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INTERVIEW

Japanese

神様、僕は気づいてしまった

2017年08月号掲載

神様、僕は気づいてしまった

神様、僕は気づいてしまった

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メンバー:どこのだれか(Vo/Gt) 東野へいと(Gt) 和泉りゅーしん(Ba) 蓮(Dr)

インタビュアー:沖 さやこ

-でも東野さんがフレーズをメンバーに任せる部分もあるんですよね?

東野:"メンバーにフレーズを任せる"をテトリスで例えるなら、あと長い棒を入れれば全部消える、という状態を渡す感じですね。そこにメンバーが長い棒ではないものを持ってきたときはOKを出さないけど、僕の考えていたものとは違う色の長い棒が来たときはOKにする、って感じかな。

-わかりました(笑)。詞の世界観はダークですが、楽曲がキャッチーなことに加え、譜割りがリズミカルなので、重苦しさはさほど感じない印象があります。

東野:重苦しさを感じるか感じないかはわからないけれど、語感は大事にしていますね。僕は日本語が好きなので、日本語の美しさを歌詞にしたいという気持ちがすごくあるんです。だから音声学に則って歌詞を書いているんですよね。日本語は短い単語でまったく意味が変わる単語がたくさんあるんです。例えば"橋"と"箸"。"橋"と歌いたいのに、メロディが"箸"のアクセントみたいに下がっていたら、その"橋"は"箸"として耳に入ってしまう。いま歌詞カードを読みながら聴く人はそれほど多くないと思うし、ながら聴きをする人が大半だと思う。そんな人にもちゃんと歌詞を届けたい――というか"橋"として伝えたい言葉が"箸"として聴こえるのは嫌なので、そこは気をつけていますね。

和泉:気負わずに聴いても歌詞とメロディが自然と入ってくる曲を作りたいということだよね。

東野:そうそうそう。僕が曲を作る場合は曲先なので、まずメロディをきれいに作って、そのメロディがきれいに伝わる歌詞にしたいんです。

-歌詞の意味ではなく音として、ということですか。

東野:そうです。例えば"3音の下降するメロディにはまりやすい日本語"があるんですよ。そういうものをメロディにはめ込んでいく。

和泉:そこがしっかりしていないとメロディはきれいに聴こえないからね。

どこの:そうだね。口ずさみたくなる曲はそこがしっかりしている。それは僕も曲を作るうえで気をつけていますね。歌いづらいのは嫌だし、そこが一番大事だと思う。

東野:うん。一生懸命書いたメロディが台無しになるのは嫌だから。聴こえやすさを大事にしているというよりはもっと自分本位で、自分たちが楽しくないと、感動できないと嫌なんです。だから楽しく歌える言葉を持ってくる――

どこの:歌ってる僕は楽しいというか(キーの高さや速さが)苦しいけど(笑)。

東野:ははは。楽しいというか、ヴァイブスが生まれる言葉かな。

-東野さんにとって東野さんの書いた歌詞は、作曲者としての"メロディを伝えたい"というエゴと、作詞者としての"想いを封じ込める"というエゴが共存できているということ?

東野:共存できていたらいいですけどね。実際は結構必死です。やっぱり歌が一番大事なので。

どこの:歌モノ・バンドだからね。

和泉:それぞれエゴを出しつつも、歌がきたら"歌を聴いてください!"とその場を譲る。我々楽器隊3人はそういうスタンスですね。

-あれだけの音数でも、音がぶつかっていないことにも驚きました。それも歌を立てる要因のひとつになっている。

東野:僕はシステマチックに曲を作るのが好きなので、音がぶつかっていたらレコーディング時にテコ入れをします。このバンドはみんな音楽理論をわかっているので、共通言語があるから話が早い。和泉ならコードとかを考えてベースを持ってきてくれる。

和泉:東野は"音楽理論警察"ですね。僕らも音楽理論をある程度わかっているとはいえ、いつも厳しい指導を受けています(笑)。先人たちの作った知識は生かさないと。せっかくあるものは使いたいですよね。