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LIVE REPORT

Japanese

illion

Skream! マガジン 2016年09月号掲載

2016.07.25 @新木場STUDIO COAST

Writer 沖 さやこ

illionとしてステージに立つ野田洋次郎は、森に生息する精霊か何かに見えた。音に身を任せて身体を動かす様子は、太陽の日差しを浴びるようでもあり、水の中で泳いでいるようでもあり、とてもナチュラルだ。そんなことを考えていると、彼はライヴ中盤のMCで"気まま"という言葉を何回か発した。まさにそのとおり、音楽にすべてを捧げるほど音楽が好きで好きで仕方がないひとりの青年が、音の中に潜ったり、引っ掻き回したり、寄り添ってみたり、気ままに音楽を楽しんでいた。ただそれだけなのに、彼は終始空間を支配していた。どんなに知恵を振り絞り、作り込んだエンターテイメントでも、天性の才能を持つ人間の無邪気さにはかなわないのかもしれない。

"FUJI ROCK FESTIVAL '16"にて日本初ライヴを行ったillionによる初ワンマン・ツアー。オープニング・アクトとしてMC、トラックメイカー、DJ、シンガー、サウンド・エンジニアなどで活躍中のPUNPEEがDJセットで登場した。彼はRADWIMPSの「おしゃかしゃま」と自身のグループ PSGの「かみさま」をマッシュアップさせたり、自身の楽曲でラップを披露するだけでなく、SHUREN the FIREの楽曲に乗せてラップで自己紹介をしたり、客層やillionのカラーに合わせてか、NIRVANAやOASIS、ゆらゆら帝国、ナンバーガールを流すなど、様々なアプローチでフロアの熱を上げていく。普段とは違う体験に、ステージもフロアもお互い胸を高鳴らせているように見えた。

illionは5人のサポート・メンバーと共にステージに現れた。メンバーはドラムスに川崎昭(mouse on the keys)、ベーシストとして栗本ヒロコ(ex-毛皮のマリーズ)、ギターは長岡亮介(ペトロールズ)、キーボードとサンプリングにDean Deavallというロンドン初ライヴ時もillionのサウンドを支えた面々に加え、このライヴのためにギターを始めたギタリスト歴2ヶ月というチェリスト 林田順平という強者が揃う。野田洋次郎が"こんばんはSTUDIO COAST、illionと申します。どこまでも上がってこうかい!"とフロアに声をかけると、メランコリックなマイナー・コードのピアノのイントロで幕を開ける「LYNCH」。『UBU』という1stアルバムは打ち込みと生楽器で作られたものだったが、やはり生楽器が主体の生演奏にもなるとサウンドもかなり肉体的だ。野田はカラフルなエクステンションを髪につけ、ゆったりとした全身白の衣装に身を包む。音に身を委ねるように身体をしなやかに動かす姿は、子供のような佇まいでありながら色気がある。その様子が性別も年齢も感じさせない、それこそ冒頭で言った精霊のようだったのだ。彼は"STUDIO COAST元気かい!? (フロアとの距離が)めっちゃ近いな、めっちゃ近いな!"とはしゃぐ。ライヴハウスの中でも最大規模を誇るSTUDIO COASTを"近い"とは、ビッグ・アーティストならではの観点だ。RADWIMPSではなかなかできないことができるのもソロ活動の魅力だろう。コール&レスポンスを行ったあとにポップな装いの「PLANETARIAN」、プログラミングと生音、そのふたつに生まれる隙間を効果的に聴かす「MAHOROBA」と、野田は絶妙な声のギミックで情景を作っていく。これまで見たことのない美しさを持つ森の中にいるような、非現実感とも違うオーガニックな新体験をしていく感覚はなんとも不思議だが、隅から隅まで心地いい。

