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LIVE REPORT

Japanese

小林私

Skream! マガジン 2024年01月号掲載

2023.12.15 @渋谷WWW

Writer : 石角 友香 Photographer:小林弘輔

8月のワンマン・ライヴの際に強く感じ、本人もMCで語っていた"なぜ今、ここで(不特定多数に向かって)歌っているのかわからない"という、目的が明快な表現者とは根本的に違うであろう小林私というシンガー・ソングライターのモチベーション。今回は小林の主催で構成作家 もののけの演出も入る形での公演である。事前にあらすじも公開され、それによると、小林は"家主"であり、彼の部屋を軸とした1日の出来事が展開するようだ。黒子首とライヴで共演した夢を見た小林。そこに旧友の黒川侑司(ユアネス/Vo/Gt)が訪れたり、レトロリロンのメンバーが遊びに来たり。そこに1本の電話がかかってきて......という流れだ。実験的なライヴであると同時に、小林の"なぜ今、ここで歌っているのかわからない"という"?"は"物語が存在するから"という理由によって半ば解消されているんじゃないか? というのが今回の公演に関する見立てである。

以下、配信アーカイヴが1月13日まで視聴可能なので、ネタバレを回避したい方はご注意を。

最初にネタバラシしてしまうと、約3時間に及ぶ公演の中で、小林単独の歌唱は4曲のみ。コラボが5曲。それに対してゲストの黒子首とレトロリロンは各々6曲。小林の歌が目的なら成立しないが、それ以上に小林のフィロソフィーという部分では大いに納得のいく構造を持っていたのが面白いというか、小林ともののけの策に完全にやられた感だ。

鳥のさえずりのSEから舞台はスタート。おそらく1日の始まりを示しているのだろう。一番手の黒子首はリアルに対バン・イベントのていで登場し、小林のファンに向けての挨拶として、堀胃あげは(Vo/Gt)は"初めまして"と告げて「リップシンク」でスタート。堀胃独特の言語感覚や、いい意味で凸凹したメンバーのバランスは小林の感性とも共鳴するのだろう。ライヴの人気曲「トビウオ愛記」ではコール&レスポンスも促し、すっかり黒子首のペースにフロアを巻き込む。5曲披露したところで"今日は特別なゲストをお呼びしています"と小林が招き入れられ、オタク資質全開の自己紹介にフロアは沸きつつも、堀胃が歌い出すことで黙らせる形に。この辺り、どこまでが台本でどこからがアドリブなのかわからないのも目が離せない。2組のコラボはポップなファンクネスが小気味よい黒子首のオリジナル曲「Champon」で、なかなか聴かせるデュエットや、小林のヴォーカルの巧みさも味わえるのだが、彼は絶対顔を上げないのだ。その様子はコラボというより、バンドをバックにしたカラオケ状態の大学生といったイメージだった。

場面変わって、舞台は暗転。聴こえてくるのは小林の寝息といびき、そして夢の中のストーリーだ。夢にありがちな脈絡のなさはピンチな場面での野球選手に始まり、追っ手から逃れてきた父親との会話へ。この父親との会話がよくできていて、父親の再婚相手の特徴に対する小林の返しがすべて"バリヤードか、バリヤードじゃないか"に終始するのがおかしかった。個人的には屈指の音響を誇る(渋谷)WWWのファンクションワンのスピーカー・システムから、いびきが延々流されていたことがツボに入ってしまったのだが、多分3~5分ぐらい、いびきが流れ、ちょっとトランシーな感覚に陥ってしまった。

舞台が明るくなると、部屋らしき場所で布団から起き上がる小林。"黒子首とライヴできる日来るかな? 無理だな、キモいもんな"と、先ほどの事柄が夢だったことがわかる。そこでいよいよ小林の弾き語りとあいなった。"昔作った曲があったな"と、「生活」を淡々とした調子から徐々にがなるように歌うと、いきなり実演の色が濃くなる。が、すぐさまリアルに起きた手拍子を"この部屋、手拍子の幻聴が聞こえるんだよな"と、演出に組み込む。あくまでもここは彼ひとりの部屋なのだ。もう1曲はオーガニックなグルーヴが印象的で、少し山下達郎テイストもあるカッティングの新曲だった。いわゆる流れのあるライヴと違い、1曲ごとの個性に自ずとフォーカスできた。

