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LIVE REPORT

Japanese

小林私

Skream! マガジン 2021年04月号掲載

小林私

2021.02.28 @渋谷CLUB QUATTRO

Reported by 石角 友香 Photo by かわどう

もしかしてこれは"小林私"という固有名詞のついたインスタレーションなのではないか? と終演後に思った。一応、シンガー・ソングライターとして音楽活動を行っている小林ではあるが、そもそもの登場の仕方はYouTubeでの自室(かなりカオティックに散らかった)からのオリジナル楽曲や、カバーで確認できる、"閃きが次の閃きを連れてくる"感じの動画配信。それはゲーム配信などにも顕著だ。加えて、現役美大生でもある。人間、誰しもそうだと思うが、一側面だけでその人すべてを認識することはできない。だが、ある場面、この場合、ステージで演奏しパフォーマンスをする場合の一定の様式はある。しかし、この日の小林は通常(通常ってなんだ? という疑問はさておき)のバンド・スタイルでのライヴ・ステージという定石を見事に逸脱していた。前回、昨年10月の渋谷WWWのワンマンでは、ひとりきりで18曲演奏したとレポートで読んだことがある。ということは、彼はライヴに再現性を求めていない、もしくは同じことをやる意味を感じていないのだろう。しかもこの日は昼夜2部制で、昼公演はひとり、夜はバンド・セット。自ずと似たようなことの再生産は避けるだろう。

というわけで、これからアーカイヴを観ようとしている人で白紙の状態のままでいたい人は、以下のレポートは視聴後に読んでいただけると幸いである。

結論を言うと、初のバンド・セットで彼は1stアルバム『健康を患う』の楽曲のみを曲順通りに演奏した。バンド・アレンジを加えた同作の披露を主眼に据えたライヴとしては明快この上ない。ただ、音源の尺で言えば30分に収まる。もちろんライヴなので、MCを挟んだり、若干のライヴ・アレンジが入ったりで長さは変わってくるだろう。しかし、持ち時間は90分。どうしたのかというと、全曲、演奏後に話題のポイントが飛びまくるMCが挟まれ、演奏で得られたカタルシスや、衝撃が毎回リセットされていく印象だったのだ。これはすべて意図されていることなのか、もしくはある種の照れなのか。無論歌い、演奏することが軸にあるのだが、"付与された時間を表現に充てるとき、何がベストなのか"を彼はおそらくその都度決めるのだろう。

前置きが長くなってしまった。しかし、言いたい(書きたい)ことの要点はほぼ上記の通りでもある。以下はいわゆるドキュメントとしてのレポートだ。

サポート・メンバーであるイワブチコタロウ(Gt)、ねはん(Ba)、篠田"しのぴ"千寿(Dr)が暗転前から位置につき、演奏が始まったところに登場した小林はいわゆるヲタ芸的なアクションで、スタンドマイクのピンヴォーカル・スタイルで「風邪」を歌い始める。若干バンドの音に埋もれている感もあるが、喉を鳴らすような地声から張り裂ける高音まで、身体の内側から引きちぎって放出するような歌唱だ。しかし、孤独な内面を歌いながらアクションはロック・スター的なそれ。理解が追いつかないというか、自分の固着したイメージが剥がされてもいく。同じくアクションつきで「HEALTHY」を歌い終わると早速"8曲やります"と明言。ライヴハウスには1時間半持ち時間を付与されているが、どうしたものか。観に来てくれた人は好きで観にきたであろうが、自分は仕事でもあるので、早く終わらせたい気持ちもある、と。その間に柳家喬太郎が好きで、"午後の保健室"という噺が好きだと言っていたが、小林のこの日のライヴも恐ろしくまくらの長い落語のようでもあった。このMCのタイミングで冒頭から大いにアクションしたことで暑さをアピール。グッズのスウェット着用済みで、"ロンTかと思ったらスウェットで暑い"という宣伝を挟んでいた。

