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シナリオアート

Skream! マガジン 2014年10月号掲載

シナリオアート

Official Site

2014.09.18 @代官山 UNIT

天野 史彬

初めてシナリオアートの音楽を聴いたとき、なんて理想主義的なバンドだろうかと思った。3ピースの枠を超えた、何重にも音のレイヤーが重ねられた色彩豊かで幻想的なサウンド・スケープ。その根底を走るビートのがむしゃらな疾走感。そして、ハヤシコウスケ(Gt/Vo/Prog)とハットリクミコ(Dr/Vo)の男女ツイン・ヴォーカルが、時に囁き合うように、時に怒号をぶつけ合うようにして紡ぐ、孤独で、焦燥感に溢れていて、それ故に他者を、記憶を、そして夢を求め続ける人間の心象風景――そのすべてが瑞々しく、蒼く、切実で、理想に満ちていた。このバンドは心の底から、音楽で目の前の現実を打破しようとしているのだと思った。

9月にリリースされた2ndミニ・アルバム『Tokyomelancholy ‐トウキョウメランコリー‐』でシナリオアートは、自分たちが決して、理想を理想で終わらせない存在であることを証明してみせた。メジャー・デビューや上京といった今の自分たちのリアルなトピック、さらには、無力感を噛み締めていた思春期の頃の自分自身の姿すら曲の中に投影させることで、幻想的な世界を描いてきた彼らの音楽は生々しさを増した。音楽は現実を超え、また更なる現実を見せるものであるという今のシナリオアートの"実感"が、この作品には込められていたのだ。そんな彼らの初ワンマン、その名も"[Chapter #5] ‐ハジメテノワンマン‐"に行ってきた。会場は代官山UNIT。大入り満員である。

開演時間を少し過ぎたころ、ステージに張られたスクリーン状のカーテンにバンド・ロゴが映し出され、オーディエンスから歓声が巻き起こる。1曲目は『Tokyomelancholy ‐トウキョウメランコリー‐』から「ナツノマボロシ」。爆発力のあるサウンドで一気に会場のボルテージを上げてみせる。シナリオアートの世界観の大部分はギター/ヴォーカルのハヤシの生み出すものだが、ライヴにおいてバンドを牽引するのはドラムのハットリだ。彼女の天真爛漫なキャラクターがそのまま反映されたかのようなパワフルなドラミングは、ハヤシの生み出す繊細で内省的な世界に、肉体性と初期衝動を与える。そして、ステージ前方にいるハヤシとハットリの姿を見つめつつ、少し後ろからバンドを支えるのがベースでバンド・リーダーのヤマシタ。一見すれ違いそうなハヤシとハットリのそれぞれの特性を損なうことなく繋ぎ、バンドとしてまとめ上げる。言ってしまえば、"ハヤシ=心、ハットリ=筋肉、ヤマシタ=頭脳"といった、素晴らしいバランスのトライアングルで成り立っている、シナリオアートとはそんな幸福な関係性のバンドなのだ。

序盤はダイレクトに聴き手を突き上げる疾走系のナンバーで盛り上げる。2曲目「ハロウシンパシー」の"手を鳴らして 導いて"の部分でオーディエンスが実際に手を打ち鳴らす姿を観た時は鳥肌が立った。ハットリが作詞した「シュッシュポップ」も、タイトルを告げた時に歓声が上がったインディーズ時代の作品『-DRAMATICS-』収録の「サヨナラコウコツ」も、その飛びぬけたキャッチーさとスピード感で会場の熱をヒートアップさせる(ここで小ネタ。Skream!に掲載されている、彼らの連載コラムのタイトル"ノウナイランド"は、実は「シュッシュポップ」の元のタイトルらしい。取材の時に言ってました)。始まってから4曲演奏した後のMCで既にぜぇぜぇと大きく息を上げている、常にフルスロットルなハットリの姿を見て、彼らがこの初めてのワンマンに賭けてきた意気込みの大きさを感じた。

