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LIVE REPORT

Japanese

佐藤千亜妃

Skream! マガジン 2023年11月号掲載

2023.09.16 @LIQUIDROOM ebisu

Writer : 石角 友香 Photographer:田中聖太郎

この人にしかできない歌声と言葉の表現、それがどんどん自由になっていくプロセスを経て、結実した3rdアルバム『BUTTERFLY EFFECT』のリリース・ツアーが東京と大阪で開催された。ここでは見事にソールド・アウトした東京公演をレポートする。

波や線香花火などの映像が背景に映し出され、ステージは仄暗いなか、気配を探るように音数を絞った「ECLOSE」でスタート。ビート・ミュージックに傾倒した『BUTTERFLY EFFECT』の音像を生音に置換できるのは大井一彌(Dr)や、まきやまはる菜(Ba)の緩急の効いたプレイあってこそ。冒頭からこのバンドのポテンシャルにため息が出る。続いてもアルバムから「タイムマシーン」を披露。宇多田ヒカルの「Automatic」のイントロやビートをサンプリングし、過去と現在を繋ぐアレンジが生でもリアルに伝わる。明るく派手な夏の夜ではなく、秘めた気持ちと何かが動き出すスリルが拮抗するような選曲は「真夏の蝶番」で、夏の終わりを感じさせる。佐藤千亜妃のブレッシーなヴォーカルや語るような三連フロウに身体だけでなく気持ちも揺らめき、フロアもゆっくりグルーヴし始めた。歌い終えると、"夏の扉を閉めに来ました。「Summer Gate」、踊ろうよ"とMCし、センシュアルさとストイックさがないまぜになったような両義性に佐藤千亜妃という表現者の稀有な個性を見た。回るミラーボールと自然に起こるクラップが場のムードを解す。

バンド(きのこ帝国)時代からLIQUIDROOMが特別な場所であることを話した彼女。単に満員のフロアが嬉しいだけじゃなく、様々な時の映像が脳裏を掠めたんじゃないだろうか。その流れで1stソロ・シングル「Lovin' You」というのはしっくりくる。小川 翔(Gt)が彼の持ち味を生かしたギター・ソロを弾いたことで今のアレンジになった印象だ。90'sっぽいシンセ・リフと端正なビートを持つ「CAN' T DANCE」は音源以上に研ぎ澄まされたアレンジで、どこかJames Blakeバンドのようでもあり、高低差のあるメロディも際立つ。ヴォーカリストとしての幅を堪能させたのは続く「太陽に背いて」での、グッとジャジーで胸苦しいようなマイナーのAメロだった。派手な演出はなくとも、佐藤のヴォーカルと、その感情につかず離れず、情景を喚起するような演奏はそれ自体がスリリング。リラックスして音に集中できるという、極上の体験なのだ。

盛夏から晩夏の夜を擬似体験するようなセットリストは続く「花曇り」で晩春に少し前の出来事を思い出すような切なさで空間を包む。和のメロディを思わせる、それに丁寧に乗る歌が胸苦しい。ハイスツールに座って歌う「1DK」はひとりきりになってしまった部屋の広さがリアル。でも、レイドバック気味の力の抜けたビートは悲しみというより、カラフルな時間を愛しむように届いた。様々な時期のレパートリーがこれほどお互いに作用して物語を構成していることに感銘を受ける。

今年の7月でソロ活動5周年を迎えたこと、その時間の中で大半を占めてしまったコロナ禍ではあるけれど、様々な人との共作やコラボも経験できたという彼女の視線はすごく前向きだ。そんなコラボの中から、又吉直樹のYouTubeチャンネル"渦"の中で、彼の小説"人間"にちなみ、1年をかけて共作した、又吉作詞/佐藤作曲による「日常みたいな」を小川のアコギのみで披露した。他者の言葉であるけれど、どこか佐藤の弾き語りスタイルであるクガツハズカムを思わせる忌憚のない人への視線を感じたのは偶然じゃないと思った。さらにDa-iCEへ楽曲提供した「NIGHT OWL」のカバーはまるでこのバンドのオリジナルなのでは? と錯覚するほど洒脱なR&B感がハマっていた。

終盤はアルバムの中から外に向かっていく、もしくは物理的に部屋の外の景色や温度がイメージされる曲が続いていくのだが、ロウ・ヴォイスでのラップと柔らかな声のサビが行き来するチルな「PAPER MOON」も、オーディエンスのクラップも相まってグッとライヴ感を増している。そしてアナウンスされていたシークレット・ゲストは、幾田りらが登場。俄然盛り上がるフロアは「線香花火 feat.幾田りら」の生披露にストレートにテンション・アップしていた。それにしても幾田の声は透明感だけでなく、ノイズがなく、そっと歌っても速さを伴う個性があることを認識。夏をまだ終わらせたくないふたりの物語を綺麗で強い曲に仕立てるふたりのデュエットはすごく現代的だった。

幾田の登場で一段と温まったフロアにこの時間が続いてほしい気持ちが自然に重なる「夜をループ」の"夜をループ ループ ループ"のシンガロングを練習して、演奏がスタート。フロアの歌声を聴いて"やばい、泣きそう"と溢れた言葉は少し意外ではあったけれど、それだけ何にも縛られずにステージに立っているということだったんだと思う。本編が終わることが名残惜しそうななか、フォン・コールのSEが流れ、まるでひとりひとりにおやすみを告げるような「S.S.S.」がとてつもなく優しかった。

千亜妃コールも混ざった老若男女のアンコールの声に応えて登場した佐藤はニュー・アルバムでひとつ完成したスタイルをライヴで披露できた喜びに溢れ、久しぶりの曲をと告げ、大樋祐大(Key)の伴奏のみで「橙ラプソディー」を披露し、絶大な信頼を置くメンバーを紹介し、「melt into YOU」、この日最も明快なポップ・ロック「EYES WIDE SHUT」が、ライヴの流れを受けてこのうえなく開放的に響いた。ラスト・ナンバーの前にこの夏、歌えないほど調子を崩していたという意外な発言があった。だからこそこのワンマン・ライヴを糧に生きていたとも。「Cheers!Cheers!」の曲振りというだけでなく、心から"お互いの人生に乾杯。生きてるだけで100点だ! Cheers! Cheers!"という素直な言葉が溢れたのだと思う。下手な愛想笑い、不器用な生き方――それを自分の味と歌えるところまで来たんだなと、非常に感慨深く、同時に励まされたエンディングだった。歌いたいことしか歌ってこなかった彼女だから、どこまでも信頼できるのだ。ソロ・アーティスト 佐藤千亜妃の輪郭が明確になったこのツアーを経て、早くも新しい歌が聴きたくなってしまった。


"BUTTERFLY EFFECT" Release Tour 「FLY FLY FLY」 SETLIST


1. ECLOSE
2. タイムマシーン
3. 真夏の蝶番
4. Summer Gate
5. Lovin' You
6. CAN' T DANCE
7. 太陽に背いて
8. 花曇り
9. 1DK
10. 日常みたいな
11. NIGHT OWL
12. PAPER MOON
13. 線香花火 feat.幾田りら
14. 夜をループ
15. S.S.S.
En1. 橙ラプソディー
En2. melt into YOU
En3. EYES WIDE SHUT
En4. Cheers!Cheers!


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