そこにユアネスの黒川侑司が郵便配達員役で小林宅を訪れる。旧友という設定で、今は音楽から離れているらしい。ヘルメットを被ったまま、さらりと素晴らしいヴォーカルを聴かせる黒川に思わず笑顔の小林。小林の「花も咲かない束の間に」ではデュエットし、この曲が持つ刹那の美しさが他者の想いと声によって普遍的なものに拡張される心地を味わった。これは恐らく他の曲では成立しなかったのでは。ところで黒川が配達した荷物の中身は出演者のグッズだったというオチも。さらにレトロリロンのメンバーも小林宅を訪れ、客人にもかかわらず、部屋の片づけを強要される。このシーンで一番の笑いを掻っ攫ったのはクローゼットに小林によって監禁? されているおこめたべお。実は彼がキーマンであることがラストで判明するのだが。

小林がコンビニに買い出しに行った最中にレトロリロンの涼音(Vo/Ag)が受けた電話はなぜか知り合いのプロデューサから、いきなり当日、穴が空いたライヴへのオファー。そこで小林も連れて、2組で出演することを約束してしまうのだが、戻ってきた小林は人前で歌う経験が浅いと不安がる。そこでの涼音のアドバイスは"笑顔でハキハキ「いらっしゃいませ!」"、小林は"接客業なの?"と返す。"どうにもならないときは助けを求めたら、みんながんばれーって返してくれるから"と、実地で練習した際のシュールさはこの日のハイライトのひとつだった。

急遽代打を務めるという設定でのレトロリロンのライヴはリアルと芝居の境界で、涼音のフレキシブルな対応力にオーディエンスも応援モードに入っている。だが、演奏を始めると完全に彼らのペースで、「ヘッドライナー」や「Document」など、洗練されたポップ・ファンクで畳み掛ける。彼らが演奏すると、どんな目的でこの場所に集まったオーディエンスもほぼ踊ることに抵抗がなくなるようだ。ライヴらしいアッパーな部分があるからこそ、この物語調の構成も間延びせずに楽しめるわけで、しかも音楽性は違っても何を面白いと感じるか? のセンスが通じている小林とレトロリロンだからこそ成立するライヴでもある。その傾向は8月の公演より強まった気がした。

いよいよ小林が観客を前にして歌う場面。ここからは芝居ではないのかも? と「風邪」を歌う彼に注目してしまう。歌の内容よりどのスタンスでいるのかが気になるという本末転倒が自分の中で発生してしまう。すると、涼音に言われた通り、意を決して"いらっしゃいませ!"と挨拶。大切に思っていることをMCでは話せというアドバイス通り、満月がふたつある夜に失くした鍵は祖母が持っている、下三桁が"333"のメール・アドレスは受け取ってはいけないなどを呪文のように唱え始めたり......。ちなみにこれは最初の夢の場面でも登場した台詞だ。2曲目は「HEALTHY」。何もかも良くも悪くもないような、何を手に入れても嘘くさいような異様にリアルな焦燥が、個人的にはこの歌と演奏では確実に感じられた。歌い終えた彼はいたたまれないような素振りから、"助けてー!"と叫び、練習通りフロアは"頑張れー!"と返す。まるで新しいコール&レスポンスじゃないか。いずれにせよ、曲振りに自分語りをするエモいライヴの定石とは真逆のアプローチであることは間違いない。

無事、代打のライヴを終えた小林とレトロリロンは小林のリクエストでレトロリロンの「Restart?」でコラボし、ラストは"また「ラグナクリムゾン」のEDになったらいいなって言ってた曲だよね?"と、この時点ではそれが現実であることを知らされていない状態で、小林の作詞作曲、レトロリロンの編曲作である「空に標結う」が初披露されることに。涼音の"あの家の中でやってたことをここにぶちまけてやろうぜ!"という台詞はこの物語の核心でもあり、小林私というアーティストのスタンスをも物語っていて秀逸だった。

カーテンコールで小林は"途中から自分が誰なのかわからなくなりましたけど"と、リアルと役が混在していたことを明かしていたが、いつもの曲と無関係なMCとは違い、演出とはいえ、小林の背景を窺わせる物語は結果的にシンガー・ソングライター 小林私を明確にプレゼンテーションしていたのだ。ちょっと他のアーティストに実現できる気がしない"長い一日"だった。

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