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LIVE REPORT

Japanese

杏沙子

Skream! マガジン 2020年11月号掲載

2020.09.27 @Veats Shibuya

Writer 稲垣 遥 Photo by 小野洋平

"何よりライヴがしたいです。このアルバムのライヴは特にしたいですね"。今年7月にリリースした2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』について当時インタビューした際、そう語ってくれた杏沙子が、配信ライヴ"ONLINEワンマンライブ「フェルマータ、ストーリー ~21分の12~」"を行った。『ノーメイク、ストーリー』のレコ発ツアーの開催中止と共に予告された本企画。やっと新作の曲をバンド・セットのライヴで披露するということになったが、杏沙子はこの日のライヴを視聴するファンのために、さらに特別な楽しみを用意していた。それは、『ノーメイク、ストーリー』と、昨年2月に発表したメジャー1stアルバム『フェルマータ』の収録曲合計21曲の中から、このライヴで聴きたい曲の投票を募り、その上位12曲を当日演奏するというもの。直接会えない今だからこその演出で、ファンと一緒に作り上げた特別な夜となった。

開演時間。ドラムの音が勢い良く跳ね、"FERMATA, STORY 9.27 20:00 START"と書かれた水色の木製のドア(のちにSNSにて杏沙子自身によりペイントが施されたものだと明かされた)が開くと、そこには楽器隊と、その中心にアイボリーのクラシカルなワンピースに身を包んだ杏沙子が。激しく光るストロボライトに照らされ、そのままドラムをバックに歌い出したのは「ジェットコースター」だ。この高音から始まる、且つ息継ぐ暇もない展開の、『ノーメイク、ストーリー』の中でも最もハードであろう曲で幕開けたのは、彼女の自信からか、サプライズ精神か、はたまた待ちわびたライヴへの前のめりな気合からなのか。いずれにしても、そのハードルをも悠々と越えるクオリティの高さに、開始早々わくわくしたのは間違いない。さらに、そのままパワフルなファンク・ナンバー「Look At Me!!」へ。途中カウベルも演奏しながら、ピントが合わなくなるほどカメラにぐっと顔を近づけたり、投げキッスをしたり、曲名の通り"私を見て!"と言わんばかりに、自分を親指で指しながらアピールする様がキュートだし、見ている側もつられて笑顔になってしまう。

そんなスタートダッシュを決め、気持ちの昂りが窺えながらも、落ち着いたトーンではっきりと"あなたが生きている時間と同じ時間、同じ瞬間を感じながら、一曲一曲丁寧に歌っていきたいと思います"とこのライヴに懸ける意気込みを投じた杏沙子。そこからは懐かしい雰囲気のあるキーボードで幕を開ける「恋の予防接種」を演奏し、スカのリズムとジャジーなムードで大人っぽい面を見せる。曲中にはバンド・メンバーを紹介。山本隆二(Key)、Keity(Ba/LUCKY TAPES)、柏倉隆史(Dr/toe/the HIATUS)がソロで楽器を披露するなか、なぜかけん玉を披露しようとするも失敗した森本隆寛(Gt)に、杏沙子が笑いながら"成功しようよ(笑)"と楽しそうにツッコむ姿からは、チームの和気あいあいとした空気も伝わった。

杏沙子によるグロッケンで幕を開ける「着ぐるみ」でとびっきりポップに彩ったあとは、ガラッと空気を変え、ほの暗い中、スタジオに配置されたフロアスタンドライトがゆっくりと順番に点灯していき、真夜中の部屋の中さながらの画を演出する。ギターのアルペジオが響き、音源とはまた異なる趣で等身大の恋のときめきを歌う「クレンジング」が披露された。そこから山本のキーボードがリードしつつ、杏沙子もピアニカを入れながら、夢の中へ落ちていくようなゆったりとしたインタールードを挟むと、"大切な人と、会わないという選択をするようになったからこそ、言葉で、大好きだよって伝えていきたいと最近すごく思っています"と語り、次の曲「おやすみ」へ。夜、部屋で好きな人に電話をする女心を歌ったこの曲は、椅子に座ってアカペラで歌い始めたことでドキッとするほど身近な距離に感じる。続く「見る目ないなぁ」もアコースティック・ギターから始まるアレンジで、この日ならではの空気に、より聴き入ってしまう。ちなみに、この曲はのちに事前の曲投票で最もリクエストした人が多かったと明かされたのだが、そんな期待に応えるかのごとく、曲のストーリーに沿って、ぽつりとつぶやくように、はたまた引きずられる想いを振り切るように、と杏沙子は音源以上に情感豊かに歌った。観ているこちらの気持ちも揺さぶられ、目頭が熱くなる。先に書いたインタビュー時に"これが誰かのストーリーになっていったらそれ以上に望むものはないなと思います"と彼女は話していたが、まさにリスナー自身の経験を呼び起こすような歌で、配信だからという壁や隔たりはまるで感じない、歌の力が確かにあったと思う。

"最初みんなの顔を見ながら歌えないのかと思ってすごく悔しかったんですけど。でも、配信をさせてもらえることになって。配信を「悔しい!」、「しょうがない」っていう気持ちで絶対やりたくない。じゃあ配信じゃなきゃできないことをしよう、この形でできて本当に良かったって心から思えて、画面の前のあなたにも思ってもらえるようにと作ってきました"と心の内を曝け出した杏沙子。"たくさん降る雨の中でも、晴れ間とか太陽を見つけて笑っていきたいなって思っています。天気雨を笑ってこれからも過ごしていきたいです。じゃあ、一緒に歌おう! 森本カモン!"と元気な声を上げると、森本のカッティング・ギターで一気に爽やかな「天気雨の中の私たち」に突入。目の前の観客に共に踊ろうと促すように、腕を振って笑顔で歌う。雨が降ったあと、その露でいつもの道がキラキラと見えるように、いっぱい泣いたからこそ、見える景色がある。感傷的な曲の雪崩から、パッと明るくはじけるこの曲へという展開は、そんなことを思わせてくれた。続く「ファーストフライト」でも"まだ飛べるか?"と歌いながら、不安定な想いをどんどんポジティヴに変換していく。間奏ではドラム、ベース、キーボード、ギターと順々にソロ・パートをたっぷり披露。渦を巻いてグルーヴ感を増す様、そして、そのパワーを吸収した杏沙子のこの日一番と言える力強い歌は圧巻だった。"画面の前にいるあなたにいつ会えるかまだわからないけど、絶対に会える日が戻ってくるし、会いに行くから。それに、すでに出会えてること。それがもう大正解だから!"友達に語るようなくだけたテンションで次の曲の歌詞を取り入れながら視聴者に話し掛け、ラスト・ナンバー「こっちがいい」へ。親しみやすい彼女の魅力がたっぷり放出されるキャッチーなこの曲は、カメラだけではなく、バンドのメンバーをひとりひとり見ながら歌うなど、本当に素顔の表現で届けてくれたと思う。"次会うときは、絶対笑顔で会いましょう!"そう言って杏沙子は最後に思いっきり大きなジャンプを決めた。

様々な表情を見せる彼女をおなかいっぱい感じられた、もう大満足と言いたいライヴ。だけど、やっぱり彼女が言ってくれたように、絶対次は笑顔で会って、全身で彼女の歌のパワーを浴びたい。心が満たされると共に、次への楽しみも繋いでくれた、とても素敵な一夜だった。

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