Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

INTERVIEW

Japanese

鳴ル銅鑼

2017年09月号掲載

鳴ル銅鑼

メンバー:三輪 和也(唄/六弦) グローバル徹(四弦)

インタビュアー:沖 さやこ

2016年は精力的なライヴ活動に、1stフル・アルバム『極彩色』と2ndミニ・アルバム『文明開化』をリリースというだけではなく、上京という一大イベントを乗り越えた鳴ル銅鑼が作り上げた2ndフル・アルバム『汎神論』。それは環境の変化やバンドのキャリアがあってこそ生まれた作品になった。よりナチュラル且つ躍動的になったバンド・サウンドと、広がりを見せる赤裸々な詞世界は、間違いなくバンドが新しいステップに進んでいることを感じさせる。作品の背景には、メンバー4人の生活も大きく影響したようだ。

-鳴ル銅鑼が2016年8月1日に上京し1年経ちました。なぜあのタイミングで上京だったのでしょう?

三輪:上京にはいろんな理由があるんですけど――名古屋CLUB QUATTROでのワンマン・ライヴ(※2016年3月12日に開催された鳴ル銅鑼 presents"閃鳴 ワンマン")を終えてから、僕が東京に行きたいと思うようになったんです。岐阜が好きやしアンチ東京だったけれど、東京でないと書けない曲があるなとも思ったし、東京を知りたかったし、何より自立したかった。ちょっと手を伸ばせば助け船を出してもらえるという居心地の良すぎる状況でずっと音楽活動をしていくことに疑問を持っていたし、自分たちに優しくしてくれる地元の空気に慣れて満足してしまうんじゃないか、ハングリーでなくなっていくんじゃないか――それが怖かったんです。それでメンバーに提案したところ、そのときは生活のことを考えるとちょっと......という返答があって。僕は我慢ができなくなったらひとりでも上京するつもりだったんですけど、半年後くらいにメンバーから"行こう"と言われて、その1週間後に上京しましたね。すぐに行かないと絶対に"やっぱり行きたくない、岐阜にいたい"と言うと思ったから(笑)。

-はははは。三輪さんから上京の話を持ちかけられたとき、徹さんの心境は?

徹:名古屋CLUB QUATTROのワンマンの前あたりから和也がちょこちょこ"クアトロ終わったらどうする?"みたいに言い出すようになって、なんとなくみんな濁してたんですけど(笑)。だから提案されたときは"あー......とうとう来たかー......"って感じでしたね。和也は常に追い込まれた状況にいたいタイプだから。

三輪:僕は常にぎりぎりで生きていたいタイプなんですよ。クアトロ終わりくらいからバンドを続けることがラクになってきてたんですよね。バンドを始めたころはひとり月4万バンドに入れて、休みの日はライヴの日という張り詰めた生活をずっとしてきた。それと似たような状況に戻したかったんです。もし、4人のうちひとりが"無理、岐阜に帰る"と言って4人全員が帰ることになったとしても、上京したことは意味のあることだと思っていて。岐阜が好きだから岐阜を離れたことに対して悲しいなと思えることも、すごく幸せなことだと思うし。

-悲しいというのも、それだけ大事なものだということですものね。今作『汎神論』は歌詞に"悲しみ"が表れたものも多くて。

三輪:そうですね。この1年で東京はしっかり僕らのことを失望させてくれました。東京は完成したものが集まってくる場所で、地方ほど育てるという文化がない。だから僕にとって東京は、得るものはないけれど学ぶことが多い場所なんです。もっと広く活動していきたいから"ザ・岐阜のバンド"にならないうちに上京したかったし、東京はいいことも悪いこともいっぱい教えてくれる街だから、あのタイミングで上京して良かったなと思ってますね。......上京して良かったというよりは、4人で共同生活をして良かったって感じかな。

-共同生活が音楽活動にいい影響を及ぼしているということですか。

三輪:一緒に住むといろんなことが見えてくるし、腹立つこともあるじゃないですか。それもあって、"仲良しこよしのお友達で音楽をやっています"というところから少しだけ逸脱できたかなと。ずっと一緒に住みたいと思っていないからこそ頑張ろうと思えるし、1年間一緒に住んで解散も脱退もなく全員で高みを目指そうと思えていることが財産になっているし、バンドを続ける理由になっています。"これだけのこと一緒にやっていける奴らいないな"って。

徹:仲がいいから一緒に生活ができるかというと、そういうことではなかったですね(笑)。でも和也の言ったとおり、それを続けてこれたことが大きくて。

三輪:一緒に生活することで、知らなくてもいいことを知ることにもなる。メンバーであり友達でもあり同居人でもある、という関係値がプラスになったことがバンドをやるうえでいい影響を及ぼしているんですよね。たくさん言葉を交わすわけではないけど喧嘩はしていない。嫌っているわけでもないけど仲良くしているわけでもない。そういういいドライさが生まれて。

徹:何かあったら助けるしね(笑)。

三輪:そうそう、"あいつの調子が悪そうだから僕はポジティヴでいよう"とかね。いままでわざわざ"俺はこう思うんだよ"と口にしていたことが、口にせずとも生活からわかる。空気感で伝わる自然な関係になったと思います。それが人間的なグルーヴだと思うんですよね。一緒に住む前から"1,000個悪いところが見つかったとしても、1個いままで知らなかったいいところが見えたら共同生活をする価値がある"と話していたので、そのとおりになっています。

徹:周りのよく対バンするバンドはだいたいメンバー全員が中学や高校時代から一緒で、お互いを知りすぎている関係だったりするんですよね。僕らは大学を出るくらいのタイミングで集まったバンドやから、時間が作るメンバー間の人間的な結束の足りなさを感じたりもしていて。それが共同生活によって培われたかなと思っています。

三輪:無駄な喧嘩をしなくなったよね。家帰っても一緒やから、お互いがストレスの溜まらない方法でやるしか術がない。

-鳴ル銅鑼は精神面が根幹になっているバンドだと思うので、お互いがストレスの溜まらない方法を自然と選択できるのはバンドとしてもいいことだと思います。

徹:お互いのやりたいことを消化するキャパがすごく増えました。すごくスムーズですね。信頼感も生まれたし。

三輪:4人の共通意識が増えたから、わざわざ"こういう曲だからこういう感じでこういう演奏をしよう"とは言わなくなったし、お互いがお互いの癖を見抜けるようにもなったし。俺が好き勝手歌おうがメロディを変えようが、このメンバーならぶれずに演奏するやろうから、安心して自分のやりたいようにできる。お互いご機嫌取りもしなくなったし、その必要もなくなりました。"僕らにしか出せない音を出そう"という情熱が一番大事なバンドですから、共同生活が及ぼしている影響はそれを体現するのにすごく良かったかもしれないですね。