオルタナティヴな感じに対する憧れもあったかもしれないですね。何でもやりたいことはやっちゃうみたいな。