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INTERVIEW

Japanese

リアクション ザ ブッタ

2017年03月号掲載

リアクション ザ ブッタ

リアクション ザ ブッタ

Official Site

メンバー:佐々木 直人(Vo/Ba) 木田 健太郎(Gt/Cho) 大野 宏二朗(Dr)

インタビュアー:山口 智男

昨年10月にリリースした6thミニ・アルバム『Wonder Rule』を引っ提げ、11月から全国を回ってきたリリース・ツアーが2月11日、原宿ASTRO HALLでいよいよファイナルを迎える。その日のライヴは埼玉を拠点に活動する3人組、リアクション ザ ブッタにとって飛躍の年だった2016年の活動の締めくくりであると同時に、さらなる飛躍を目指す新たなスタートとなるに違いない。Skream!初登場となる今回のインタビューでは、聴く者の胸に突き刺さる歌とダイナミックなバンド・アンサンブルが注目され、ライヴハウス・シーンで頭角を現してきたこれまでの活動を振り返りながら、単独公演としては最大キャパとなるツアー・ファイナルの意気込みを語ってもらった。

-昨年10月にリリースした6枚目のミニ・アルバム『Wonder Rule』のレコ発ツアーがいよいよ大詰めを迎えようとしていますが、2016年はその『Wonder Rule』のリリースがあったり、数々のフェスに出演してより多くの人に知ってもらう機会を作れたりという意味で、充実していたんじゃないでしょうか?

佐々木:もうちょっと遡ると、一昨年にドラマー(本間風理)が抜けて、去年2月のワンマン・ライヴで、それまでサポートだった宏二朗が正式に加入して、そこからの再スタートだったんですけど。『Wonder Rule』の制作を進めながら、初めて出演させてもらうフェスがいくつか続いて、それが結構地方のフェスが多かったんです。滋賀とか仙台とか、あとは大阪とか。各地でどんな反応を得られるんだろう? という不安はあったんですけど、どこに行っても待っていてくれた人たちが結構いて、それを実感しながら新しく興味を持ってくれた方々を巻き込むライヴができたんじゃないかと思います。ライヴハウスで目の前のお客さんと向き合うという感覚を持ちつつ、ずっと向こうの方にいる人たちにも伝えなきゃいけないんだっていう意識は、今年の夏フェスで得られたのかな。初めて見る人たちをどう巻き込んでいくのか考えたり、会場が大きくなれば大きくなるほど、演奏や歌がシビアになってくるので、ちゃんと説得力ある演奏にしなきゃいけないということで、改めて練習方法を見直したうえで、お客さんをちゃんとノせられるリズム、歌詞がちゃんと聴こえる歌を軸にしながらトライしたり。それは『Wonder Rule』のツアーでもやり続けてきたんですけど、2016年はそんなことを意識していた1年でしたね。

-充実していた一方で、変化の1年でもあったわけですね?

木田:そうですね。演奏面は大きく変わりました。普段やっているライヴハウスから飛び出したとき、演奏も含め、ライヴがもう一段階上に行かないと通用しないと思いました。さっき直人が言っていたお客さんをノせるリズムと歌を届けることにずっとチャレンジしてきて、その成果がしっかり出てきたとツアーを通して感じられた1年でした。

-お客さんをノせるというリズムでは、大野さんの役割が大きかったんじゃないでしょうか?

大野:かなり練習しました(笑)。でも、あれこれ考えすぎちゃって、そうなるとやっぱりプレイって堅くなる。そこで、ライヴのときにいろいろ考えるのは良くないんだと気づいたというか、いろいろ考えるようになってきたからこそ、考えずにプレイすることが大事なのかなって改めて思いましたね。でも、フェスとかサーキット・イベントとかに出られて、楽しいなと思いました(笑)。そこで知り合ったバンドと仲良くなったり、前から知っているバンドと打ち上げで一緒にお酒を飲んだり、それがすごく楽しくて、今年もそういうところに出たいというか、出続けられるようにしたいというか。オーディションで勝ち抜いて、大きなフェスに出させてもらっても1回で終わってしまうことが多いじゃないですか。そうならないように今年も頑張りたいです。

-さて、Skream!初登場なので、リアクション ザ ブッタがどういうバンドなのか結成にまで遡って聞かせてほしいんですけど、そもそもは2007年に佐々木さんと木田さんが中心になってバンドを始めたそうですね?

