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INTERVIEW

Japanese

WANIMA

2018年01月号掲載

WANIMA

メンバー:KENTA(Vo/Ba) KO-SHIN(Gt/Cho) FUJI(Dr/Cho)

インタビュアー:秦 理絵

初のワンマン・ライヴでさいたまスーパーアリーナをソールド・アウトさせるという前代未聞の快挙をはじめ、CMソング、ドラマ主題歌への起用、年末にはNHK紅白歌合戦への出場も発表されるなど、2017年はお茶の間に愛されるロック・バンドへとすっかり成長を遂げたWANIMA。そんな彼らが2018年の幕開けと共に渾身のメジャー1stフル・アルバム『Everybody!!(読み:エビバデ!!)』をリリースする。そこにあるのは"みんなが笑顔で生きてゆくために"という大きな願いだ。ソングライティングを手掛けたKENTAが自分自身と向き合いながら完成させた14曲は、楽しくて元気になる、でも少し泣ける、そんな楽曲たち。メロディック・パンクの枠に収まらない自由なサウンド・アプローチで完成させた今作について、メンバー全員に訊いた。

-まず、大躍進の2017年を振り返ってみて、それぞれどんな1年だったと思いますか?

KENTA:言われて振り返ると、"あ、そんなことがあったな"っていう感じです。今年も音楽しかしてない。物事1個1個の重大さを感じながら、ずっとそれに向かう準備をしてたという感じです。初めてのワンマンがさいたまスーパーアリーナ(※2017年3月19日に開催した"JUICE UP!! TOUR FINAL")だったんですけど、それも世の中の人を驚かせたかったんです。いまはチームにPIZZA OF DEATH(RECORDS)だけじゃなくて、unBORDEの人たちも加わり、そのチームで、"たくさんの人にWANIMAの音楽を届けたい"っていうテーマのもとに、様々な場所で戦ってる感じです。

-FUJIさん、KO-SHINさんにとって、2017年はどんな1年でしたか?

FUJI:早かったようで遅かったような感じもありますし、本当に濃厚な1年だったと思います。

KENTA:いやぁ......僕は"遅かった"はない。

FUJI:あ、本当? まさか僕だけ......(笑)。

KENTA:僕は1日1日、向き合ってしっかりやってたから"遅かった"はないです(笑)。

-まぁ、そのあたりの感覚はメンバーそれぞれなんでしょうね。

FUJI:僕は"さいたまスーパーアリーナは今年(※取材時は2017年12月)の3月だったんだ!"っていう感じです。思い返すとごちゃごちゃします。ありがたいことに詰まった年でした。

KO-SHIN:僕も初体験が多くて、新鮮な年でした。テレビなどに出させてもらうのもそうですし、こういう取材が増えたこともそうですし。感謝な1年です。

-中でも、この初体験はミラクルだったなと思うことはありますか?

KO-SHIN:......unBORDEとタッグを組むのは気合が入りました。

-いつかメジャー・デビューをしたいっていうのは夢だったんですか?

KO-SHIN:......。(※笑顔で微笑む)

KENTA:僕たちはメジャーもインディーズも関係ないと思っています。だから、ここで夢が叶ったとかはない。ジャンルにもこだわらずに創っています。ジャンルは、聴いた方が決めるものだと思うんです。だからunBORDEとタッグを組んだのもメジャーだからというより、人で選んだところが大きいです。

-いまWANIMAと一緒にいるのはどういう人たちですか?

KENTA:ひとつの目標に対して、しっかり向き合うことができる人たちです。WANIMAがこんなことをしたいっていうことに対して、ともに全力でやってくれる。

-さっき"1個1個の重大さを感じて"っていう発言もありましたけど、最近は大きなプロジェクトに関わる機会も増えてますね。そこに対してのプレッシャーはないですか?

KENTA:プレッシャーに勝てるように、日々準備をしている感じです。僕たちの親はミュージシャンとかじゃないし、僕とKO-SHINは4歳から一緒なんですけど、生まれた町の人口が3,000人ぐらいの田舎から上京しました。いまは周りの人の支えがあって活動できてるわけだから、自分たちの音楽をしっかり表現したいと思ってます。


WANIMAっていう帰る場所があれば、もっとみんな日本で自由に生きられるかなと思う


-傍から見ると、ここ数年でWANIMAは急にシーンに出てきた感じですけど、実は結成からは7年が経っていて、ライヴハウスで下積みをしてきたバンドでもあると思うんですね。ここまでバンドを進めることができる原動力はなんだと思いますか?

KENTA:中途半端には地元熊本には帰れなかった。じいちゃんやばあちゃん、仲間たちも置いてきて、KO-SHINは自衛隊を辞めて、FUJI君もバンドを30個ぐらい経験してるなかで東京に出てきてるので、毎日ギリギリであとがなかったんです。

FUJI:熊本から出てくるときに周囲の人たちの反対を押し切って出てきたので。

KENTA:僕たちも上京組が経験するようなことはひととおり味わいました。お金がなくてとか、バイトばっかりでとか。逆に言うと、帰る場所があったっていうのも、強みだったかもしれないです。いつかは帰りたいし、"音楽で成功したよ"って言ってやりたい奴が故郷にいるのが、僕らの強みだったかもしれないです。

KO-SHIN:諦めたくない、認めさせたい。笑顔で"帰りたい"......まだまだ帰るわけにはいかんぜよ!!