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LIVE REPORT

Japanese

sleepy.ab

2010.11.22 @渋谷O-EAST

Writer 島根 希実

この日外は雨で、会場に着くまでの間に、その雫が僅かに頬に触れただけでも、冷たさが体の芯まで伝わってきたのを覚えている。もうすっかり冬。この日の主役、sleepy.abの季節の到来だ。

先日ニュー・シングル『かくれんぼ』をリリースしたばかりの彼ら。今回は“新譜録音経過報告行脚”ということで、どのような形体のセット・リストでくるのかまったく想像がつかなかったが、9月にリリースされたあの秀逸なアコースティック・ライヴ・アルバムが記憶に新しかったためか、バンド・セットであるということ自体がとても新鮮だった。

私はアコースティックの心地よさにまどろみすぎていたのかもしれない。そう、sleepy.ab はまぎれもないライヴ・バンドであるということを忘れていたのだ。この日見た、あの重厚で力強いバンド・アンサンブルは、美しくも暗い、静かな時間の経過を軸にしながらも、混乱と孤独の狂瀾を描き出し、何度も私たちを圧倒し、同時に陶酔させた。音の奥ゆきも、表現の幅も、格段にスケール・アップしたこの力強さこそ、もう一つのsleepy.abの姿だ。

この日のオープニングを飾ったのは「アクアリウム」。このあとの激しい展開を知ってか知らずか、その重くなだらかな音とメロがじんわりと足元まで浸水していき、「夢の花」で心地良い緊張をはらんだ空気が、成山の声にのって、私たちを包み込んでいった。地盤は固まった。“私”と“sleepy.ab”という、2人だけの空間は出来上がったようだ。

「札幌から来ましたsleepy.abです。」と、一言だけ挨拶を済ませると、聴こえてきたのは「四季ウタカタ」の無機質なイントロ。囁くような幕開けから一変、ここからいよいよ荒れ模様となっていった。真っ赤なライトの中、フロアを飲み込まんと轟く不協和音。山内のギターを筆頭に、反響する音たちは、一つも冷静ではなく、見ているだけで、ずくずくと身を切られるような痛みを伴った。そうして、逃げ場を与えまいとでもいうように、「インソムニア」で、内省的でノイズまみれのサイケデリアへと一気になだれ込んでいく。より妖しい色を帯びていく中でも、ひと際美しかったのは、やはりそのヴォーカル。これまでは、穏やかな冬の日の太陽のようにあたたかいものだと思っていた成山の声が、確かにやわらかな外形ではあるものの、血の気を感じない、氷の女王とでもいいたくなるような、耽美的な美しさで、私たちを音の渦へと誘い込もうとする。

響く重低音。落雷が落ちたような照明。轟くドラムと不穏なベース。「GODZILLA」(仮タイトル)という最後の嵐が過ぎ去った果てにあったのは、いよいよ雪解けの春だ。春を予期させる一陣の風のように会場を通りすぎた「街」。そうして呼びこまれた春をフロア中にまき散らしたのは「君と背景」。軽快なメロディと、淡く明るい音は、ようやく顔を見せた希望の息吹だ。そして、成山のヴォーカルもまた変化していった。演奏と同色であったのが一変、他と混ざることも、ぼかすこともない、はっきりと全てを照らし出す、強き声へと変わっていき、灯りのごとく、すっかり凍えていたこちらの心にも新たな火を灯してくれた。

さぁ、こうなると、今日のsleepy.abは分からない。あとはもう、ただただ酔いしれるばかりだ。「メロディ」では、“かなしい”“くるしい”“たのしい”“うれしい”という言葉をぽつりぽつりと浮かびあがらせていった。その一つ一つは、まるで命を帯びているかのごとく、個々に痛々しさと、切なさを持ち、それらが、少しメランコリックなギターと相まると、やりきれないような、しかしどこか愛おしいような、まさに“冬の寂しさ”が沸き上がってくる。
新譜録音経過報告ということで、MCでは度々レコーディングの面白エピソードなんかも話題に上がっていたが、ここでいよいよ新曲も披露された。「どんぐり」なんて冗談みたいなタイトルだと自分たちでおちょくっていたこの曲は、同じフレーズを繰り返すシンプルな演奏 にしっかりと歌が乗る、とても気持ちが良いナンバーだった。

癒しの空間からダイブして海へ――。水中から地上を見上げると、水を通して太陽の光が万華鏡のようにキラキラと輝くが、そんな清涼感溢れる曲「sonar」は、エメラルドグリーンの照明のごとく、美しい海を描いた。ヴォーカルに手をひかれて、静かに深くまで落ちていき、その流れに身を任せ、たゆたえば…そのまま「遊泳スローモーション」へ行き着く。水中に響き渡る音は、羊水をたゆたう胎児の胎動のごとく強い生命力を持ち、そのノイズの共鳴がとても神秘的で、最高に美しかった。
最後に用意されていたのは、やはり最新ナンバー「かくれんぼ」。そのふわりとしたあたたかさで包み込まれると、まるで守られているような、あやされているような、穏やかな安心感があった。そして“明日へおやすみ”の一言を言われた瞬間、やさしく頭を撫でられたようで、あぁこのまま寝かしつけて欲しいと、思わずすり寄って甘えてしまいたくなってしまった。

「勝手に冬は“俺たちの季節”だと思っているので、これからの季節はがんばらなきゃ。」という言葉のとおり、アンコールでは、その圧倒的な造形美が印象的な彼らの代表曲「雪中花」と「ねむろ」を続けて披露し、冬を迎えたばかりの東京に、早くも真っ白な奥深い冬を連れてきてくれた。「ねむろ」のエンディングで、全方位照らし出すだけの、眩しい光に照らされながら、ようやく現実に帰って来た時、目の前にあったその“現実”は、明らかに1時間前とは違う、もっとずっと優しいものとなっていた。

――では最後に。このレポートを締めくくるに相応しい言葉で終わりにしようと思います。ステージを去る際、最後に成山が言った言葉で。では…。

「おやすみなさい」

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