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LIVE REPORT

Japanese

shepherd

2014.05.24 @TSUTAYA O-Crest

Writer 天野 史彬

何の変哲もないただの土曜日。渋谷の街は相変わらず人に溢れ返り、歩きにくい。週末だから、その歩きにくさは平日以上だ、ちくしょう。しかし、自分もそんな道の混雑を作り上げている雑踏の中のひとりなのだ、そうそう文句を言ってはいけない。私はこの日、週6でやっているいつもどおりの仕事を夕方に終えて、中古CD屋でCDを1枚買い、カレー屋で飯を食い、ライヴを観るためにTSUTAYA O-Crestに向かった。何の変哲もないただの土曜日。音楽ライターという仕事柄、ライヴハウスに行くことにも慣れている。本当に、何の変哲もないただの土曜日だ。いつもと同じ、生ぬるい風が吹いている。

この日、Crestで行われたのは、3月に1stフル・アルバム『Mirror』をリリースしたshepherdのレコ発ワンマン。会場に入ると、最前列には女の子たちが陣取っていて、隅や後ろのほうでは友達同士でお喋りをしている人や、ひとりでドリンクを飲みながらじっと開演を待っている人たちがいる。これもまた、いつものライヴハウスと変わらない光景。そんないつもと変わらない光景が、別段嫌なわけでも、愛おしいわけでもなく、ただ、ぼんやりとそんな見慣れた光景を眺めながら待つこと約15分、ステージ上にshepherdの4人が登場する。1曲目は新作『Mirror』から「幸せの蒼い海で」。その力強くも疾走感のあるバンド・サウンドの中、煌くように奏でられる、大らかで開放感のある美しいメロディにはっと息を呑む。何の変哲のない土曜日。何の変哲もないライヴハウス。そしてステージに立つshepherdの4人の佇まいも、その音楽性も、何か際立って目新しいものがあるわけではない。しかし......そのメロディが響き渡った瞬間に、そんな何気ない日常の、その"何気なさ"にこそ光を見出すような、そんな力がフロアを飲み込んでいく。そのまま「Puzzle game」、「virgin in clinic」、「溜息の向こうで」へと、新作以外からの楽曲も交えながら、その清廉としたメロディはさりげなく、フロアに集った人々の心を潤していくようだ。そう、"何気なさ""さりげなさ"にこそ宿る真の美しさをそのメロディに刻み込む――それこそが、shepherdというバンドの最大の魅力なのだ。

この日も演奏された『Mirror』収録の名曲「デコレイト」の"朝はコーヒーよりも/最近はチョコレート/相変わらず変わらずの/上の空の毎日の/決まりきったその生地の/決まりきったその味を/クーデターのつもりで/デコレーションで彩った"という秀逸な歌詞が象徴するように(あまりに素晴らしいラインなので丸々写してしまった)、shepherdは、私たちの生きるこの日々が、映画や漫画のようなドラマなんか起こらない退屈なものであることを痛いほど知っている。それは時に残酷なほどの現実認識として、曲の中に現れたりもする。このダラダラとした日々は、ただただ続き、いつの間にかスパッと終わってしまうものなのだと。しかし彼らは、そんな日々だからこそ、朝食のメニューを少し変えてみるようなちょっとした変化を自らの手で起こすことが、この日常にとって大きな意味を持つのだと歌う。「little anniversary」演奏前にヴォーカル中野誠之は言った。"僕はこの日を特別な日だと思ってやってきたんですけど、1歩このライヴハウスの外に出れば、特別でもなんでもない日だと思います。でも、僕はなにがなんでも、今日を特別な日だと思ってやります"――このくだらない日々を輝かせることができるのは、他でもない自分自身の意思なのだと知っているからこそ、shepherdの音楽は私たちの日常をそっと彩るような魔法を宿しているのだ。

ライヴは中盤「patchwork doll」から、『Mirror』のレコーディングにも参加したキーボーディスト、SUNNYをゲストに迎えた5人編成に。よりふくよかさを増したバンド・アンサンブルが心地いい。「透明なリボンが解けるまで」では、ギター今村崇人とベース神尾将義が前に躍り出てフロアにハンド・クラップを促す場面も。フロアに集ったオーディエンスも、まるでO-Crestでshepherdを観ている、この今日という日を祝福するかのように笑顔で手を叩く。そんなポップで爆発力のあるバンドの側面を見せれば、「アマレット」からは中野がアコースティック・ギターに持ち替え、静謐でリリカルな側面も見せる。「ドアの魔法」、「Roller coaster」へと、心情がむき出しのまま吐露されたかのような生々しくも美しい言葉と繊細なメロディが、リスナーひとりひとりの心に絡まっていくようだ。まるで静と動を行き来するかのような色彩豊かなサウンドは、私たちがこの日々の中で感じる喜びや哀しみそのもののようでもあった。特別じゃない日常から生まれる、特別な音楽。shepherdの鳴らす音楽はそういうものなのだと強く感じ入る。そして本編のラストを飾ったのはアルバムのタイトル・トラックである「Mirror」。キリキリとした痛みと穏やかさが交じり合ったようなバンドの演奏がフロアを包み込んだ。

アンコールでは新曲も披露し、オーラスは「無敵のスーパーヒーロー」。何の変哲のない土曜日に、いつもと変わらぬライヴハウスのステージに現れた、特に派手なわけでもない4ピース・バンドは、しかし確かに、この日会場に集った人々の日々に魔法をかけることのできる"ささやかな"スーパーヒーローだった。ライヴが終わり会場の外へ出ると、来る前は生ぬるく感じた風も、少し特別なものに感じられた。

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