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INTERVIEW

Japanese

鳴ル銅鑼

2016年02月号掲載

鳴ル銅鑼

メンバー:三輪 和也(唄/六弦) カバ(六弦) グローバル徹(四弦) 岩っさん(太鼓)

インタビュアー:沖 さやこ

昨年5月リリースの初の全国流通盤『無知』を聴いたとき、自らの美意識を貫いているバンドだと思った。それは彼らの"心"なのか? それとも"演出"なのか? そこが不鮮明でもあったが、様々なジャンルの要素を取り入れたミクスチャーとしてのバランス感覚も手伝って、そこに翻弄されるのも心地良かった。だが初のフル・アルバム『極彩色』は1本強い芯が貫かれており、それは間違いなく彼らの強い意志である。4人の作る濃厚で鮮明で繊細な世界に溺れてみてはいかがだろうか。

-鳴ル銅鑼は2013年3月に結成。みなさんその前にバンドを組んでらっしゃったんですよね。

三輪:もともと僕とカバ君と遼平君(岩っさん)がバンドを組んでいて、そのときはスクリーモ/エモみたいな重めの音楽やプログレッシヴだったりポスト・ロックっぽい曲をやっていたんです。だけどメンバーが僕に対して"もうついていけないです"という感じになってしまって。あ、そっかー......とへこたれてたんですけど、そのあとに映画を観たり本を読むようになって、活字の羅列の美しさに魅了されて"日本語の音楽をやりたい"と思ったんです。前のバンドが解散してから、解散時は学生だったんですけどそのときよりは多少人間としてもマシになったかなー......と思ったし、まだやれる気がするなと思って。自分主導でやりすぎるとバンドがうまくいかないこともよくわかったので、カバ君と遼平君に"まず1~2年、僕の様子を見てみてくれませんか? もう一度バンドやってくれませんか?"と声をかけて。

岩っさん:そのバンドが解散してから僕らもバンドをやっていなくて。そんなときにお呼びがかかったので"じゃあやろう"という感じでした。

-"もうついていけない"と言って離れていったメンバーともう一度バンドが組めるなんて、素敵な話ですね。

三輪:......単純にみんなバンドが好きだったんですよね。バンドがない時間がつまらなかった。それはこの3人に共通してあると思います。

岩っさん&カバ:うんうんうん。

三輪:やっぱり田舎だからメンバーを集めるのが難しくて。バンドをやっていない2年間が面白くなかったから"まずは一緒にスタジオに入って音楽をやろうよ"というところからのスタートなんです。そこで"今度はこんな感じの曲をやろうと思うんだ。日本語で人の心に残るような音楽がやりたいんだよね"という話をして、そのあとにクラシック音楽をやっていて、もともと仲が良かったカバ君の高校の同級生の徹君に声をかけて。徹君は高校時代にちょっとだけコピバンでベースをやっていた経験もあったんです。鳴ル銅鑼に誘った当時ベースは持ってなかったけど(笑)、カバ君が"徹君は高校時代もベース上手かったし努力家やから"って。

徹:曲を聴かせてもらったときに"天才だ"と思ったんです。当時就職先も決まってたんですけど、それを辞めてこのバンドに入りました。今も彼の作る曲には惚れ込んでますし、最近は喜怒哀楽や面白みがついたなとも思って。曲を持ってきてくれるたびに驚かされてますね。......でも始めた理由はやっぱり友達やからというのが1番大きいですね。近所の友達から"バンドやらへん?"と誘われて"おっ、じゃあやるわ!"って感じ(笑)。

カバ:徹君と僕は3年間クラスも一緒で、ドラムもいないのにふたりでBUMP OF CHICKENのコピバンをやったりしてて(笑)。前身バンドのライヴも観に来てくれてたんです。

徹:僕と和也は大学が同じなんで、和也も僕のオーケストラの演奏会を観に来てくれてたりもして。

三輪:それで僕と遼平君が小中学校の幼馴染。だから"田舎の仲良し4人組がバンドを組みました"って感じなんですよね。そういう流れでバンドが始まって、初ライヴと同時にデモ盤を一緒にリリースしました。

-その後2014年の"RO69JACK"で優勝し、同年配信EP『電波』もリリースされました。そして2015年には初の全国流通盤『無知』をリリースする。この3年弱の間に楽曲の変化を感じたりは?

