Japanese
東京初期衝動
Skream! マガジン 2021年09月号掲載
2021.07.30 @LIQUIDROOM ebisu
Writer 秦 理絵 Photo by 横山マサト
開演5分前。間もなくライヴが始まる、という直前の段階になって、幕が下りたステージの奥からリハーサルの音が聴こえてきた。「再生ボタン」だ。フェスや対バンならいざ知らず、ワンマンで、このタイミングの直前リハとは珍しい。そんなことを考えていると、ほどなく会場にSEのTommy february6「je t'aime ★ je t'aime」が流れ始めた。希(まれ)(Gt/Cho)、あさか(Ba/Cho)、なお(Dr/Cho)の3人がステージに登場して音を合わせる。大音量の爆音がビリビリと空気を震わせるなか、続けて、勢い良くステージに飛び込んできたしーなちゃんは、早速マイク・スタンドをなぎ倒し、「高円寺ブス集合」を絶唱した。あさかの荒々しいベースに乗せて歌い出した、本編の「再生ボタン」では、"自分の居場所は自分で守れよ"というフレーズをひと際強い口調で叫んだ。
東京初期衝動が5月から開催してきた2度目の全国ツアー"サマーツアー2021"の、ファイナル公演(※延期公演を除く)となった恵比寿LIQUIDROOMは、冒頭からフルスロットルのパンク・ロックを浴びせかけ、それが最後まで衰えずに(むしろ加速して)、嵐のように突き進むライヴだった。コロナ禍のルールにより、フロアの歓声はなく、指定の位置から動くこともできなかったが、そんな制約は関係なしにステージ、フロアの双方が出し惜しみなく感情をぶつけ合う、とても美しい空間だった。
オレンジ色の照明を浴びて届けた「BABY DON'T CRY」では、歌詞に込められた切なさを増幅させるように、まれのギターが優しく歌に寄り添った。インタビュー(※2021年5月号掲載)のときに、しーなちゃんは、まれのギターを何度も褒めて、"うちらはヒロトとマーシー(THE BLUE HEARTS/↑THE HIGH-LOWS↓/ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトと真島昌利)なんですよ"と、その相性の良さを冗談っぽく言っていたが、ライヴで観ると、その表現も誇張ではないと思う。それは、まれとしーなちゃんだけの関係ではない。「ウチのカレピに手を出すな」では、まれとあさかの前のめりがゆえに調子っぱずれになるコーラスが、しーなちゃんの主旋律と痛快に絡み合っていたし、切なくてロマンチックなメロディを聴かせる「流星」や「春」では、なおとあさかのリズム隊の安定感が抜群だった。だからこそ、しーなちゃんの奔放なヴォーカルが生きる。東京初期衝動が現メンバーになったのは昨年末だが、きっとこの4人は最強だ。この日のライヴはそう思わされる瞬間が何度もあった。
しーなちゃんが大きく息を吸い、ギター1本で歌い始めたバラード・ナンバー「中央線」で会場の空気がガラリと変わった。1番は弾き語りで、2番からバンドが加わる。しーなちゃんの細身の身体から何度も絞り出される、"さよならは言わない"というフレーズを、フロアのお客さんはじっと聴き入っていた。ミラーボールの美しい光に包まれた、仄暗く艶やかなミディアム・テンポ「blue moon」から、まれのループするギターが口火を切った「愛のむきだし」へ。中盤は、東京初期衝動がパンク・ロックという枠だけにとどまらない、器の広いバンドであることを感じさせるタームだった。
一曲一曲が、今この瞬間に届けなければならないという切実さをもって響き渡ったライヴのクライマックス。なおがいるドラム台の前で3人が向き合って、疾走感あふれる直球の青春パンク「STAND BY ME」を届けた。"君は強いから"、そして、"私は強いから"と互いの強さを優しく認め合うしなやかなエネルギーを湛えたその歌は、何かをあきらめ、何かを失い、何かと戦うために、この場所を選んだ人たちが集まる"ライヴハウス"という場所にとてもよく似合っていた。
言葉にならないバンド内コール&レスポンスから、ぶっ壊れたテンションで突入した「黒ギャルのケツは煮卵に似てる」で、しーなちゃんは上着を脱ぎ捨てて、スポブラ姿になった。ステージを激しく動きまわり、足がもつれて盛大にひっくり返りながら、それでも歌い続けた過激な高速チューン「兆楽」で、しーなちゃんは"もっと!"と、満たされない想いに突き動かされるように叫んでいた。そのままマシンガンのような勢いでなだれ込んだラスト・ソング「ロックン・ロール」まで、本編13曲にMCはなし。だが、そのステージに言いたいことはすべて詰まっていた。東京初期衝動のロックは、どんなときも、それを求める人のための無敵の居場所であるということだ。
"壊れる準備はできていますか?"。そう問い掛けて、しっとりとした歌い出しから急激にエモーショナルが爆発する「Because あいらぶゆー」と、バンド名を冠したピュアなロックンロール「東京初期衝動」から始まったアンコール。ここも、おまけ感は一切なかった。地上波出演も果たし、バンドの新機軸となった陽キャ系サマー・ソング「さまらぶ♥」では、あさかとしーなちゃんが1本のマイクで顔を近づけて歌い、新たな武器も完全に自分たちのものにしていた。
"最後の曲です"。そう言って、本編の最後に演奏した「ロックン・ロール」を、本編以上に、すべてを注ぎ込んで終演。......かと思いきや、ここでBPMを尋常じゃないほど上げた爆速バージョンの「高円寺ブス集合」を投下した。さらに、"「流星」と「再生ボタン」が気にいらなかったから、もう1回やるよ"と本編でやった2曲を再び披露した。正直、本編で何がダメだったのかわからないのだけど、しーなちゃんの中の正解に辿り着けていなかった、ということだろう。一見誤解を抱かれがちなタイプだが、そういう不器用なまでの音楽への誠実さも彼女の魅力のひとつだと思う。
すべての演奏が終わったあとも、さらにアンコールを求める手拍子が鳴り止まず、再びしーなちゃんがステージに戻った。終演BGMの森田童子「ぼくたちの失敗」を少しだけ歌って"バイバイ、ありがとうございました"と、再びステージを去った。最後まで多くは語らない。そんな姿も粋だった。
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