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昨年12月23日、ロンドンと渋谷の街頭ヴィジョンでデビュー・アルバムのオープニングを飾る「BRAIN DRAIN」のミュージック・ビデオを同時公開するという華々しいデビューを飾ったillion。ご存知、RADWIMPSのフロントマン、野田洋次郎によるソロ・プロジェクトだ。
RADWIMPSは01年結成のロック・バンド。これまで計6枚のアルバムを発表。10~20代の若者を中心に絶大な人気を誇っている。現在の日本のロック・シーンの最前線で活躍している人気バンドのフロントマンが新たに始めたソロ・プロジェクトであることに加え、このillionは日本国内に止まらず、世界のミュージック・シーンで活動することを視野に入れたプロジェクトであることも大きな話題として取り上げられている。
実際、『UBU』と題されたデビュー・アルバムもまず2月25日にイギリスとアイルランドでリリースされ、その後、日本(3月6日)、ドイツ、フランスと順次リリースされることになっている。今回の"世界進出"について、野田は彼のことを"東京からThom Yorkeへの回答"と謳ったイギリスの音楽紙、NMEのインタビューでこんなふうに答えている。
"まず、せっかく音楽を作っているなら、国外でやってみたかったというのがあります。そしてそれは20代のうちにやりたかった。今の日本に向けて。(中略)海外で活動することは僕の夢であり、ゴールだけど、でもそれはバンドとしての夢ではないんだ"そんな夢の第一歩となる『UBU』。
どうやらソングライティングのみならず、プロデュース、演奏、トラック・メイキングもすべて野田1人の手によるものらしい。文字通りのソロ・アルバムと言えるそんな『UBU』を一言で表現するなら、RADWIMPSが奏でていたオルタナ以降の感性を持ったミクスチャー・サウンドの延長上で、バンドという形に囚われずに自分の世界を追求した作品となるだろうか。
もちろん今の時代の音にはちがいない。しかし、世界進出を意識しながら、世界のマーケットにおもねるようなところはこれっぽっちもなく、ポップであることも含め、圧倒的な"個"の表現がアーティストとしての野田の矜持を印象づける。
リズム・コンシャスな重層的な構造のトラックを、1人で作った曲がやや多いところが何ともソロ・アルバムらしいが、もちろんそれだけじゃない。ここにはそういうトラック・メイカーの顔もあれば、ソングライターの顔もあるし、IDMと言えるサウンドがある一方で、生っぽいバンド・サウンドもある。ロック・サウンドに加え、クラシックやトラッド・フォークの影響も聴きとれる。また、ヒネリがおもしろい表現もあれば、ヒネリに頼らないストレートさもある。日本語の歌もあれば、英語の歌もある。西欧風の旋律もあれば、僕ら日本人にはどこか懐かしい旋律もある。荘厳さと、それとは裏腹の軽やかもある。
そして、それだけ多彩な楽曲を1つのイメージにまとめる野田のナイーヴな歌声の魅力。
1人の音楽家としてイマジネーションの翼を自由に広げ、思いっきりはばたいたことを思わせる。幅広いバックグラウンドの集大成なんて言葉も思い浮かぶ。いや、集大成と言ってもこれで終わったわけではない。日本盤ボーナス・トラックを含む全15曲がそれぞれに、さまざまな可能性をアピールしているという意味で、『UBU』は新たなスタートなのだ。
3月17日、ロンドンのO2シェパーズ・ブッシュ・エンパイアでデビュー・ライヴを行うillionはその後、5月12日、東京・味の素スタジアムで開催されるロック・フェスティバル"TOKYO ROCKS 2013"でBLUR、PRIMAL SCREAMらと共演する。(山口 智男)

Track.1「BRAIN DRAIN」

凛としたストリングスの音色が荘厳さを加える美しいピアノ・ナンバー。楽器のアンサブルのみならず、激しく打ち鳴らされるドラムをきっかけに二転三転、展開していくドラマチックな曲の構成はクラシックからの影響が明らかだ。じっくりと聴かせるこういう曲をオープニングに持ってきたところに作り手の自信が窺える。

Track.2「AIWAGUMA」

英語で歌っていたTrack.1から一転、"エンヤコラ ソラ ホラ"という呪文にも聴こえる日本語の歌詞と、そんな歌詞をリズミカルに乗せた民謡調のエキゾチックなメロディ。そして打ち鳴らされるパーカッションが摩訶不思議な印象を残す。リスナーはTrack.2にして、早くもこれが予測不可能な作品であることを知る。

Track.3「PLANETARIAN」

ピアノが軽やかかつ爽やかに鳴るポップ・ロック・ナンバー。打ち込み感を敢えて強調したようなパラノイアックなリズム・トラックが軽快な歌の向こうで大暴れ。4つ打ちのバスドラがズンズンズンと鳴るなどダンサブルな要素もある。ライヴで盛り上がることは必至。ギターが奏でるオリエンタルなフレーズが耳に残る。

