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INTERVIEW

Japanese

アンテナ

2017年02月号掲載

アンテナ

メンバー:渡辺 諒(Gt/Vo) 池田 晃一(Gt/Cho) 本田 尚史(Dr/Cho) 鈴木 克弘(Ba/Cho)

インタビュアー:蜂須賀 ちなみ

2011年12月リリースのデビュー・ミニ・アルバム『さよならの代わり』から約5年。このたびアンテナが4thミニ・アルバム『天国なんて全部嘘さ』をリリースした。長いこと共に活動を重ねてきたメンバーの脱退、そして新ベーシストである鈴木克弘の加入――と、2016年、このバンドは予期せぬ変化にも見舞われたが、そんななかでも彼らは折れることなく、ピンチをチャンスに変えるために動き続けた。それこそが、本作が過去最高の出来である理由だろう。その背景でいったい何があったのか、メンバー4人に振り返ってもらった。

-2016年はみなさんにとってどんな年でしたか?

渡辺:自分たちのサウンドが変わっていったりとか、メンバーの脱退/加入があったりとか、新しいスタッフがつくことになったりとか、変化がすごく大きな年だなっていうのがありましたね。個人的に言うと、自分が歌を通して誰かの人生を背負い込むことの責任感とか使命感とか、歌を歌ううえでのテーマっていう本質のところがより見えるようになりました。変化と本質に気づけたっていうところに尽きる1年でしたね。

池田:自分にとっても変化が大きかった1年だったんですけど......今年に入ってから新しい楽器をひとつ初心者の段階から始めて。

-ミュージック・ビデオも公開されていますが、「天国なんて全部嘘さ」(Track.5)では池田さんがシンセサイザーを演奏してますよね。実際に練習してみてどうでした?

池田:最初は"クソ難しいな、この楽器"って思ってたんですよ。やっぱり、ギターと違って指で押すとそのまま音として出てしまうのでリズム感覚も(今までと)違うし、両手を使うのも難しかったです。ただ僕は家で黙々とやるのが好きなタイプなので、いろいろな音を作っていく作業が結構面白かったりして。"この音にするにはどうしたらいいだろう?"みたいに、オタクっぽい感じで楽しんだりしてましたね。

-本田さんにとってはどんな1年でしたか?

本田:2016年はたくさん変化があったんですけど、個人的なことで言うと、同期演奏が増えたのでライヴでクリックを聴きながらそれに合わせるっていうのが特に大変でしたね。でも5年間やってきたなかで新しいことをやるのに若干慣れてきたっていうか、ちゃんとそういうのも楽しんでいけるようになってきたかなと思えた1年だったような気はします。

-なるほど。鈴木さんは昨年10月に正式メンバーになったとうかがっていますが、変化真っ只中の時期に加入したみたいな感じですよね。

鈴木:そうですね。ここからの"起承転結"を楽しみにしていたいなって思います。これからどうなるかっていうのは俺も全然わからないので。

-いや、その鍵を握ってるのが鈴木さんなんじゃないですか?

鈴木:ありがとうございます、頑張ります(笑)。

-(笑)そんな激動の1年を経てリリースされるのが4thミニ・アルバム『天国なんて全部嘘さ』です。"原点立ち返りの1枚"と銘打っていますが。

渡辺:自分たちの存在や居場所っていうものを改めて確かめておきたかったなって。『さよならの代わり』と気持ち的には近いものがあるんですけど、シンセサイザーが入っていたりするので、サウンド面ではむしろ新しいことをやってるんですよ。

-では、サウンド面の話からしていきましょうか。そもそもなんですけど、シンセを入れることに対して抵抗はなかったんですか?

本田:バンドとしては、全然アリっちゃアリだと思ってましたね。

池田:それよりは"バンドとして何をするか"じゃないかなっていう。ステージに立ってどの楽器を持つにしろ、やっぱりやることは同じかなと思ってたりするので。

鈴木:僕が加入したときにはすでにシンセがあったんですけど......。

渡辺:カッツ(鈴木)が(サポート・メンバーとして)参加してくれたライヴが、シンセを初めて弾くライヴだったんですよ。だからその日はバタバタしたライヴになったなって感じなんですけど(笑)。

池田:大変でしたね、あのときは。

渡辺:その前にも別のライヴが結構入っていたので、まともに4人で合わせる時間もないぐらいで。しかもロング・セットだったんですよ。でもツアー・ファイナルって銘打ってたからアコースティック・セットにするわけにもいかないし......って結構無理矢理やったので、もう余裕ない感じでしたね。

-なんでそんな大変な時期にシンセに挑戦しちゃったんですか?

渡辺:もともと、このライヴでシンセを入れるために練習してたので。バンドの中では何か自分たちでも変化をつけたいという話をずっとしてたんです。なんていうか、"新しいことをやっていきます"っていうのがバンドの意思だったので、それがもし失敗だったとしても残しておかないといけないと思ってました。