"まだ(みんなが)聴いてない曲をやっちゃってもいいですか?"とタイトル未定の新曲を披露。ゆったりしたテンポにリズム・パットの音とかわいらしいキーボードの音色にキャッチーなメロディが重なる。『UBU』というアルバムのサウンドが東洋ならば、この新曲は西洋だろうか。口笛を入れるなど、ラフなポップ・センスを持つ曲だった。チェロの音色が陽だまりを感じさせる「ESPECIALLY」のあとは、音源ではゲスト・ヴォーカルにクラムボンの原田郁子を迎えた新曲「Water lily」。ディープでありながら爽やかで、彼の心や概念、記憶の中を泳いでいるような感覚になる。無理のない彼の歌声が、さらにそうさせていた。
「FINGER PRINT」は遊び心に富んだヴォーカル・ワーク。ロック色の強いサウンドも相まって、ジャム・セッションのようだった。野田は"まだまだ上がっていけるかい?"と呼び掛けると、"今一番かっこいいと思っているラッパー"という5lack(※PUNPEEの実弟でもある)を招き入れ新曲を披露した。メロウなテイストにRED HOT CHILI PEPPERSのようなミクスチャーのセンス、そこにチェロとピアノが顔を覗かせるなど、かなり度量が大きく自由な曲。音楽的なセンスの高さもillionの魅力だが、それはすべて野田の音楽に対する愛情と探求心から来るものだろう。"かっこいいと思うものを全部詰め込んでみたらこんなものができたよ"と提示してくれるようでもあった。

"作っておいてこう言うのもなんだけどillionの曲ってすごく難しいんだよね"、"次の曲はどう踊ったらいいかわからないけど気ままに好きにやってください。俺も気ままにしかやらないから"と言い、野田がギターを抱えて演奏された「γ」は、テルミンのような機材も導入し、野田の手の動きとともにノイズ音が発せられていた。「BEEHIVE」は野田がギターを抱えてトリプル・ギター編成。野田がピアノを弾いた「BRAIN DRAIN」はクラシカルなロックの要素が混ざるなど、楽曲ごとに相応しい形態で演奏を続けていく。
"次で最後の曲です"という言葉に会場から終演を惜しむ声が響くと"だってしょうがないじゃん、アルバム1枚しか出してないんだから"と笑わせる。すると彼は、illionを始めた大きな理由は2011年3月11日に起こった東日本大震災だったと語り始めた。あの出来事をどう解釈して生きていくのがいいのかわからず、あのときに感じたもどかしさ、眠れなさ、どろどろ、心臓のばくばく、失われていったたくさんのもの、やがて忘れてしまうだろうあの瞬間に対して"どうしたらいいんだろう?"と思いながら、ひたすらスタジオにこもり作ったのが『UBU』だという。"今のillionは新たな実験の場でもあって。通り過ぎてしまうような一瞬の想いをillionの音楽には閉じ込めていきたい"と語ると、"オフな自分だから、もしかしたら人に見せるべきものではないかもしれないけど"と前置きしながらリスナーに感謝を伝えた。そのあとに演奏された「GASSHOW」は、鎮魂歌のようにも聴こえ、新しい生命の誕生を喜んでいるようにも聴こえた。『UBU』の楽曲に宿る生命の力強さは、一瞬の想いを掬い取ったからこそ生まれるエヴァーグリーンな感覚なのかもしれない。

アンコールでは"アンコールで呼ばれてもやれる曲がなくて。だから作ったよ!"、"レコーディングも何もしてないぴちぴちの新曲"と野田が話し、再び5lackが登場し新曲を披露。ピアノがループする都会的な楽曲だった。"やべー、楽しい! 歌わないで音に合わせて踊ってるって楽しい! いつもやってたい!"とはしゃぐ野田は"illionが違うフィールドの音楽の交流の場になったり、ここからあなたたちが知らない音楽を聴くきっかけになれたら嬉しい"と告げ、最後は「BIRDIE」で眠りにつくように穏やかに締めくくった。illionの純粋でとめどない音楽的欲求と音楽への愛情は、泉のように湧き続けている。改めて野田洋次郎の持つ才能に舌を巻き、恐れ入った。

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