Track.4「MAHOROBA」

文学調の日本語の歌詞をノスタルジックなメロディーに乗せ、ゆったりと歌い上げるミッド・テンポ・ナンバー。トリッキーとも言えるピアノのループと打ち込みのリズムにエフェクト処理したコーラスを重ねたオケがおもしろい。歌声のサンプリングとも言えるコーラスからは、野田がそれを楽しんで作っている様子が窺える。

Track.5「BEEHIVE」

曲そのものはファンキーなオルタナ・ロックだが、手拍子と打ち込みのビートを基調にバンドっぽさよりもトラック・メイキングのおもしろさを聴かせるところがこの曲のおもしろさだろう。英語の歌詞に"もーいーかい?まーだだよ"という日本語のループが突然割り込む。ジャズっぽいホーンのサンプリングもかっこいい。

Track.6「DANCE」

アコースティック・ギターの爪弾きにバンド・サウンドが加わるアコースティック・バラード。本作の中では、どちらかと言うとストレートなアレンジのメロウな小品といった印象。それだけに美しいメロディと恋人たちがワルツを踊っている光景が浮かび上がるような幸福感が際立つ。高音と低音を使いわけた歌唱も楽しみたい。

Track.7「γ」

幸福感に酔いしれていたリスナーは緊迫感に満ちた冒頭のピアノを聴き、戦慄せずにいられないだろう。リスナーを追いつめるように鳴るリズム・トラック。不気味な音を立てるノイズ。無表情を装ったヴォーカル。そして金切り声を上げるギター。illion流ハードコア・テクノ?!一瞬にして、空気を変えるインパクトがある。

Track.8「FINGER PRINT」

ヨレッとしたギター・フレーズが、どこか90年代のUSオルタナを連想させるロック・ナンバー。ローファイとまでは言えないまでも、その手作り感や生っぽいバンド・サウンドが、レイド・バックした雰囲気も持つこの曲を際立たせる。ひずませたギターが轟音で唸る展開もダイナミック。歌メロは意外にキャッチーだ。

Track.9「LYNCH」

リズムは若干、込みいっているものの、割とストレートな印象のヴォーカル・ナンバー。リッチなピアノの演奏にファルセットも交えたダイナミックかつメランコリックな歌が乗る。この曲もクラシックからの影響は明らかだが、その流れが終盤、ロック風に展開する。歌を際立たせる中盤のエディットがスリリングだ。

Track.10「UN&DO」

イギリスのトラッド・フォークを思わせるアコースティック・ナンバー。メランコリックなメロディ、コーラスの重ね方、曲のコード進行などは、なかなか本格的。トラッド・フォーク感を絶妙に演出する笛の音色が心憎い。Bメロのリズミカルなヴォーカルは、単なるトラッド・フォークの再現で終わらない個性が感じられる。

Track.11「GASSHOW」

民謡調のメロディと古い言葉を使った日本語の歌詞。サンプリング的に重ねた多重コーラスと打ち鳴らすリズム・トラックを軸にしたオケは「AIWAGUMA」「MAHOROBA」の流れを汲むものの、これは幻想的かつダイナミックに仕上げた。メジャーに転調する終盤の展開は昇る朝日が地平線を照らしだすような光景を想像させる。

Track.12「INEMURI」

アコースティック・ギターの爪弾きにストリングスを加えたインタールード的インスト・ナンバー。クラシックのみならず、「UN&DO」同様、イギリスのトラッド・フォークからの影響も窺える。ロックやクラシックだけに止まらない、野田の幅広いバックグラウンドをアピールしながら、終盤の流れにリスナーを誘う。

Track.13「ESPECIALLY」

イギリスのトラッド・フォークから一転、スティール・ギターの伸びやかなプレイが上品なカントリー・テイストを加えるアコースティック・ナンバー。リズム隊をはじめ、必要最小限の演奏を加える手堅いバンド・サウンドも見事。笛の音色が加えるアイリッシュ・テイストもおもしろい。やさしげなヴォーカルに心温まる。

Track.14「BIRDIE」

前の2曲の流れを受け継いだアコースティック・ナンバー。アコギの弾き語りにマーチ風の演奏が加わり、アルバムの終わりに向かってゆっくりと進んでいく。ほぼ音響に徹していたエレキ・ギターが終盤、閃かせるギター・ソロが素晴らしい。アコギのボディーをコツコツと叩く音が生々しさを際立たせる。

Track.15「HIRUNO HOSHI」

日本盤のみ収録のボーナス・トラック。若干のストリングスと音響効果的なエレキ・ギターの音色だけを加えた、ほぼピアノの弾き語りだ。よけいなものを削ぎ落としたアレンジが静けさの中で、メロディと日本語の歌詞が持つ切なさと物悲しさを際立たせている。本作のハイライトと言っても過言ではない。

illion『UBU』

[WARNER MUSIC JAPAN]
WPCL-11318 ¥2,500(税込)