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INTERVIEW

Japanese

amazarashi

2016年03月号掲載

amazarashi

Member:秋田 ひろむ(Vo/Gt)

Interviewer:沖 さやこ

2014年9月9日に開催された弦楽隊を招いたプラグレス・アレンジ+秋田ひろむ書き下ろしストーリーの朗読によるライヴ"千分の一夜物語 スターライト"と同年10月にリリースされた2ndフル・アルバム『夕日信仰ヒガシズム』以降、amazarashiの表現は外へ外へと広がり続けている。2015年2月にはTVアニメ"東京喰種トーキョーグール√A"エンディング・テーマに起用された「季節は次々死んでいく」を表題曲に据えたシングルをリリース。5月には"千分の一夜物語 スターライト"を音源化した『あまざらし 千分の一夜物語 スターライト』を、8月にはTVアニメ"乱歩奇譚 Game of Laplace"のオープニング・テーマ「スピードと摩擦」を表題にしたシングルを発表する。3rdフル・アルバム『世界収束二一一六』はその活動の中で制作が進んでいた。秋田ひろむが"世界"と向き合って生まれた感情や感覚をそのまま音楽に落とし込んだ作品。"今までで一番悲観的なアルバムになりました。でもそれは、この世界に期待していることの裏返しです"と彼は言う。ここに描かれた愛情や優しさ、怒りや悲しみや虚無感は、すべて彼が世界に期待するからこそ、一抹の希望を欲するからこそ生まれるものだ。日本という小さな島国の、首都・東京から遠く離れた青森に身を置く人間が、巨大で膨大な"世界"へと不安や闇の正体を突きつける。amazarashi史上最も複雑で煮えたぎった音と言葉に、あなたは何を思うだろうか――。

-現在デビュー5周年記念ツアー中だと思いますが、調子はいかがでしょうか。これまでのライヴとの変化などを感じることはありますか?

今現在は3公演を終えたところなんですが(※メール・インタビューは2月初旬に敢行)、とても調子いいです。やっぱり5周年ということもあって、バンド・メンバーと昔のライヴを振り返ることもあるんですが、成長したよねっていう気持ちを共有しながら楽しくやれてます。純粋に音を楽しむ段階までこれたかなと。

-2015年がシングル2枚のリリースと、プラグレス・アルバム1枚をリリースと、かなりお忙しかったと想像します。『世界収束二一一六』はその中で制作されたものだと思いますが、構想はいつごろ浮かび、制作はいつごろ行ったのでしょうか。

去年の春ごろから、曲もたまってきたのでそろそろアルバムかな、という感じでした。アルバムの全体像とかテーマとかは最後まで悩んでて、去年の年末くらいにようやく全貌が見えました。去年はとても忙しい1年になりました。

-『世界収束二一一六』、とても素晴らしいアルバムでした。これまでの作品の中で最も外の世界と対峙しているとも思います。どういう想いのもと制作なさったのでしょうか?

"100年後、世界はどうなるか?"っていうことなんですけど、僕なりの最悪な状況を描きました。今の選択が100年後にも影響を及ぼすと思うんですが、僕らの今感じる不安や闇の正体を浮き彫りにできたらと思ってこういうアルバムを作りました。

-秋田さんは公式コメントで"今までで一番悲観的なアルバムになりました。でもそれは、この世界に期待していることの裏返しです"と書いていらっしゃいましたが、"世界"を歌う曲が揃ったのはなぜなのでしょうか。

世界に不安があるからです。作る曲と生活はやっぱり直結してて、日常生活で感じたことが曲に表れるので、同時期の曲は近いテーマになりやすいです。こういう時代に今生きてるからこそできた曲たちだと思います。

-『世界収束二一一六』は東京の街と秋田さんがお住まいの青森の風景の両方が描かれているところも象徴的だと思いました。東京と青森の風景のコントラストを作って世界を描くような狙いはありましたか?

ありました。東京と青森の対比、都会と田舎の対比、っていうのは貧富の差でもあるし、力関係の差でもあるし、近代合理主義のメリット、デメリットの比喩でもあります。こういうのは僕にしか書けないところだと思ったので、うまく表現できないかなと苦心しました。

-『あんたへ』(2015年リリースのアルバム)のリリース時に東京とamazarashiの曲の関係性についてお訊きした際、秋田さんは"amazarashiの歌はとてもプライベートなもので、東京はとても公な場所な気がします。東京は人と人とが顔を合わせて生きていかなきゃいけない場所なので(僕にとってはですが)、そこでプライベートなものをさらけ出すことに違和感を感じたりします"とお返事をくださいましたが、その感覚は今も変わりませんか?

今もその感覚はあります。たぶん歌はどこまでいってもプライベートなもので、それを晒すことは基本的に恥ずかしいことだと思います。今では羞恥心もほとんどないですが、それが当たり前でないことは常に感じてます。

-今作は世界で私的なものをさらけ出しているような側面もあるのかなと思いました。

そうですね。普段、日常生活で仕事してるときとか、学校とかで、頭の中の声が漏れてたらまずいですよね。そういうのを大々的に発表してるような違和感はあります。

-Track.1「タクシードライバー」の"夜の向こうへ連れてって"で東京を起点に広い世界に飛び出るような感覚がありました。どういう発想から生まれた曲なのでしょうか。

東京でタクシーに乗ったときに、運転手と豊川(真奈美/Key)が延々と政治の話をしてて、それが印象に残ってて歌にしました。生活者としての熱量をもって世に物を申す人に最近会ってないなと思って、僕らにはその権利があるはずなんだけど、あまりやらないことで、そのあたりに今現在の気まずさの正体があるんじゃないか?と思って作りました。

-Track.2「多数決」は怒りと同時に優しさも感じる曲でした。"白紙から描き直すには丁度いいかもしれない"は"収束"というよりは"終息"だとも思いました。希望を歌えなくなるほど世界は追い詰められてるぞと警鐘を鳴らされているような感覚もありましたが、どういう想いが込められているのでしょうか。

多様性をもっと認め合えたらという気持ちがあって作った曲です。ひとつ前の質問で書いた「タクシードライバー」にあった"世界の気まずさ"の正体って、近代合理主義に僕らの人間性がないがしろにされてるってことじゃないか、っていう想いがあって、この曲もそういうところを歌いたかったです。