Japanese
キミノオルフェ
Skream! マガジン 2018年09月号掲載
2018.07.15 @恵比寿ザ・ガーデンルーム
Writer 杉江 由紀
芳醇なる歌声に満ち溢れた穏やかで美しく優しい時間が、その空間にはゆっくりと流れていた。いわゆるライヴハウスでもなければ、コンサート・ホールともまた違う、少しばかり不思議で珍しいかたちのその場所で。私たちは、彼女の甘美な歌にひたすら浸るだけの贅沢な時間を過ごすことを許されたのである。
6月に1stアルバム『君が息を吸い、僕がそれを吐いて』を発表したキミノオルフェが、このたび恵比寿ザ・ガーデンルームにて開催したワンマン・ライヴ"半径3メートルのキミへ"。これは客観的に見てかなりイレギュラーというか、斬新というか、大胆なアプローチによる公演だったのではないだろうか。
まずは会場設営のかたちからしてとても変わっていて、場内の中央に円形の大きなカーペットが敷いてあり、客席はそれをぐるっと取り囲むように設置されているというシチュエーションで、しかも全席が最前列から5列目以内には収まる距離感にて作られていたのだ。おまけに、ステージとおぼしき円形エリア内に段差のようなものはまったくなく、あるのは前述したカーペットのみ。その上にはスタンド・マイクを囲むようにしてドラムやキーボードなども置かれており、言うなればプライベートな音楽サロンのような雰囲気を醸し出す特殊な場が、そこには生まれていたと言える。
"みなさん、ようこそ。私の歌はキミの歌です。今夜は最後までゆっくりと、お座りになって聴いてくださいね"。
真っ白な生地をたっぷりと使った衣装を纏って現れたヴォーカリスト 蟻がそう言うと、ライヴはアルバム『君が息を吸い、僕がそれを吐いて』のリード・チューンである「君が息を吸い僕がそれを吐いて廻せこの星を」からスタート。サポート・メンバーも全員が白い衣装であることも影響しているのか、視覚情報を制限されるような感覚があって、ひたすら音に集中できる感じがなんだかやたらと心地よい。
"「半径3メートルのキミへ」ということで、みなさんは今私から半径3メートルちょっと先にいます(笑)。ここにある円がちょうど半径3メートルらしいです"。
蟻いわく、3メートルとはその空間にいる人の存在がとても近く感じられるものであると同時に、舌打ちでもしようものならそれさえ聴こえてしまうような、とても微妙な距離であるということらしい。ちなみに、最初は"その半径3メートルの中に客席もすべて収めてしまいたい"と蟻はオーダーしたそうだが、それについては運営側から"安全上の問題も含めて不可能"であると一蹴されてしまったとのこと(笑)。
要は、それだけ近い距離で生々しい歌を届けたいというのが、今回のライヴにあたっての彼女の大きな望みであったということだろう。実際、今宵この場で聴けた歌はどれもすこぶる実存性に長けており、ライヴという言葉の意味合いをより強く感じることができた気がする。また、曲によってハンドマイクとスタンドマイクを使い分けながら、歌をもって繊細な感情や目に浮かぶような情景を次々と描き出していく様から、蟻のヴォーカリストとしての力量をまざまざと見せつけられた思いがしたのも間違いない。
"今日はなんの日だったでしょうか。なんの日だったかなぁ。えーと、誰かの生まれた日だったかもしれない。そう、私です(笑)"。
アンコールにて「おやすみまた明日」が演奏されたあとには、この当日がちょうど蟻の誕生日ということで、サプライズ的にバースデー・ケーキが登場するというひと幕もあり、オーディエンスとともにホーム・パーティーで彼女の誕生日を祝う的なムードが生まれたのも、このライヴならではの特徴だったと言えそうだ。
かくして、アンコールのラストには"今日が誕生日の私は、みんながなんでも言うことを聞いてくれる不思議な力を宿しています(笑)。最後は、ぜひみなさん立ってみてください。そして、最初に戻ります"という蟻の言葉から「君が息を吸い僕がそれを吐いて廻せこの星を」が再び演奏されることに。
この曲の歌詞のとおり、"君が息を吸い、僕がそれを吐いて"ということが互いに感じられるくらいの距離感。つまり、半径3メートルに限りなく近い空間で綴られたライヴは、芳醇なる歌声に満ち溢れた穏やかで美しく優しい時間を私たちにもたらし、幸せな気持ちにさせてくれたのだ。良き歌と良き夜がそこにはあった。
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