佐々木:木田と僕は各々違う高校で、軽音部に入ってコピー・バンドをやっていたんですけど、オリジナル曲をやりたいと思って、高校1年生の終わりぐらいに小中学校が同じだった木田と、僕と同じ高校に通っていた前のドラムに声を掛けて結成したんです。当時はトライセラ(TRICERATOPS)のコピーから始めて、2008年の4月に初ライヴをやったときはオリジナル2曲とトライセラの曲を2曲ぐらいやって、そこから真剣にやり始めたという感じなんですけど、その年に、"ROCK IN JAPAN FESTIVAL"に出られる"TEENS ROCK IN HITACHINAKA"という高校生の大会があって、そこで優勝して"ROCK IN JAPAN FESTIVAL"に出演させてもらったんです。そのとき、出番がGOING UNDER GROUNDさんの前だったんですけど、お客さんがちゃんと見てくれたんですよ。フェスってあたたかくて、楽しい場所なんだって思いました(笑)。それまではなんとなく曲を作って、同級生に見てもらうって感じだったんですけど、そこで初めて自分たちの音楽が認められた気がして、このまま続けていきたいと思いました。でも、そのあといったん活動を休止して、受験勉強するんですけど(笑)、大学に入ってからは地元の西川口Heartsってライヴハウスを中心に試行錯誤しながら活動し続けてきました。1年ぐらいサポートでキーボードが入ってたこともありました。2015年にリリースした前作の『Fantastic Chaos』からジャンルをロックに振ってみたいと考えて、意識的にそういう曲を作り始めました。それまでは歌モノのポップス・バンドって感じが強かったんですけど、もうちょっとロック・サウンドで、ライヴでもちゃんとお客さんに刺さる曲を増やしたいと思って、それまでやってきたことから逸脱しない範囲でトゲのあるものを作ってみようってことで、トライしたのが前作だったんです。ただ、それを作り始める前にドラムが辞めて、木田とふたりで作らなきゃいけなかったんですけど、最初はどうやって作っていいか全然わからなくて、"じゃあ打ち込みやってみようか"ってやってみたり、先輩のバンドのドラマーとレコーディングしたりしながら大野と出会って、半年ぐらいサポートでやってもらって、『Fantastic Chaos』のツアーのファイナルで、正式加入してもらうことになりました。僕ら、2014年に初めてツアーを回ったんですよ。ココロオークションってバンドのツアーに交ぜてもらったんですけど、そのとき、ライヴをなんとかしなきゃまずいと思いました。時間とお金をかけて行ったにもかかわらず、CDが大して売れなくて、ただライヴのためだけに行くのはもったいないと思って、1回1回のライヴの意味というか、それがちゃんとお客さんとバンドにとって意味あるものにするにはどうしたらいいかを考えるようになったんです。ちょうどそのころ、僕がエレファントカシマシにすごくハマッて、今でも大好きなんですけど、宮本(浩次)さんのライヴ......ライヴだけじゃないですね、音楽に対する誠実さに憧れて、そのイズムがすごい入って来たんですよ。そういうライヴに対する熱い想いを教えてもらいました。

-そもそもはTRICERATOPSのようなバンドを目指していたんですか?

佐々木:兄貴の影響で中学生のころ聴いていて、3人のバンドで歌が立っていてなおかつトライセラが一番――そのころだったら凛として時雨とかUNISON SQUARE GARDENとかが出始めてきてたんですけど、正直、コピーをやろうとしても難しかったんです(笑)。

木田:単純に(高い)声が出なかったもんね(笑)。

佐々木:でもトライセラはそれよりもグルーヴ重視で、簡単ってわけではなかったんですけど、最初に挑戦するには気持ちよくできたんですよね。だから何曲もやりました。

-他にはどんな音楽を聴いてきたんですか?

佐々木:僕はJ-POP育ちなんですよ。特にサザン(オールスターズ)とミスチル(Mr.Children)は、親が聴いていた影響もあって、自分の中では大きいです。

-バンドに興味を持ったきっかけは?

佐々木:兄貴がバンドをやってたんです。ギター/ヴォーカルで、"じゃあ、お前はベースを弾け"って半ば強制的にベースになって(笑)。始めたころは地味で、良さがわからなかったです(笑)。それでひとりで練習していても退屈だから、仲間がいた方がいいと思って、木田にギターを弾くようにゴリ押しして(笑)。

木田:幼稚園のころからヴァイオリンをやっていたんですよ。ヴァイオリンって生の楽器だから弾き手によって出る音が変わるけど、エレキ(ギター)なんて誰が弾いても同じじゃないかって思ってたんです。でも、佐々木がオススメするバンド――当時だったらGREEN DAYとかTHE OFFSPRINGとか、あとは家にあったDEEP PURPLEとかLED ZEPPELINとかを聴いてみたら、みんな違っていて面白かったんですよ。それで、じゃあ俺もやってみようって始めました。

佐々木:そのころは、休み時間、音楽室に楽器をやっている連中が集まってなんとなくやってましたね。当時はBUMP OF CHICKENがすごく好きでした。