カバ:最近は和也の見ている景色が変わっている気がして。小さいライヴハウスというよりは大きいものを見て曲を作っているというか、どんどんスケールが広がっているなと思います。特に今回のアルバムはそれが顕著に聴ける1枚じゃないかなと。

三輪:誘ったときに"やっぱりお前とはやっていけない"と言われたら仕方がないなと思っていたんです。でもだんだんみんなが同じ方向を向くようになってきました。自分の作った曲を演奏してくれる人がいることもそうですし、その曲を信頼してくれて、人生を賭けてくれて......そういうことをしてくれる人がいるのは幸せなことだなと思うので。メンバーのリアクションはすごく気にしてます(笑)。もちろん媚を売るわけではなく自分がかっこいいと思うものや今の自分から生まれるものを提出するんですけど、メンバーが弾いてて楽しかったり、好きになってくれる曲を作りたくて。それはいつも心がけてることでもあるし、そういう意味でメンバーに救われているところもあります。

-『無知』から1年弱でリリースされる『極彩色』、構想としてはいつごろから?

三輪:結構最初の段階から"極彩色"のようなイメージはあって。オムニバス映画を観ているような感覚になったらいいんだろうなー......と考えていたんです。もともとミニ・アルバムにしようと思ってたんですけど、自分の歌いたいことがちゃんとあった時期だったこともあって、僕の曲作りがテンポよく進んで。僕は自分のことなので客観的に見ることができないんですけど、徹君が"和也の作る曲は10曲以上あってもひとつの物語にすることができるから、収録曲もそれくらいあっていいんじゃない?"と提案してくれて。あと、ライヴで曲もいっぱいやりたいし、ということでフル・アルバムにすることが決まって。それからアルバムのコンセプトをうっすら考えて、曲を書き足して。テーマがあったので書きやすかったです。

-三輪さんの書きたかったテーマとは"愛"ですか?

三輪:このアルバムには"愛"という言葉がすごくたくさん出てきますよね(笑)。愛がどういうものかわからないから、ずーっと"愛ってなんや!?"と考えてて......。ペットへの愛、子供への愛、恋人への愛、いろんな愛があって、でも"愛憎"や"愛執"みたいに、"愛"という言葉は熟語だと汚い言葉と一緒になることが多くて。そんなことを考えているときに今回のリリースが決まって制作に入ったので、それがそのまま反映されました。それで曲を書き進めていって"今の僕は内面がすごく派手な状態にあるな"と感じたんですよね。言葉に対していろんな解釈をしているから、いろんな色があるんだろうなー......と思って。『無知』は一点を見据えて音楽を作っていく作品だったけど、今は僕自身だけでなくバンドとしても複雑になっている。だから"極彩色"というタイトルにしたんです。

岩っさん:1曲1曲に彼の人間性そのものが出ているなと思います。1本貫いたものがあって、それをいろんな方向から見れる人なので、常に変化していると思います。それを見ているのも楽しいですし、それに合わせて演奏できるのも楽しいですね。

三輪:今もまた新たに曲作りをしているんですけど、その曲たちには"愛"という言葉が一切入っていなくて。『極彩色』であれだけ愛について書いて"愛について考えていてもきりがないな"という諦めもありつつ(笑)、自分の中でひとつ区切りがついてすっきりしたんやろうなと思います。今、僕が作っているものは前向きなものが多いです。

-そうすると、現在三輪さんがお作りになっている曲は、今作のラストを飾るTrack.12「四季彩」のようなポジティヴで力強い楽曲が多いのでしょうか?

三輪:あ、結構そうですね。「四季彩」は歌詞は早い段階からあったんですけど、みんなで編曲したのは最後の方なんです。このアルバムの中だけで鳴ル銅鑼を完結させたくなかったので"広がっていく"というイメージのもとみんなで「四季彩」を作って。次の作品に繋がっていくようにしたかったんです。作品がどういうものになるかは僕の心境次第ですね(笑)。