ホワイトノイズのようなSEから始まった「悲しみのレモンサワー」からは、エレアコを抱えて歌唱。哀愁と切なさをたたえながら、その実、自堕落なだけなのかもしれない白日夢っぽいこの曲で、ようやくヴォーカルの輪郭がしっかり聴こえてきた。さらにメロウ・グルーヴとチルアウト・ヒップホップ・テイストもある「スープが冷めても」。おそらく我流なのだと思うが、耳がいいのだろう。R&Bで用いられるフェイクをうっすら忍ばせて、喉声でも、テクニカルに色気のあるフロウを生み出していく。

若干うっとりしていると急転直下、今、弾いていたエレアコの安さに言及。"4万のエレアコで初めてクアトロ(渋谷CLUB QUATTRO)のステージに立った男"と、自虐のような単に事実にも思える発言が。続いて、多摩美大生である彼は、東京の美大の修了展である"五美大展"に提出した作品をこの日、搬出しなければいけない旨を説明。ライヴなんかやってる場合じゃないと言わんばかりに"このあと、行けば間に合うかも。もう帰ろうかな"と笑わせる。が、そんな小林の喋りを一刀両断するようにドラムがカウントし、「恵日」へ。ヘヴィ・ロックとも歌謡ロックとも取れるアレンジの上を這うように、最悪な体調を呪うように歌い、快晴との対比を描いていく。エレジーのような聴感に覆われるほど、実はスタイルとしてのヘヴィでダークな楽曲の追求なのでは? という気がしてくる。まったくトリックスターだ。

そのあと、ピンヴォーカルは6年ぶりという話題から、高校時代に結成しベースと大喧嘩の末、解散したバンドの名前(mont-blanc!)のサムさに触れる。また、リハでSEからクリック音が消せない事態が起こり、"本番でもクリック流したままでもいいかと。それをみんなで聴くっていう"アイディアもあったと話し、「泪」へ。ライヴ・アレンジが施され、ローが効いたベースがフロアの空気を変える。音数の少ないアレンジだと小林の声色の変化や、音楽的な運動神経抜群のフロウがよく聴き取れた。我流で身につけたものだとしても、メロラップ的なものからこぶしとドスの効いたブルース調まで、意識で声をコントロールできるという事実は変わらない。そして、ジャンルと歌詞の内容の乖離もまた小林の歌の醍醐味だ。

いよいよ曲数が残り2曲となり、意外なことにバンド・スタイルの定石としてメンバー紹介をするのだが、紹介するたび全員に"かわいいでしょう? 年上なんです"とつけ足していくのは何か元ネタがあるのだろうか。比較的長い付き合いのイワブチから、まだ打ち解けていないというねはん、そしてここにいるオーディエンスも"そういうのなんだっけ?"と言いつつ、プチ・カルト集団感を醸して「共犯」へ。怒気を孕んだR&Bヴォーカルというのは限りなくラッパーに近い印象だが、自己への猜疑心と、その猜疑心に共感する者を巻き込みつつ、最終的には"目の前の 箴を/疑え"と歌う。箴(はり)=戒めを疑えということは結局、聴き手を共犯に仕立てるより、むしろ手放しているのではないか。小林の歌はこうして聴き手をぽつねんとひとり残すパターンが多い。

歌詞を咀嚼しつつ、MCで唐突に歌のキャラクターから一転する気ぜわしさに追いつこうとしている間に、もうラストの1曲「生活」へ。現行の物語調の音楽と称されるポップスに通じるキャッチーなメロディや、口語調の歌詞、軽快な16ビートがポップだ。"生活"とタイトルされているが、ここで歌われているのはいわゆる必要最低限の生活の余剰のようなものだと感じた。そして、それこそが小林が体現しているあらゆるアートなんじゃないかと思うのだ。

付与された時間より30分巻きで終演し、1曲ごとに感情を揺さぶりつつも、物語のピークを作って感動なり共感なりを醸成することない、ただこの日の小林私という現象を確認した、というのが正直な感想だ。解釈と消化は受け手に委ねる。結果的に泣けたり、ストレス発散型だったりのライヴもいいが、そう簡単に他人が答えを授けてくれるとは思えない。少なくとも2021年というこの時世にあっては。その皮膚感覚に非常にフィットするアーティストであることは確かだった。

LIVE STREAMING INFORMATION
"小林私ワンマンライブ"

配信チケット ¥1,200
受付期間:~3月3日(水)18:00
視聴可能期間:~3月3日(水)23:59
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