そして5曲目「ウォーキングムーン」で空間は色を変えた。ここから「パラレルルル」、「ワンダーボックスⅡ」にかけては、超絶ディープなサイケ&ダンス・ゾーンに突入。あんた方は90年代のPRIMAL SCREAMか?と訊きたくなるぐらいの、とぐろを巻くようにヘヴィなダンス・グルーヴとサイケデリックな音像でフロアを深く揺らす。もちろんシナリオアート特有の可愛らしいポップネスは健在だが、しかし、音源で見せる表情をライヴ現場で一気に更新するようなこの音楽的冒険心は素晴らしいと思う。音源においてもライヴにおいても、ひとつの場所に留まらず進化/深化し続ける彼らの音楽性もまた、現実を生き抜くための理想が具現化された姿なのだ。そして、その後の「ポートレイトボヤケル」とインディーズ時代の自主制作音源に収録されていたというレア曲「フユウ」では、再びガラッとモード・チェンジ。パーカッションや鉄琴も取り入れたアコースティック・セットで、聴き手に寄り添うようにしっとり、ゆったりと聴かせる。サイケな別空間にオーディエンスをぶっ飛ばしてからのアコースティックという、このふり幅もすごい。途中、ハットリに機材トラブルがあったものの、それも含めて、とても親密で穏やかな空気感が会場を満たした。

再びバンド・セットに戻り、『Tokyomelancholy ‐トウキョウメランコリー‐』のリード・トラックである「アオイコドク」。そしてタイトル・トラックである「トウキョウメランコリー」、さらには代表曲「ホワイトレインコートマン」とキラー・チューン3連発。この3曲それぞれに込められた想いは、シナリオアートの音楽の根本に根付くものだ。世界を変えたい、誰かを守りたい、そのための音楽を鳴らしたいという願いを出発点に持ち(「ホワイトレインコートマン」)、ポップ・ミュージック・シーンでサバイヴしていくための葛藤を経験しながらも(「トウキョウメランコリー」)、かつての自分たちのように無力感を抱える若者たちに向けたメッセージを掴み取る(「アオイコドク」)――この道のりこそ、シナリオアートが結成から今までの月日の中で歩んできた道のりなのだと思う。"あなた"という名の世界を変えたくて、そのためにもがき傷ついて、それでも歩み続けていたら、いつの間にか、ちょっとずつだけど、世界を変える力=確かな音楽の力を手に入れていた。「アオイコドク」の魔法の呪文"ラル ラル ラル"に合わせて突き上げられた数多の拳。「トウキョウメランコリー」でハヤシが歌う赤裸々な苦悩や痛みに対して、誰もが顔を背けることなく向けていた真っ直ぐな眼差し。そして「ホワイトレインコートマン」で爆発した、目の前にいる3人の"等身大のヒーロー"に向けられた熱狂――この3曲でオーディエンスが見せたアクションは、彼らにとってシナリオアートがいかに大切でかけがえのない存在であるかを証明するものだった。

本編は「ハジメマシテ」~「ノスタルジックユウグレ」の流れで幕を閉じた。どこか切なさや寂しさを感じさせる終わりかた。しかし、シナリオアートの表現には常に逆説的な力がある。彼らにとって、"孤独"は他者と出会うために、"過去"は今を確認するために、"死"とは生を見つめるために、"幻想"とは現実を生き抜くために存在する。「ノスタルジックユウグレ」の最後、まるでオーディエンスを"死"と"孤独"の世界へと誘うようなヘヴィなノイズが会場を満たしたが、そのあとに訪れた静寂は、会場にいるひとりひとりが、自分の"今"を、そして"生"を見つめる瞬間だったのだと思う。アンコールでは「ブレーメンドリームオーケストラ」と「スペイシー」を披露。この2曲は、まるで会場を出たあとに普段の生活に戻っていくオーディエンスの背中を押すように、壮大に、ディープに、そして力強く鳴り響いた。アンコールでのMCでハットリが言ったひと言――"私たちはいつでもステージにいるから"。この言葉はとても感動的だった。あなたの世界を変えるために、私たちはいつでも音楽を鳴らしているんだと......こんな言葉、覚悟がなければ言えない。今、ここまでリスナーのことを想い、メッセージを放つ覚悟を持てるアーティストがどれほどいるだろうか。シナリオアートには覚悟がある。それを痛感できた夜だった。この先の彼らが私たちに見せてくれる景色が、本当に楽しみだ。


▼セットリスト
1:ナツノマボロシ
2:ハロウシンパシー
3:シュッシュポップ
4:サヨナラコウコツ
5:ウォーキングムーン
6:パラレルルル
7:ワンダーボックスII

アコースティックゾーン(楽器転換(アコギ&グロッケン&ボンゴ))
8:ポートレイトボヤケル
9:フユウ

10:アオイコドク
11:トウキョウメランコリー
12:ホワイトレインコートマン
13:ハジメマシテ
14:ノスタルジックユウグレ

E1:ブレーメンドリームオーケストラ
E2:スペイシー